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腹黒聖女が救国の聖女と呼ばれるまで

作者: 無・蜜柑草




「スカーレット。申し訳ないが君とは婚約破棄させてもらう」


 ついに始まってしまった。

 わくわくする。


「代わりに私の愛するマリアンヌを王太子妃に迎える所存だ!」


 魔王討伐の祝賀会。

 私は王太子の影に隠れて頭だけぴょこんと出し、公爵令嬢の姿を視界に入れる。

 案の定、そこには絶望に打ちひしがれた令嬢の姿があった。矜持の何もかもをも失った表情。力なく落ちた肩。その中で唯一ぎらぎらと輝く、私に対する憎しみの眼光。相反するそれらが綯い交ぜとなって、素晴らしい芸術を創り上げる。


『幽鬼』


 そんなタイトルをつけたくなる絵画だ。


 罪状は度重なる私への嫌がらせ。

 でも、しょうがないよね。

 冤罪じゃないから。実際に被害に遭ったから。


 陰口悪口罵詈雑言は序の口。集団無視もまだ可愛い。窃盗恐喝器物損壊もまだまだレベル。刃傷沙汰になったときはさすがに身の危険を感じたけど、純血を奪おうと破落戸ならずものをけしかけられたときは一周まわって冷静になった。

 権力者の娘、怖い。

 前もってそのすべてを把握してなければ、きっと耐えられなかったに違いない。






§






 私マリアンヌには前世の記憶がある。

 そして大好きな人がいる。

 画面越しには到底叶わなかった想い。そもそも平々凡々の前世の私では結ばれることさえ夢のまた夢。

 でも今の私なら。


 姿見に映るのは銀糸の髪、紫水晶の瞳。代々の聖女の配色だ。造形も素晴らしい。10人中10人が絶賛するだろう、絶世の容貌に加え、奇跡の魔法と言われる聖なる魔法の使い手。

 そしてーーーー


「ウインディ!」


 そよ風が髪を揺らし、紙を揺らし、1枚の紙束を私の手のひらに届けてくれる。詳細に羅列された前世の記憶と対策。まさに試験前の傾向と対策。これさえあれば、神を揺るがすほどの成功を予感させる。


 うふふははははは!!


 仰け反り、魔王の如き高笑いを上げる。

 そう、魔王。私の愛しい人。

 前世では乙女ゲームのキャラクターにすぎなかった彼が今、同じ世界に存在している。逆ハーエンディングに現れる隠しキャラこそ、私が唯一愛する魔王ルシフェル様なのだ。

 絶対手に入れてみせる。

 そう心に誓ったのが聖女の力に目覚め、ついでに前世の記憶までくっついてきた16歳のとき。

 私マリアンヌこそ、このゲーム世界のヒロインである聖女だったのだ。


 そんな無敵な私にもひとつだけ心配ごとがあった。

 それは魔王ルシフェル様が逆ハー後にしか現れないこと。具体的に言うと、ヒロインが攻略キャラの狭間で乙女心を揺らしている不安定なとき、それを嘲笑する形で登場するのだ。

 ならば私の元へ来い、我を選べ、的な感じで。

 人間どもが夢中になる女を取り上げてやりたいという愉快犯か、もしくは、正反対の属性を持つヒロインに惹かれ、魔界で虎視眈々と狙っていたのか。キャラクターブックにもその詳細は書かれていない。


 ここで魔王を選ぶと、それまでの逆ハー要因はすべて消え去る。物理的に。国ごと、魔王によって滅ぼされるのだ。ヒロインを取り戻そうと魔王に喧嘩を売ったからだ。諦めていれば静観の構えだった魔王はうそぶく。それを聞き、ヒロインは涙する。


 という半分バッドのエンディングだったが、ある意味人間よりピュアな魔王に人気が集まったのも事実。加えて、魔王は見目麗しき攻略キャラたちの更に上を行く、極上の容姿。人間たちがハイレベルなら、魔王はスーパーグレイドハイレベル。

 超弩級。別格の存在、別枠、番外キャラ。反則キャラ。というのはルシフェル様のことを言うのね、と当時の私はうっとりとしたものだ。


 逆ハーを避けつつ魔王を見つける、それが当初の目標だった。だって生身の人間。おとこ。画面上の無機物では決してないのだ。それらを侍らせるのなんて無理。触れられるなんて生理的に絶対ムリ。ただでさえルシフェル様一筋なんだから。

