塩々カップルの、ほの甘な日常。
「ええ!真白が居眠り!?」
声をあげて驚く友人に、平川真白はぴくりと表情を動かすことはなくただ頷くだけであった。
真白とその友人の立花小鈴は、四季大学敷地内にあるカフェテリアの一角で昼食を食べている最中だ。といっても、真白は食欲がないため何も注文していないのだが。
「最近寝不足で」
「だからってあのまじめな真白が居眠りかまして、ノートを貸してほしいと頼むなんて」
「一生の不覚…」
真白と小鈴は四季大学理工学部応用化学科の3年生である。毎週ある化学実験のレポート提出に加え、日々の予習復習は欠かせない。まだ5月の下旬だがやることが盛りだくさんなのだ。
「真白の事だからめちゃくちゃ丁寧にレポートやって、寝れてないんでしょ。ちょっとは妥協しなきゃ」
「気が済むまでやりたい」
「この頑固者。でもノートくらいいくらでも貸すよ」
「たすかる」
淡々と答える真白。相手からしたら不安になるくらい無表情だ。実際に同じ学科の人のほとんどは真白の無表情ぶりに驚き、避けてしまう。しかし中学からの同級生である小鈴は真白の無表情には慣れっこなので気にしない。
「あーでも、私のノートそんなにきれいじゃないんだよねえ。あ、なんで山崎くんに頼まないの?ノートきれいそうじゃん。喋ったことないから知らないけど」
「小鈴が近くにいたから」
「山崎くん見つけ出すのめんどくさかったんかい」
「うん、あたり」
「恋人なんだしそこめんどくさがっちゃいかんでしょうが。どうせ連絡も返してないんでしょ」
「連絡…来てたっけ。わかんないかな」
「わかんないって…。もう、真白が未読無視魔なのは知ってるけどちょっとはメッセ確認しなさーい」
「分かった。そのうちやる」
真白の表情筋はあまり動いていないものの、小鈴には彼女がドヤ顔をしているのがすぐに分かった。
「どや。じゃないのよ全く。今確認しなさい!ほら、早く!」
「…小鈴のケチ」
「未読無視常習犯よりよっぽどマシでしょ」
「それもそうか」
観念した真白は仕方なくスマホを取り出した。メッセージを確認すると、未読のものが312件溜まっていた。その1番上には、山崎萩介からのメッセージが。
「…萩介からメッセージ来てた」
そう言いながら小鈴にスマホ画面を見せた。メッセージが来たのは5日前のようだ。
「めちゃめちゃ未読無視してんじゃん。山崎くん怒んないの?」
「萩介は怒らない」
「は~。山崎くんもよく放置するよね。私なら彼氏が5日間も未読なら泣いちゃう。すぐに返事しろなんて言わないけどその日のうちに返してほしいもん」
「いつもは2日以内に返すようにしてる」
「へえ、そうなんだ。じゃあなんで今回は5日間放置?」
「それは…」
理由を話そうとした真白だったが、スマホを見つめたまま瞬きをし、動きが止まってしまった。突然の出来事に戸惑う小鈴。
「おーい、どうしたの真白?」
「萩介からまたメッセージ」
「え!なんて?」
「今どこにいる?って」
「今すぐ返事!」
「…さすがに今見たら今返事する」
「それは失礼」
相も変わらず真白の表情筋はほぼ動いていないが、口調から不服であることが伝わってきて小鈴は思わずクスリと笑ってしまった。昔から表情が読めない友人だが、表情が変わらないだけで意外と感情表現はしていることを小鈴はちゃんと知っている。
「今から会うなら私邪魔だよね?ノートも山崎くんに借りればいいし、退散しようか?」
「ううん、5分もかからないって」
「そう?じゃあこのままで」
「ん」
許可も取れたので小鈴はそのまま食事を続ける。今日のランチは大好きなハンバーグである。ハンバーグにライスとスープが付いて450円。良心的な価格設定だ。
「真白もなんか食べればいいのに」
「お腹すいてない」
「真白、お腹すいてないの?」
突然背後から聞こえた柔らかな声。真白が振り向くとそこには長身で端正な顔立ちの青年が立っていた。何人か女子が彼を見ているが、思わず目を奪われるのも無理はない。イケメン×高身長の破壊力は凄まじいのだ。まさに眼福である。
「萩介」
「山崎くん、やっほー」
萩介は小鈴の挨拶に答える代わりに軽く会釈した。どうやら真白の彼氏もあまりおしゃべりをするタイプではないらしい。
「萩介、どうしたの」
「真白の生存確認をしに来た」
「真白の生存確認?」
「真白はいつもメッセージの返信が遅いけど、2日以内には必ず返事が来る。5日間返事が来ないのは変だと思って」
(ちゃんと真白がメッセージを2日以内に返していることに気づいてた…!)
小鈴は彼のことをほとんど知らないが、5日間連絡が来ないのに放置しているあたり、あまり彼女を気にかけていないのだと思っていた。しかしどうやらそういうわけではないらしい。今も座っている彼女に目線が合うようきちんと屈んでいるし、その表情も穏やかだ。
「真白、元気か?ちょっとクマあるんじゃ?」
「寝不足」
「食欲ないのはそのせい?」
「ん」
「返事がなかったのもそのせい?」
「ごめん」
「それはいいんだけど。真白、頑張りすぎてない?」
「まだ平気」
「そっか。分かった。じゃあ、またね」
「ん」
萩介は簡単な質問だけし、回答を得られると納得したように頷いた。
「え!もういいの!?せっかくなんだからごはん一緒に食べようよ!」
「いや、真白の生存確認はできたから十分だよ。昼はもう食べちゃったし」
「そうなんだ…?話さなくていいの?」
「今は立花さんとおしゃべり中でしょ。邪魔しないよ。じゃあ、俺はこれで」
萩介はそれだけ言うと無言で机の上にペットボトルを置き、そのまま去っていった。
「レモンティー?」
レモンティーと言えば、真白が一番好きな飲み物だ。購買のテープが付いているのを見るに、わざわざ購買で買ってきたのだろう。
「…私さ、実は真白が山崎くんと一緒にいるところそんなに見たことないし、連絡もあんまりしていないみたいだったし、ちょっと心配だったんだ。真白、超淡々としてるし。でも、大丈夫そうだね!安心した。ちゃんと気にかけてくれてんじゃん」
そう言って親友の顔を見ると、相変わらずの無表情だが真っ白だったはずの彼女の頬が桃色に染まっていた。
「…まさかあの真白がいちゃついているところが見られるなんて!」
今のをいちゃついていると言っていいのかは怪しいが小鈴が少しからかいの混じった口調でそういうと、真白は頬を染めたままふいとそっぽを向いてしまった。これは完全な照れ隠しである。
「あっさりした者同士、意外とうまくいってるんだね」
嬉しそうに、安心したように呟いた小鈴の声は、レモンティーをごくごくと飲む親友には届かなっかたようだ。