17 淑女の自覚
コトコトと馬車が走る。
ロイゼルドとエルディアは修繕の終わった古城の確認と、聖地の視察に向かっている。いつもであれば馬で飛ばすのだが、今回は急ぎの用事でもないので馬車でのんびり移動することにした。
ヴェーラは先だってのリゼットへのおいたがすぎて、ロイゼルドに大目玉を食らい当分鳥型のままでいるように言いつけられた。それでもついて来るかと思ったら神殿には近づきたくないらしく、アーヴァインの元で留守番をしている。
どうやら神山ホルクスから地上に降りて一番最初に神殿に侵入し、魔力が使えないまま騎士団に追いかけ回されたのがトラウマになっているようだった。
トラウマといえば、皆の前でヴェーラに唇を奪われたリゼットはあれからしばらく寝込んでいた。エルディアとエルフェルムがかわるがわるにお見舞いに行って、ようやく落ち着いたようだった。
ヴェーラの正体を聞いて、まさかあれが神の使いなの?嘘でしょ!と信じられないようだったが、それなら鳥につつかれたと思う事にするわと開き直ったようだった。エルフェルムが自分もフェンに何度も舐めまわされていたことを話したからかもしれない。
馬車の中から窓の外を眺めて、エルディアはうきうきしていた。
「上機嫌だな」
ほんのりピンクの頬の横顔に向けてロイゼルドが言う。
「だって、馬車で旅するなんて子供の頃以来だもの」
「イエラザームに行った時もお前は馬車だったぞ?」
「んもう、あれは仕事でしょ。それにロイは一緒に乗ってなかったし」
ぷうっとふくれる。
無邪気に殺し文句を言ってくるなと思いながら、ロイゼルドも窓の外を見る。
確かに御者に任せて馬車でゆったり旅するなどなかった事だ。
「で、何で私はスカートなの?」
ロイゼルドの注文でエルディアは深い緑のふんわりしたワンピースを着せられている。
一応旅装用で裾は短めで編み上げブーツを履いており、動きやすくは出来ているが、いつもの男装に比べると当然華やかだ。どこから見ても貴族の令嬢に見える。それもとびきり綺麗な。
可愛らしく首を傾げて見てくるが、きっと自覚はないのだろう。
「俺が見たかったから」
仕返しに甘く言ってやると、赤くなって俯いた。
男勝りな服装も凛々しくて悪くは無いが、やはりこういう姿は陶器人形のような美貌が惜しげ無く際立っている。
「ねえねえ、ロイは聖地に行ったことある?」
「一度だけ陛下の使いで訪れた事はあるが、かなり前の事だ」
「どんな所だった?」
「普通の街、だな。神殿があるだけで………店は多いが」
王都から聖地までは近い。
馬車で半日もあれば神殿のある街まで着く。
神山ホルクスへ続く森から流れるリューネ川のほとりに、荘厳な白い神殿が建っている。
神殿には他国からも多くの人が訪れ、今は天空に住み地上に降りることのない神々に祈りをささげる。
街には巡礼の人々の為の宿や店が多く、賑わっていた事を覚えていた。
「んふ、どんなところか楽しみ」
「仕事でないからなおさらだろう」
「あ、わかる?こう、気負わなくっていい旅って楽で」
いつも重い目的のある旅ばかりじゃない?と言ってにこにこしている。ロイゼルドはこらこらと言って、エルディアの額を指で軽く弾いた。
「神殿の奥を確認しに行くんだぞ」
「わかってるけど、ロイと二人で旅するってこれまでなかったし、嬉しくて」
素直すぎる返答にクッと言葉に詰まる。
気が抜けていてきっと何も考えてないのだろうが、その姿でその言葉は可愛すぎた。あんまり可愛いと手飼いたくなって困る。
ロイゼルドはつい触れたくなるのをぐっと堪えた。
二人きりというのも考えものだ。馬車が吹き飛んでしまったら替えがないのでいけない。
「そういえば剣は置いて来たみたいだな。えらいえらい」
イエラザーム皇国へ行った時でも、軍服と剣をこっそり荷物に乗せていたエルディアが、珍しく今回は置いて来ていた。
常に防備を欠かさない彼女が少しは守られる気になったのかと誉めると、うん、と軽く返事が返って来た。
「休みだから剣は置いて来た。これがあるから平気だよ」
そう言ってスカートをぴらりとめくった。
ロイゼルドがギョッとしていると、白い脚にズラリとナイフが嵌め込まれたベルトが見える。
「大丈夫。こっちの方が得意分野なの」
「…………」
こういう格好の時ぐらいナイフを携帯するのはどうかというべきか、脚を見せるのはいけないというべきか、しばし考えてロイゼルドは黙っておくことにした。
可憐な美少女に見えるくせに、逆さにして振るとザラザラ武器が出て来そうで怖い。
「もうすぐ城に着く。今日はそこで一泊して、明日の朝神殿へ向かうぞ」
「了解〜」
敬礼するエルディアに軽く笑った。
浮かれているのがわかって、ロイゼルドはこういう旅も悪くないなと思う。
「神殿の視察が済んだら聖地の観光としよう」
「はーい」
街の手前すぐの所に、かつてこの地を守護していた王の城が建てられていた。鷲獅子騎士団の駐留する城だ。城門をくぐった広場で馬車を降りると、目の前に石造りの城が建っていた。
御者が馬車を移動させると、すぐに騎士団の騎士が迎えに来る。彼に荷物を部屋へ運ぶよう指示して、ロイゼルドはエルディアを連れて建物内に入った。
「一応王城だっただけあって、かなり広くて堅牢な造りになっていた。だいぶん傷んではいたのだが、手を入れたから騎士団の拠点としては充分だろう」
「すごいね。レンブル城より城壁が高い」
「騎士団の連中はまだ数名しか来ていないが、ダリスが兵士を集めたからもう領内の警備は始めている」
グレイ領で私兵として雇用された兵士達が、早くも城内をあちこちしているのが見える。
「団長、いらしたのですね」
見覚えのある青年が走って来た。
騎士団の騎士の一人だ。
「そちらの方はエルディア様ですか?いつもと様子が違うので驚きました」
「エルディアは休暇中だ。聖地の神殿に用事があるので一緒に来た」
「副団長から連絡は頂いております。ご案内します」
「いや、いい。勝手に見て回るから仕事に戻れ」
「はい。ではご夕食の時間にお呼びいたします」
「ああ、頼む」
そう言うと騎士は立ち去った。
「ねえ、ロイ。仕事があるのなら私一人で見て回るからいいよ?」
見上げて来るエルディアを見下ろし、ロイゼルドはとんでもないと言ってその鼻をつついた。
「お前をほっとくくらいなら、危険だからそもそも連れて来ない」
何が危険?
首を傾げるエルディアに、やっぱり自覚が足りんなとロイゼルドは溜息をついた。




