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迫真空手部〜勝利の裏技〜

作者: 怪文書同好会

眠っていた野獣を呼び覚ませ。

 十年前、一世を風靡した格闘家がいた。古今東西悉皆の軌轍を跳ね除け、我流「迫真空手」を僅か一代で世に領らしめ召た稀代の天才。その字を[AKYS]と云う。

 拳閃は神速。蹶りは悍馬の如し。精神は高潔にして冷徹。如何なる豪傑であろうと圧倒的な実力差で捻じ伏せ「野獣を宿すもの」と対戦相手からは畏怖され、格闘家達からは欽慕された漢だった。

 しかし、彼はとある試合前に消息を絶った。


 〜淫無暦810年8月10日 とある神社境内にて〜

 「先ずは基本の正拳突きからだ、野獣」

 鋭い正拳突きを受けた茶色い肌の汚い男が不満を零す。

 「いつまで同じこ↑と↓やるんですか、もうやめたくなりますよぉ〜秋吉先生〜」。

 「この程度が容易くこなせないと三流すら程遠いゾ」

 「MUR先輩まで、便乗しないでくださいよ〜」。

 「野獣、練習の途中で悪いが、俺は下北沢まで遠征に行くから付き添いを頼むゾ」。

 突如興奮を始める野獣。

 「終に始まるんですか、淫夢チャンピョンシップ!日本一の淫夢強キャラを決める戦い!」

 「そうだよ(便乗)」

 「ということで、付き添いを頼むゾ」。

 「しょうがねぁなぁ〜付き添ってやるか」。

 ↑先輩にタメ口をきく人間の屑。

 「勝ってこい、MUR」。

 AKYSの激励を受け、出発したMURと付き添いの野獣。日が沈む前に街への到着を目指す。

 しかし、道中にて疲れからか不幸にも、野獣が黒装束の男に衝突してしまう。黒装束の男は挨拶代わりに回し蹴りを野獣に打ち込む。機転を利かせ、後輩を庇うMUR。

 「野獣、AKYS先生を呼べ」。

 「先輩、ちょっと待って下さいよ!2人掛かりなら大丈夫ですよ」。


 MURの顔から滴る汗を見て、野獣は状況を理解した。

 「この男、日が沈むタイミングや入り組んだ地形を利用して襲撃をしているゾ…」

 野獣はAKYSに助けを求めるため野獣の如く大地を駆ける。その姿はまさしく野獣が己の中に眠る野獣に野獣を宿したかのようであった。

 敵の刺客は野獣に狙いを定め放った矢をMURが手刀で阻止する。暗闇で刺客の姿を捉えにくいが気配で察知し、上段蹴りを体を低くして避ける。そこに踵落としで追い討ちをかけられるが、腕で受け止めて距離を詰める。そして回し蹴りを誘発させ、足を掴み、MURが勝利を掴んだかと思われたが…

