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黒銀の狼と男装の騎士【改稿版】   作者: 藤夜
第四章 終焉の神
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16 旅立ち

 執事服を脱いでフェンは侯爵家を旅立つ準備をしていた。準備、と言っても持って行くものなどもない。獣の身には必要なものは何もない。食べ物は行く先で狩れば良い。この世界の地図は頭の中にある。


 グレイゼルにしばらく留守にすることを伝えると、彼は承知しましたと頷いた。何か重要な命を受けて行くことを察したようだった。

 出発は腹ごしらえをしてからになさいと言って、極上の牛肉ステーキを厨房に頼んで持ってきてくれた。それをペロリと平らげて食堂を出る。



 これから探しに行く金獅子レオ、黒竜ヘイロン、赤鷲ニンギルスは、白狼フェンリルに並ぶ神の従臣達だ。

 レオは雷の神ルゲルタ、ヘイロンは夜の神ロズィール、ニンギルスは暁の神エオーリアに仕えていた。


 彼等は神山ホルクスにはもうおらず、何処かで隠れているようだ。

 ガルザ・ローゲの呪詛を受けているはずなのに、魔獣になっていないというのが不思議だ。自分のように、人を主としているのだろうか。なんにせよ自我を失っていないというのが助かる。


 それにしても、今何処にいるのか。

 ヴェズルフェルニルによると、ヘイロンは西の大島ワルファラーンにいるらしい。ワルファラーンは精霊達の棲む巨大な島だ。島を分ける四つの国にはそれぞれ水火風地の精霊を祀る神殿があり、精霊に認められた者だけが王になるという。


 黒竜ヘイロンが仕えるロズィールは夜と水の神だ。水の神殿のあるイスターラヤーナ王国、まずはそこから探してみようと考えている。行き当たりばったりだが仕方ない。



『おぬしの封印を解いたのはこの世界を守るため。レオ、ヘイロン、ニンギルスは魔獣に堕ちてはおらぬ。フェンリルよ、奴らを連れて聖地を守れ』



 廊下を歩きながら、フェンはヴェズルフェルニルから伝えられた創世の神の言葉をかみしめていた。


 聖地には女神が眠る。

 かつての自分の主がそこにいる。


 信じていた主に裏切られた。その絶望に目の前が真っ赤に染まり、それから先の記憶はほとんど残っていない。おそらく魔獣に変化したためだろう。自我を失った自分が何をしたのか、正直はっきりとは覚えていない。


 燃え盛る炎の中で、血に(まみ)れた女神が自分を見て泣いていた。その光景だけが焼きつけた様に記憶に残っている。


 魔獣に堕ち世界を混乱に(おとしい)れ、ガルザ・ローゲに魔物を創り出させてしまった罪。今更もう(あがな)うことは出来ない。

 しかし、大地を魔物に明け渡すことはなんとしてでも阻止せねばならない。



 扉を開けて外へ出た。

 明るい光に目を細め、それからフッと息を吐く。銀髪の青年の姿が揺らぎ、代わりに白い狼が立っていた。

 さあ、出掛けよう。



 門に向かって歩くと、エルフェルムが待っていた。

 まだ仕事のはずだがどうしたのだろうと思っていると、見送りだよと彼は言った。



「みんなも来たがったけど、僕が代表でサボってきたんだ」



 銀髪の主は悪戯っぽく笑う。

 駆け寄った白い狼は膝をつくエルフェルムの肩に鼻を埋めた。



『いってくるよ』


「気をつけて」



 背中を抱く腕の優しさは、幼い頃から変わっていない。



『かならずしんじゅうをつれてもどってくるよ。そしてせいちをまもるから』



 エルフェルムは精霊の様に美しい顔に微笑みを浮かべてフェンの背中を撫でる。



「僕等はフェンを信じてる。幾度も僕等を助けてくれた君が大好きだ。だから、自分の罪だなんて思っちゃだめだよ」


『え?』



 見上げると、エメラルドの瞳が優しく光っている。



「フェンは女神を本当に大切に思っていたんだ。僕はその気持ちを利用した神が許せない」



 強い光をたたえた微笑みが心に刺さっていた棘を溶かす。


 数千年前、自分は女神に捨てられた。

 そう思っていた。

 彼女に目を覚まして天空に戻るよう願った自分に、お前はもう要らないと告げたのは女神ではなく、彼女に化けたガルザ・ローゲだったという。


 女神は自分を見捨ててはいなかった。

 だが、不思議に嬉しくも悔しくもない。


 もうすでに主はいる。

 かつての太陽と月のように、金と銀の美しい生き物達が自分を慈しんでくれている。

 薄情だと自分でも思うが、絶望した自分を救ってくれたのは、紛れもなく幼く無力な人間であったエルフェルムとエルディアだ。


 二人の主を守ること、それが今の自分の役割だ。その敵が終焉の神であろうと変わりはない。


 必ず彼等を見つけ出して連れてくる。そして、召喚された魔物から眠る女神を守らねばならない。



「みんなで一緒に戦おう」



 エルフェルムの言葉にフェンは頷いた。



『ありがとう、ルフィ。ぼく、がんばるね』



 もう、この愛を失いたくはない。

 飛び跳ねる様に白狼は外へ向けて走り出した。




     *********




「神殿に行くぞ」



 そうロイゼルドが言ったのは、執務室の修理が終わった次の日のことだった。



「神殿に?」


「ああ、古城の修繕工事が終わった。視察に行くついでに聖地の様子も見て来る」



 ふーん、と他人事のようにしていると、不機嫌そうな顔で睨まれた。



「こら、お前も一緒に行くんだぞ」


「え?私も?」



 グレイ領に配置される人員に、自分は入っていなかったはずなのだが。

 彼女が驚いていると、ロイゼルドがフッと笑った。



「神殿の女神について調べておきたいだろう?まさか本物が眠っているとは誰も思ってなかっただろうが。ついでに聖地の観光といこう」


「観光?いいの?」


「領地の現状を知っておくことも必要だろう」



 報告は受けているが、実際に見ないとわからないこともある。

 そう言ってロイゼルドはエルディアをまじまじと見た。



「さて、どうする?お前は仕事外だ。せっかくだから騎士団の制服ではなくて、別の服装で行くか?」



 そう言った途端に面倒だなという顔をする彼女を見て、ロイゼルドが見透かしていたようにニヤリとして言う。



「せっかくだから、二人で休暇をとって聖地を見てまわろうかと思ったのだが………」



 デート?

 エルディアの顔がぱあっと明るくなる。



「行く!」


「そう来ないとな」



 ヴェーラのおかげで、部下達には自分の浮気で喧嘩したと思われている。それに少しは仕事以外で構っておかないと、本当にリアムが言うようにいつまでも恋人らしくなれない。

 どんな所か見てこようと言って、ロイゼルドは嬉しそうにしているエルディアの頭をぽんぽんと撫でた。


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