 だから穏便な方法をなんとか見つけようと奔走した。

 でも、今現在は逆ハー → 魔王ルートを己の意志で爆走中だ。

 良心の呵責? それはない。なぜなら――――


「フン。ずいぶんとみすぼらしい聖女だな。何かの間違いではないのか?」


 初の謁見で王より賜った言葉がこれだ。緊張に緊張を重ねた私を一刀両断した王を筆頭に、周囲の人間たちがあまりにも辛辣だったからだ。自分たちの都合で王宮へと呼びつけておいて勝手に落胆する。

 

 聖女として目覚めるまで、痩せこけた体型から今の抜群のプロポーションになるまでの実に10年以上、彼らは私を冷遇した。肉体的な虐待こそなかったが、精神的なそれだけでも当時の私にはひどく辛く思えた。前世の記憶などない、ひとりの少女だったのだから。

 お付きの侍女が仕事をしないのなんて当たり前。ろくな食事を与えられず、元から貧弱だった体つきはさらに貧弱に。一種の幸薄ささえ漂わせた。護衛の神官騎士でさえ私をモノのように扱い、頻繁に悪態をつく始末。

 実に400年ぶりの聖女降臨は国の中枢に関わる者たちを疑心暗鬼に陥れた。一介の平民ごときが王族をも凌ぐ高位の位に就くことに対して、お伽噺の中でしか聖女の存在を知らない彼らは信じられない思いだったに違いない。

 私もあのゲームにこんな非道徳な前段階があっただなんて知らなかった。少しばかり貧弱な孤児の娘が聖女として見出されて……、の場面から始まるのだから。


 16歳にしてようやく聖女の力に目覚め、その力を存分に披露してやったときの彼らの驚愕の瞳。いっそ清々しいほどの手のひらの返し様は実に滑稽だった。この国のすべてが侮蔑の対象だった。


 なので。


 王国滅亡ルートを確実に辿っていることに後ろめたさはない。

 その気がないのに思わせぶりな態度をとったり、鳥肌を立たせながら握られた手を振り払わないでひたすら耐えたり。聖女の力か、私の美貌か、はたまたヒロイン補正か。一国の上層部のご子息たちがそれでいいのか? と思うほどのぞっこんぶりを披露してくれた。

 私がちやほやされて、それに歯噛みする令嬢たち。今も子息たちと戯れる私に対して、睨んだり、悲しんだり、諦めかけた溜息をついたり。

 私だって状況が許せばこんな茶番、付き合いたくない。


 マリアンヌ! 君はなんて愛らしいのだろう

 はは、本当に変わってるね、マリアンヌは

 マリアンヌの前では本当の俺でいられるぜ


 うわ、キモ。うざ。

 なんでそんなテンプレートな台詞を吐けるわけ? しかも多数でひとりの女に群がって恥ずかしくないの?

 テンプレ具合はゲームだからまぁ仕方ないとして、父親ほど年の離れた王に色目を使われたときは吐くかと思った。謁見のときは思い切り見下してくれやがりましたよね。美しすぎる王妃と数多の側妃がいらっしゃいますよね。


 そんなこんなで耐え忍ぶこと2年。

 ようやくこのときがきたのだ。






§






「マリアンヌ。私の求婚を受け入れてくれるね?」


 はい、と返ってくるのを信じて疑わない王太子。


「いいえ。お断りします」


 そう返事できればどんなにすっきりするだろう。いや、だめだ。逆ハーを成立させるためにはここで拒絶するわけにはいかなかった。


「はい。喜んで」


 ふんわりと笑顔のオプションまでつけて、私は快諾する。

 一介の平民が孤児から聖女へと成り上がり、国母となるシンデレラストーリーの完成だ。周りの逆ハー要員たちもヒロインを諦めきれないながら、その幸せを見守るといった姿勢。

 ここも分からない。他の男と添い遂げるヒロインを影ながら愛していく、って意味が分からない。一生結婚しないつもりなの?