 突如MURが手の腱を損傷してしまう。

 「お前何しやがった!」

 月明かりに照らされた剣が宙を舞い、MURに四方八方から飛び掛かる。

 「なる程、糸で結んだ暗器を木に結びつけているってワケか…」

 劣勢だと判断したMURは野獣が遠くに逃げたことを確認し、自身も逃亡を図るが、手に暗器が絡み付き、妨害されてしまう。

 「最早これまでか…無念だ」

 その時、刺客が後ろに飛び退る。

 「お前の腐った根性を叩き直してやるよ」

 AKYSの登場でMURは一命を取り留めた。

 「野獣、MURを死守しろ」。

 AKYSは怒りに囚われることなく、落ち着いて試合を運ぶ。そして、瞬時に暗器を看破し、封殺していく。

 暗器を手放し、両手が自由になった刺客はナイフに持ち替えAKYSを牽制する。AKYSは刺客の殺陣術を物ともせず片手で捌いていく。

 「野獣、見ていろ、これが基本の正拳突きだ!」

 「その構えはまさか、迫真空手のAKYSか?」

 空間を歪める神速の突きで敵の身体が文字通り「霧散」した。


 これで全てが終わったかと思われたその刹那、

 刺客の置き土産が野獣とMURを目掛けて襲いかかった。


 あれは確か、自分がまだ24歳で学生の時…

 野獣の走馬灯が必死に生きる術を探し出す。

 辿り着いた一筋の巧妙、自分の業と宿命。


 数十本の矢が暗闇を飛来する。一流の格闘家でも瞬時に反応し、捌くのは難しい。

 「野獣、後ろだ!」 叫ぶAKYS。

 野獣が逃げればMURが死に、野獣が受け止めれば致命傷は免れない絶望的な状況に陥る。

 究極の選択を迫られる。

 迫真空手奥義 「聖拳 月」 

 迫真空手最難関の技。その拳速は空間をも裂き、摩擦で拳が引火し、闇に光を齎すと云う伝説上の技だ。

 野獣の拳は矢を微塵も残さず消し去った。

 否、刺客の放った矢は”存在すらしなかった”。


 MURを診療所に届けた後に後片付けをしていると…

 「しかし、MUR先輩はなんで襲撃されたんですか?」

 「恐らく、淫夢チャンピョンシップの優勝候補を潰すためだろう… 淫夢チャンピョンシップは国の軍事力を示す重要な場でもあるからな」

 野獣は言葉にできない怒りを噛み締める。迫真空手において冷静さを失うことは許されないからだ。

 「野獣、お前MURの代わりに大会に出ろ」。

 「ファ!?」

 「お前は迫真空手の奥義を習得したんだ、もっと胸を張れ」。

 「細かいことは俺がどうにかするから、初めての大会を楽しんで来い」。

 「俺、淫夢チャンピョンシップに出、出ますよ、先生!」

 大会までの猶予は僅か3日間しかないが、「聖拳 月」を習得した野獣の成長は目覚ましく、その絞りあげられた肉体には野獣が宿っていた。

 そしてAKYSは確信した。野獣なら迫真空手を極められると。

 

 大会当日の下北沢の街はは多くのホモで賑わっていた。観戦の為に来訪した後輩のKMR、診療所を抜け出したMUR、そして師AKYSの激励を受けて野獣は会場へ向かった。

 

 会場は街の中心部にあり、多くの観戦者が集まるため、到達するだけで骨が折れる。

 やっとエントリーを終えた野獣が控え室に入るとそこはこの世の終わりの様な雰囲気だった。選手同士の緊張で張り詰めた空間に足を踏み入れると、鋭い視線が野獣に集まる。

 野獣は動揺せず、空いている椅子に腰を下ろした。周囲を見渡すと頭1つ飛び抜けた気を放つ格闘家達がいた。「卍解の帯人」 「肉体はおじゃる丸」 そして「一般参加爺」 どれも優勝候補に毎年挙がる強者だ。

 野獣は周囲を一瞥し、一回戦へと向かった。

 

 終に戦いの火蓋が切られた。

 円形の石壁に囲まれた洋風の闘技場。それは勝者が1人と云うことを意味する。

 一回戦の相手は迫真相撲部の出川という男だ。

 体格は野獣を大きく上回り、全身の筋肉を脂肪で覆っている。

 しかし、体格差を物ともせず、野獣は相手の張り手の勢いを利用して、軽々と投げ飛ばし、勝利を手にした。

 その後も野獣はAKYSの教え通りに自分の手の内を見せることなく、勝利を積み重ね決勝へと駒を進めた。

 

 〜決勝戦控え室にて〜

 「野獣、棄権しろ」

 「何でですか先生、優勝は目の前ですよ!」

 「死ぬかもしれないんだゾ!」 MURも必死に咎める。

 「僕からもお願いします」。

 「KMRまで…これもうわかんねぇなぁ…」

 「次の相手は、お前にとって分が悪過ぎる」。

 しかし、野獣は一歩も譲らない。

 試合の開始時間が刻々と近づく。

 「命の危険を感じたら直ぐに降参しろ」。

 こうして決勝戦は不穏な幕開けを迎えた。


 3時間前、AKYS達は野獣が決勝で対戦する相手を確認するため、試合を観戦していた。

 そこで目にしたものは一方的な「虐殺」だった。


 決勝に向かう野獣は会場がやけに静かなことに違和感を感じていた。

 試合のゴングがなる。対戦相手は背丈の小さい異国風な顔つきの筋肉質の不気味な少年だ。

 彼はこう名乗った 


   ボク ヒデ

  「朴 秀」 どこか独特な訛りのある気味の悪い声だった。


 会場が凍りつくのを察した。彼は完全に試合のペースを掌握していた。

 野獣が抱いていた違和感は恐怖へと変貌した。

 恐怖を払拭する為に心頭滅却するが、試合の流れが掴めずに睨み合ったまま時間が過ぎる。

 堪えきれなくなった野獣は秀に速攻を仕掛ける。

 腹と足に先制の五連撃、相手がバランスを崩した所で腰を低くして潜り込み、巴投げを炸裂させる。そこに復帰を許さないイキスギラッシュ。

 並の相手なら気絶している技の威力だが、

 秀は「無傷だった」。

 「痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い」

 不気味。秀の身体には傷一つついていないのに悶絶している。

 次の瞬間、野獣の視界は白く染まった。

 目が覚めると身体が壁に減り込んでいた。

 

