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異世界は無法地帯。一章.第一話

 確かに、人はゲームで負けたら怒るだろう。

 今までやってきたものが無駄になったり、結果に納得がいかなかったりしたときは特に。

 キーボードはクラッシュするし、台パンはするし、暴言は吐くし。


 そして今。

 伊冬(いとう) 上空巳(かみからみ)は走っていた。

 『男子 服装 おすすめ』で検索したら出てきそうなくらい普通のTシャツとジーパンを着ていて、髪は黒いつんつんのアップバングで、手には学生カバンを持っていた。


「おい待て、待て、止りやがれ」


 後ろでも、冬でも防寒具はいらねぇぜって言いたそうな筋肉の上に緑のタンクトップを着て、髪を角刈りにしたいかにも「年中喧嘩しています」っていうガラの悪いマッチョと、頭に白いポンポンを二つ乗っけた改造チャイナ服のお姉さんが走っていた。


「いいから止まりなさいよ、悪いようにはしないから」


 悪いようにはしないと言われて本当に悪いことをされないと信じる人はたぶんいないだろう。


 こうなった理由は簡単だ。

 終業式で半日授業だった高校から出た時、調子に乗って


「今なら試合勝てる気がするっ」


 と出来心で路地裏のゲームセンターに走り、千円をかけて「路上喧嘩V」(またの名をストリートファイトファイブ)で試合したりしたからだ。

 調子が良かったのか十二連勝し、四十万円という大金を稼いだところで、裏から大量の不良やらなんやらが出てきてゲームセンターの主っぽい人(店長ではない方、またの名をドン)が


「ちと顔貸してくれるか?」


 と言いながら迫ってきたので、


「東京湾にコンクリートは嫌だぁ」


 と叫びながら逃げたというわけだ。

 胸に誓って悪いことは何もしていない・・・はず。


 最初は二十人くらい追手がいたのだが、やはり大人数で一つの道から追うのは無理があったらしく、路地裏から出たあたりで壮絶にクラッシュしていた。

 追手の中で最後尾にいたチャイナ服と先頭でクラッシュに巻き込まれなかったマッチョが追ってきているというわけだ。

 チャイナ服のお姉さんが道いっぱいに倒れている人を踏みつけて追いかけてきたときは、クラッシュに巻き込まれたやつらがかわいそうだったが。


 もうかれこれ十キロ以上走っているが、逃げられそうもない。

 上空巳も疲労がたまってきてはいるが、達人の太鼓上級者の体力は伊達ではない。

 それでもやはり、普段から鍛えているマッチョのほうはレベルが違うらしく二人の間隔はだんだん縮まっている。

 そろそろ追いつかれそうだ。

 火事場の馬鹿力もそろそろ限界に近い。


 (あぁ・・・四十万置いてきちゃった・・・)