 そんなケチをつけながらも、達成感で胸がいっぱいになる。

 紛うことなく逆ハー。逆ハーレム成立。

 きゅんきゅんと切ない乙女心がうるさい。興奮のあまり頬を染める私に何を勘違いしたのか、王太子がドヤ顔で腰を抱き寄せてくる。


「さあ、マリアンヌ」


 皆に紹介したいと言わんばかりだ。

 会場中の視線を一身に浴びつつ、顔がにやけないように精一杯表情筋を総動員する。こちらを見つめる視線は好意的なものが大半だ。いわゆる悪役令嬢の断罪を終え、正義が舞い降りたと言わんばかりだ。

 でも、それ以前に、痩せガリだった覚醒前の私を嘲ってましたよね、あなたたち。冷遇される私に救いの手を差し伸べるどころか、一緒になって小馬鹿にしてましたよね。もう忘れたんですか?


 その筆頭である王太子が私の顔を覗き込んで微笑む。私はにやけ顔を精一杯ピュアな笑顔へと改造しつつ、笑おうとして失敗した。


「っマリアンヌあぶな……!」


 断罪された公爵令嬢スカーレットがカトラリーを振りかざし――――私の眼前に迫っていたのだ。自分の顔が強張るのが分かった。さー、と冷たいものが背筋を伝っていく。


 こんな展開は聞いてない! 知らない知らない知らない!! しかも右手にナイフ、左手にフォークとか、めちゃ怖いんですけど! 絵画のタイトルは『幽鬼』どころか『悪鬼』に変更だ!!!


「は。醜いものだな、人間というのは」


 咄嗟に目をつむった私へと届く愛しい人の声。

 眼光だけでスカーレットの暴挙を収め、悠然と私を背へと庇うのは。


「ルシフェル……さ、ま」


 肩越しに振り返ったルシフェル様は目を細め、犬歯の覗く口角を上げた。


「だが、その醜さがひどく心地良い」

「何者だっ!」


 凄まじいまでの覇気と、即座に膝をつきたくなるほどの圧。奈落という言葉が軽く思えるほどの漆黒。

 誰何の声を上げた王太子だったが、この場にいる誰もが把握していた。

 否、一瞬のうちに把握してしまった。聖王国の伝承……、昔語りに残る魔王という存在。神話の色合いが強すぎて、誰もがその実在を信じない。信じようとしなかった暗黒の生き物。

 その実在を確信したとき、聖王国の民は”ある種” の本能に目覚めるという。


 「馬鹿な……!早すぎる!!」


 魔王は滅んだ。聖女の聖なる光を宿した聖剣にて、この世から滅したはずだった。今はそのための祝賀会の真っ最中。冗談でも笑えない。

 動員された兵の半数が戦死を遂げ、今、国の防衛力は底をついている。早すぎる魔王の復活は絶望を誘うのに充分だった。

 


「その醜さの根源である聖女を差し出すのなら平和的に魔界へと還ってやるが……どうだ?」


 国力も、魔法的にも弱体化している今、魔王に対抗するのは困難極まりない。魔物を退け、瘴気を払い、それぞれが、魔力を使い果たしてしまったのだ。

 聖女ひとりの命と、国の安寧。どちらを取るかは明白。

 王太子からの好感度が低めだと、人身御供にされて強制魔王ルートへと突入する。もちろんそれが私の狙い。それぞれの

 だったわけだが――――


「そのような提案、受けるわけにはいかぬ!」


 何言ってくれちゃってんのー!?


 きっぱりと言い切った王太子に私は目を剥いた。好感度ギリギリ低め、低めを狙って振る舞ってたのにどうしてそうなった。

 だが、驚きはそれだけにとどまらない。


「そうだよ! マリアンヌは僕たちの唯一の光!みすみす渡すわけ、ない」


 逆ハー要員の中でもっとも小柄な神官長の息子が、魔王の圧に震えながらも杖を構える。確か、攻撃魔法は苦手だったはずである。虫一匹殺せない博愛主義者だというのに。


「ったりめーよ! コイツは俺が守るって決めてんだ」


 ガラの悪さもご愛嬌。ワイルドな面差しの剣士はいつになったら言葉遣いを改めるんだろう。騎士団長のお父様が泣いてましたよ。


「仕方ありませんね。私も加勢しましょう……この頭脳で」


 宰相息子! そもそもあなた戦闘要員じゃないですよね。なのになんで、そんな特攻的動きでこっちに来るの。ちょ、危ないって!