 「ポッチャマ・・・」

 「MUR先輩、秀は野獣先輩の攻撃をカウンターしたんですか?」

 「そうだよ(便乗)」

 「そして野獣は絶対に秀に勝てないゾ」

 「そんなこと…」

 2人の会話にAKYSが割り込む

 「それは違うぞMUR、KMR」。

 「師匠?」

 「聖拳 月」は単なる突き技ではないんだ。連続で撃ち込むことで初めてその真価を発揮する応用力の技だ。

 「何でですか?」

 「聖拳 月」は相手の体内に衝撃波を飛ばす技だ、つまり連続で攻撃すれば、衝撃波同士が反発し、威力を増幅させる。

 「でも、その攻撃も秀にカウンターされるんじゃ?」

 口を閉ざすAKYS。

 「野獣は勝つ」。AKYSは拳を握り占めた。


 秀が野獣に距離を詰める。野獣は迂闊に手を出せず、ひたすらに距離を取る。

 「野獣、『聖拳 月』を打つんだ!」

 後一歩で届かないAKYSの声。

 しかし、格闘家としてのAKYSの魂が野獣に再び闘志を灯した。

 「迫真空手流 旋風」戦いの中で野獣が即興で編み出した足技だ、一時的に上昇気流を発生させることができる

 秀に与えるダメージを最小限に抑えつつ転倒させる。

 「邪拳 夜」 相手の憎悪を使い、攻撃する技、空間に直接干渉して重力を支配する。

 秀に抵抗の隙を与えない野獣の決死の抵抗。


 秀は自らを痛めつけ始めた。


 「まさか、自分で与えたダメージもカウンターできるのか?」

 流石のAKYSでも想像していなかったシチュエーションにMURとKMRも困惑している。

 「勝てるのか、野獣は?」


 野獣は戦いの中で確信していた。秀のダメージの蓄積量には上限がある。

 その上限に達するギリギリのラインで「聖拳 月」を使えば勝てると。

 しかし、手負の野獣では秀のダメージ蓄積量に再び到達させるには厳しい。


 野獣は最後の攻撃を仕掛けた。

 秀の胸に飛び込み、足で突き放し地面に付ける。「邪拳 夜」で手足の自由を奪った。


 「聖拳 月」

 

 その瞬間、世界が停止した。

 無我の境地に達した野獣の拳閃は時間をも歪めた。


 秀の頭を捉えた”神速の810連撃”


 秀は満身創痍の状態でカウンターを発動する。

 しかし、カウンターは暴発した。

 会場は砂煙に包まれた。

 

 勝者は…その眼光に野獣を宿す男。


 「野獣が勝ったゾ!」

 「これは想定外でしたね」。

 「迫真空手の勝利ゾ!」

 まるで自分のことかの様に喜ぶMURとKMRを見てAKYSは安堵した。


 試合を終えてAKYSは墓地に来ていた。

 「AKYS先生!俺、優勝しましたよ!」

 どこか悲しそうな目をしているAKYS。

 「野獣か、優勝おめでとう」。

 「ありがとナス!、どうしたんですか先生、元気出して下さいよ〜!」

 「全く、変わらない奴だなお前は」。

 「お前に伝えなければいけないことがある」。

 野獣は沈黙した。

 「これはお前の父親の墓だ」。

 「ファ!?」 動揺する野獣。

 「10年前、お前の父親はお前と同じ大会に出場していたんだ」

 「本来ならばお前の親父と俺は決勝戦で闘う筈だったんだ…」

 「しかし、決勝戦の前日に刺客に襲われた俺を庇い、死んだ…」

  俯く野獣。

 「これは俺の不注意が招いた結果だ…本当にすまない…」

 「そして、親を無くしたお前を俺が預かることになった」。

 「覚えてるか、お前が迫真空手をやりますねぇと言って俺が必死に咎めたことを」。

 「怖かったんだよ、俺も お前が親父と同じ道を辿らないか」。

 地面が濡れる。あのAKYSが涙を見せた。

 「先生、顔を上げてください」。

 「今の俺がいるのは先生のお陰だってはっきりわかんだね、そう落ち込まなくてもいいよ、来いよ!」

 AKYSは自分を縛り付けていた使命から解放されたのであった。

 「明日は表彰式だ、男の背中を見せてこい!」

 AKYSに背中を押され、野獣は表彰式へと向かった。


 表彰式は闘技場の上で執り行われる。

 登壇。試合中は感じなかった観客の視線が野獣1人に集まる。

 並の人間ならば気を失っていても可笑しくない重圧の中、長い階段を只管登る。

 「野獣」と呼名され、最強の格闘家の名を天下に轟せのだ。

 最強の格闘家の称号、「野獣のベルト」を手にした野獣。

 野獣は全ての格闘家の頂点に立つ百獣の王と化したのであった。

 その背中は全ての人間の魂を包み込み、新たな世代に憧れを託す。

 野獣は闘技場の頂点から城下町を一望し、天高くベルトを掲げた。


 格闘家として、人間の鑑として、野獣はウィニングライブに臨む。


 MUSIC:「やじゅぴょい伝説」                  

                    終

                  制作・著作

                ーーーーーーーーー

                   ⓃⒽⓀ

                  日本ホモ協会

                   

 


勝利は約束されていた。

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