 とっさのことで、四十万円をその場に置いて逃げてきてしまったことを思い出した。

 あの大金は二度と戻ってこないだろう。

 さらに、財布の中にあった千円も使ってしまった(というより置いてきてしまった)ので、今財布の中の残金は430円だ。

 今時、430円じゃタクシーすら乗れない。

 電車も厳しいだろう。

 この後何とか逃げたとしても徒歩で、しかも見つからないように家まで移動するということを考えると脱力感が湧いてくる。


「いい加減諦めたらどうだっ」


 マッチョがまた叫んできた。

 マッチョとの差は5メートルもない。

 そろそろ限界が近い足でまた差をつけるのは難しい。

 年貢の納め時(現代語で言うと納税期限当日)だろうと諦めかけたその時、


「上空巳さん何してるですか~?」


 とクラスメイトの姫美芽(ひめびめ)妃美(ひめ)から声をかけられた。

 妃美はだぼだぼのパーカーにジーパンをはいていた。

 髪はスーパーロングの鎖骨あたりで結んでいて、頭のてっぺんにはアホ毛が二房ふわふわしている。

 ほかの髪は全部長いのにこの二房だけは一センチたりとも伸びているのを見たことがない。

 美容院に月に一回通っているというから、毎回きっちり美容師さんに切ってもらっているのだろう。


 上空巳は大声で


「追われてるんだよっ、追手に」


 と応えた。


「追手に追われてるっていうのは筋肉痛が痛いと同じ気がするです~」


 余裕がないのでアホは無視しよう。

 マッチョは待ってくれない。


「困ってるですか~?」


 妃美は気にせず聞いてきた。


「困ってるに決まってるだろ」


 走りながら喋るのもつらいので、声を張り上げながら応えた。


「困ってるんですか~大変ですね~」


 アホは無視しよう、余裕がないので。


「ところで上空巳さん~この後暇ですか~?」


 なんでこのアホは人が困っているときにこんなことを言えるのだろう?


「これから美容院行くんですけど~一緒に行くのです~?」


 美容院に二人で行ってどうするというのだろう?

 上空巳ひとりで待合スペースのベンチに座ってファッション雑誌を読む時間になるに決まってる。

 そんなことを言いながら妃美はぴょんぴょんとジャンプしながら並走してきた。


「あの金髪のタンクトップさんとチャイナ服さんはどうしたんですか~?」

「だから追ってきてるんだってば、俺を」

「なるほどです~」


 こいつは一ミリも否定の余地なくアホなのだろうか?


「だから困ってるんですね~わかったのです~」


 アホは無視してどうやったら逃げ切れるかを考える。


「そうなのですなら~助けてあげてもいいのです~」


 方法を決めないままとりあえず目標だけ決める典型的なアホはおいておいて、また路地裏に入って追手をまこうとする。

 妃美もぴょんぴょんしてついてくる。


「たすけてあげるですので~美容院一緒に行くです~」

「もう勝手に言ってろ」


 路地裏に入ってからすぐ曲がったので、マッチョ達をまけるかと思ったが、後ろからついてくるアホのせいですぐに見つかったようだ。

 また大通りに出て走る上空巳だが、今度の大通りは人が多くて速度が出せない。

 後ろからはマッチョ達が追ってくる。

 妃美はパーカーのポケットから赤いフレームの眼鏡を取り出して


「任せるのです~」


 と言いながら眼鏡をかけ、鎖骨のあたりで結んでいるヘアゴムを両方とった。

 後ろ向きでぴょんぴょんしながらマッチョのほうをみながらヘアゴムをポケットに入れた。


「タンクトップさん、チャイナ服さん、とまるので~す」

「俺たちはそこのつんつん頭に用があるんだ。そのつんつん頭のほうを止めれば止まってやる」

「じゃ~力ずくで止めるで~す」


 そういうと妃美は後ろ向きでぴょんぴょんするのをやめて、その場でボクシングのようなポーズをとった。

 マッチョ達は無視してよけようとしている。


「中国三千年の秘儀をくらうので~す」


 チャイナ服に向かってそれはないと思う。しかもボクシングのポーズで。

 マッチョ達が妃美の左右を通り過ぎようとしたとき、妃美は とうっ と掛け声をかけ、足を広げながらくるっと一回転した。

 地面に両手をつけて、足はピンと伸びている。

 そのまま回転する足の右足をマッチョのスネに当て、、左足でチャイナ服を膝カックンした。

 二人が普通に立っていたなら痛い(膝カックンをやってみると相手は大体痛いというから試してみてね)だけだが、あいにく二人は走っていた。

 スネを蹴られたマッチョは、涙目になりながらゴロゴロと転がり、膝っかっくんされたチャイナ服は背中からべちょっと倒れて動かなくなった。

 チィナ服はうんうん唸っているので死んではいないだろう。


「ふ、ざけんな。おい待、てツンツン頭」


 痛すぎて声が震えてるらしい。


「三千年の歴史は伊達じゃないので〜す」


 どうやら、三千年云々はともかく、一応止めてはくれたらしい。


「さぁ、上空巳さん、逃げるので〜す」


 走っているのですでにある程度距離を離してはいるのだが、完全に見失うほどの距離はないのでここで完全に引き剥がしたい。


「上空巳さん待つので〜す」


 後ろから妃美がぴょんぴょんしながら追いかけてきている。


「私もついていくので〜す」


 こいつはいつまでついてくるのだろうか?

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