 

 いや、彼らだけじゃない。

 周囲のモブやら父兄やら、そのすべてが魔王の圧に果敢に耐えている。聖女を守ろうと一丸となっていく様が見て取れた。

 断罪されたはずの公爵令嬢でさえ、再び凶器のカトラリーを手に、ゆらりと立ち上がる。

 え、どさくさに紛れてまた私に向かってくるんじゃ――――


「皆の者、落ち着けぃ!!」


 一喝が場を揺るがした。最も上座で事の成り行きを見守っていた国王だ。腹の底から響く、力のある声だった。

 その貫禄はさすがで、あれほど騒然としていた場が静まり返った。

 目の前の公爵令嬢もカトラリーを収め、王へと膝をつく。略式とはいえ、王に忠誠を示している場合じゃないと思うのは自分だけだろうか。すぐそばに魔王がいるのだ。


 ちら、と盗み見ると、ルシフェル様は愉快そうに傍観している。その横顔のなんと麗しいことだろう。


 はやく、攫って!

 

 身悶えていると視界が開けた。国王との直線上、立ち尽くすのは私だけになったのだ。

 聖女とは王の上位者である。

 いにしえの儀に則り、そう定められた私は唯一王を見下ろせる立場にある。なのに覚醒まで散々な扱いを受けた記憶は未だ澱のごとく心を騒がせた。


「聖女よ。過去の儂の非礼を切に詫びる。そなたは偉大なる聖女であった。おぬしにこの国すべてが救われた。すべての民草はおぬしに感謝しておる」


 面と向かって謝罪されたのは初めてだった。今さら何のつもりだろう。

 いや、その魂胆は分かりきっている。


「最後に儂の我儘を聞いてはくれまいか」


 ほら、きた。


 "どうか、国の英霊として、栄誉ある犠牲となってくれ"


 そんなところだろうか。まさに身勝手な王にお似合いのワガママである。

 私にとってもそれは望むところだ。二つ返事で引き受けてやるとも。


「父上、と呼んでほしい」

「――――は?」 

 

 自分の耳がおかしくなったかと思った。


「この国の民は我が子同然。おぬしのことも娘同様に愛しておったよ、マリアンヌ」

「…………」

「魔王なる存在のために血反吐を吐きながら突き進むおぬしを見て、なぜそこまでせねばならぬのかと痛ましく思った。同時にそれを止められぬ己を不甲斐なく思った。ありもせぬ魔王などという存在のために努力するおぬしを嗤う者もいただろう」


 その筆頭があなたですけどね。


「だが実際に魔王は存在した。そしておぬしという聖女も。聖女と魔王の物語。ただの伝説、昔語りと取り合わず、この事態を招いたのはすべて、儂の責任だ」


 会場のあちらこちらから、異議を唱える声が上がる。


 何をおっしゃいます、私とて……!

 いやいや、私も同罪ですぞ、陛下!!


 不敬以外のなにものでもなかったが、もはやそんなレベルを越えて誰が口走ったかも分からないほどの大合唱となった。皆、揃って反省し、聖女に対しての過去の態度を悔い、自責の念に囚われている。

 でも、私の心には何ら響かない。偽善の押し付け合いをすることで、よほど私から自発的な言葉を引き出したいらしい。


「皆様。魔王の復活を許したのはひとえに聖女である私の未熟さゆえのこと。申し開きもございません。ですのでここは魔王の条件を飲み、私が――――」

「ならぬ!」


 王が腰の剣を抜いた。

 ぬらりと光るそれは紛うことなく実践用の大剣だ。大人の背丈ほどもあるそれはずっしりとした重量感が伝わってくる。装身具とばかり思っていたそれを難なく掲げ、王が吠えた。


「儂は聖女のために戦う! 同志は剣を、拳を、杖を捧げよ!!」


 それを合図に会場は瞬く間に戦場となった。魔王が召喚したと思われる魔族や魔物、魔獣たちが蹂躙を始め、赤い空間へと変えていく。

 私は唖然となった。

 騎士や警備兵はもちろんのこと、この場には歴戦の戦士たちが集っている。魔の襲来に耐え抜いた、生え抜きたちだ。彼らが戦うのはまだ分かる。

 だが、貴族や官僚たち、メイドに至るまで、明らかに非戦闘員の彼らが誰ひとり逃げ出すことなく、何かしらの武器を手に果敢に戦っている。混乱しているのは私くらいのものだ。


