異世界は無法地帯。一章.第四話
十キロマラソン(後ろから追手あり)に加えて十二階まで重たい荷物(姫の荷物、まさにお荷物)を持って歩いて行った上空巳は、極度の疲労により、立っていることもついらい状態だ。
部屋に帰ったらすることは、ベットにバタンキューである。
まったく関係がないが、「バタンキュー」は死語らしい。
みんな意味を知っているとは思うが、使っているのを聞くのはなかなかない。
そして、上空巳一人なら、明日は夏休みなのでそのまま半日睡眠コースだったが、あいにくここには妃美という名の人に荷物を持たせて楽して十二階まできたアホがいる。
「上空巳さんお疲れなのです~」
そういうと上空巳の上に乗ってきた。
「ぎゅふっう」
上空巳はもはや呻く元気すらなかった。
「このまま寝させて・・・十二時間くらい」
この先どうなるかわからないので言っておくが、十二時間はちょうど一日の半分であり、一時間は六十分である。
一分の定義は知らん。
「お泊り会の定番は夜更かしなのです~」
上空巳の本能が告げている。
ここで寝なかったらいつ寝るんだと。
「まだ八時なのです~夜の八時だから二十時なのです~」
「あ~分かった分かったAM8:00ね、それまで寝ていいのね、おやすみ」
「寝てはいけないのです~」
「お、やす、み」
上空巳も他人がいる状態で無防備に寝たくはないが、眠気には勝てない。
どうせあほな妃美だ。何か起きたとしてもせいぜい冷蔵庫が空っぽになるくらいだろう。
それはそれで困るが、どうとでもなる。
というわけで、お休み・・・
妃美はしばらく上空巳を揺さぶっていたが、上空巳が本格的に寝たと分かると、起こそうとするのをあきらめた。
流水などで起こしてもいいが、嫌われそうなうえに、またすぐ寝てしまいそうだと判断したのだろう。
あきらめた妃美はあたりを見渡し、上空巳のパソコンを見つけた。
そこで「個人情報を詮索するのは悪いこと」とか言って止まるような妃美ではない。
起動してみたがやはりというか、パスワードを要求された。
妃美は
「上空巳さんのことですのできっと名前と生年月日なのです~」
と言うと
『itokamikarami1010』と入力した。
異常に早いブラインドタッチで、音がガチャガチャとかなりうるさかった。
パソコンは
ようこそ・・・
という画面を表示した。
どうやらパスワードが正解だったらしい。
やはりだが、ここで「個人情報を(ry
デスクトップは無難なOSのロゴの青い背景で、いくつかのショートカットとファイルが置いてあった。
「さて、上空巳さんの昔の写真とかあるのです~?」
そう言うと、妃美はストレージ内のファイルをいろいろ漁りだした。
時々、データを差し込んだUSBにコピーしならが
「ふふふっ上空巳さんなのです~全部上空巳さんなのです~」
と気味の悪い笑みを浮かべつつ、マウスをぐりぐりしていた。
そうしていると、ゲームのショートカットを集めたフォルダがあった。
上空巳が長い間使っているので、かなりの数のゲームがある。
妃美もゲーマーなので、そこにあるゲームのほとんどはやったことがあるが、一つだけ、見たことがないものがあった。
起動してみると、ロゴが表示されてからホーム画面が表示される。
ロゴに上空巳と書いてあったので、きっと上空巳が作ったのだろう。
「ふ~上空巳さんが作ったゲームなのです~」
そういうと、妃美はとりあえずショートカットの先にあるゲームのファイルを全部USBにコピーしてから、ゲームと向き合った。
タイトルは「しゃぼん玉のアクション」
どうやら2Dスクロールアクションゲームのようだ。
主人公は上空巳が書いたものらしく、ドット絵のしゃぼん玉を吹いている猫がぴょんぴょんしている。
妃美は矢印キーに手を置いて、クリアを試みる。
制限時間はないようなので、かなり慎重に進んでいる。
十分(600秒)くらいかけて一画面程度を移動し土管の上に乗った瞬間、土管からオットセイのようなキャラが出てきた。
これも上空巳が書いたものなのか、ドット絵で一目でオットセイと分かる。
オットセイとあしかの違いは分からないがとにかく、これはオットセイだ。
土管から出てきたオットセイは妃美が操作する猫の足に当たった。
このちょっと前に出てきた丸い猫は上から踏めば倒せたが、このオットセイは倒せないようだ。
そして、横スクロールゲームで敵に当たったら、ライフが減る、身長が縮むなどの動きがあるが、このゲームでは即死のようだ。
当たった瞬間に効果音とともに、しゃぼん玉を吹いている猫は上に飛び上がり、下に向かって落ちていった。
画面が真っ黒になり、真ん中に猫の顔と×2という表示が出ている。
一般的な横スクロールなら、残機が後二個ということだ。
そして、理不尽に主人公を殺された妃美はというと、一回フリーズしてからパーカーのポケットからサングラスを取り出し、装着した。
そして、
「faaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa...
と絶叫した。
一通り絶叫してからサングラスを取り、今度は赤い眼鏡を取り出して
「さすが。。。上空巳さんなのです~、今度は負けないので~す」
と言いながら装着して、髪を結ぶゴムを取った。
ちなみにサングラスとゴムはパーカーのポケットに入れた。
普段ぴょんぴょんしても何もないが、一体内部はどうなっているのだろう。
そういうと、先ほどの経験を活かし、土管のところまではスムーズに来た。
そして、
「このオットセイは一回しか出てこないので~す」
と言うと、一回土管の上空にジャンプしてオットセイを発射させてから、土管の上を通過した。
「ふふっ私に不可能などないので~す」
もう一個土管が出てきたので、慎重に(十分くらいかけて)何度も確認し、安全を確認してから上を渡ろうとしたところで、
「そういえばこういうアクションゲームは下を押すと入れるところがあったりするので~す」
と言い、土管の上で下を押した。
しゃぼん玉を吹いている猫は土管の中に入っていった。
「やっぱりなので~す」
次の瞬間、猫が上に発射された。
そして、先ほども聞いた猫が死ぬ効果音が流れた。
それを聞いた妃美は、またフリーズし、しばらくすると赤眼鏡を取り、パーカーのポケットからサングラスを取りだし、
「ふぁああああああああああああああああ・・・
とまた絶叫した。
妃美のお泊り会は夜更かしどころではなくなりそうだ。