「マリアンヌ。大丈夫、おまえは私が守るよ」


 さきほどは気持ち悪かったドヤ顔が儚げに映る。

 こんなときまで何を格好つけているのか。額からは脂汗が滲み、肩で息をする王太子は満身創痍だ。あちらこちらに魔物の爪を受け、毒素がまわっているのが分かった。


「殿下、回復魔法を」

「よい。その魔力を最後まで温存しておくんだ、マリアンヌ」


 有無を言わせぬ口調だ。その断固とした口調に私は気付いた。気付いてしまった。いや、気付かないフリをしていたかっただけなのだ。




 彼らは死を、覚悟している。




 滑稽なほどの手のひら返し?

 侮辱すべき国?

 違う。才ある者を認め、その功績をまっすぐに評価した結果だったのだ。実力がすべて。彼らはそれをまっとうしただけ。覚醒前の私にいったい何の価値があったというのだろうか? 聖女の地位を笠に着て、不幸のヒロインを演じ、周りのすべてを敵認定して拒絶し続けた。

 努力が認められた事実を素直に受け入れられなかったのは私。ルシフェル様以外の物事をまったく見ようともせず、最後まで彼らをゲームの手駒として扱った。各個人の感情や慟哭、葛藤なんて考えたこともなかった。

 だからこそあんなことが平然とできたのだ。


 そう、私は魔王であるルシフェル様に情けをかけた。復活すると分かっていても、完全に滅するなんてできるはずもない。聖剣に宿すはずだった聖なる光。その中に二重に魔法をかけ、ダメージを受けた傍から少しずつ回復するように仕向けたのだ。

 ルシフェル様は無論、それが分かったのだろう。


『どうだ? これがお前の望んだ結末だ』


 脳髄に直接語りかけてくるルシフェル様のお声。

 その通りだ。ルシフェル様の手を取り、この国を破滅へと導くことを望んだ。そして私は愛してやまないルシフェル様と共にいく。すべて、計画通りじゃないか。


『聖女よ。余と共に来い』

「正反対の属性の私に惚れちゃったんですか?」

『まさか』


 ルシフェル様が薄く笑う。


『そなたは世界一の性悪女であろう? 醜く、そして下衆なその性根。余に相応しいと思わぬか、マリアンヌ?』


 嘲笑の視線を向けられてズキューンとくるなんて私はマゾだったのだろうか。いや、愛してる人限定に決まってる。

 それでもいい。何事にも関心を示さない魔王がひとりの人間としての私を認識してくれるだけ、すごいことなのだから。

 私だけ。

 名前を呼ばれたのは私だけ。

 だめだ、鼻血が出そうになる。


「陛下。いえ――――、父上!」


 そう、鼻の奥がつん、とするのは鼻血のせい。決して涙なんかじゃない。


 私は全力の光魔法を会場中へと放ち、魔を滅し、人間たちを回復させた。元々、聖女の力は魔王とサシでやり合えるほど凄まじいものだ。魔族の戦いの諸々、私が本気を出せば誰ひとり死ぬことはなかった。自惚れでも何でもなく、それを知っているからこそ今は後悔しかない。


 驚きに目を瞠る国父たる陛下を真正面から見据え、ゆったりと微笑む。

 そしてルシフェル様の腕へとそっと身を預けた。


「父上。この国をお願いします。――――聖王国万歳!!」


 私は初めてこの国の安寧を心から祈った。


 私を覆い尽くす闇の狭間、こちらへと手を伸ばす王太子たちの姿が見えた。届かないと分かるやいなや、絶望に顔を歪め、何やら叫んだり、歯を食いしばって床を叩きつけたり実に騒がしい。公爵令嬢が泣きながら追い縋ってきたのは最後まで意味が分からなかったが、おかげで冷静になれた気がする。


「聖女マリアンヌはあなたと共に参ります。ですからこの国だけはどうか……」


 私は最後まで演じ切る。救国の聖女として。






 ――――太古の昔。


 聖王国の前身である小国が戦闘民族国家として名を馳せていたことを私が知るのはもう少し先のこと。

 魔界図書館の資料によると、好戦的な民族性を魔王は面白がって鼓舞し、反対に聖女(女神)はそれを鎮めるために奔走したという。

 今はもう知る者のない、神話以前の物語である。















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