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黒銀の狼と男装の騎士【改稿版】   作者: 藤夜
第四章 終焉の神
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13 ヴェズルフェルニル

 訓練を終え、執務室でヴェーラの能力について話をしようとしていたロイゼルド達の元に、意外な訪問客が来た。



「フェン」



 扉を開けて立っていたのは、執事服を着込んだフェンだ。あまり王宮には近寄らないのに、どうしたのだろうか。

 ご丁寧に土産の入った大きなバスケットを抱えて来ていた。



「僕の愛情たっぷりのサンドイッチだよ。お腹すいてるでしょ。みんなで食べて」



 エルディアに渡しながら、フェンが不思議そうに首を傾げる。



「ねえ、ここに来いって言われたんだけど」


「誰に?」


「私だ」



 後ろからアーヴァインが入って来た。

 あ、いたいた、とフェンも中へ入って扉を閉める。



「神獣なら何か知っているだろうと思ってな。私が呼んだ」



 部屋を見渡すと、魔鳥は執務室の机の端にちょこんととまっていた。

 それを見たフェンが、一瞬立ち止まる。



「どうしたの?フェン」


「ルディ………こいつ、どこで見つけたの?」


「アーヴァイン様が金獅子騎士団が拾ってきたって言っていたけど」


「聖地の神殿のそばで捕らえたと聞いている」



 アーヴァインが答えた。



「何でお前がここにいる。何をしに来た」


「え?」



 フェンは髪を逆立てて魔鳥を睨みつけている。



「神狼よ、これは何だ?ただの魔獣ではないのか?」



 アーヴァインの問いに、フェンは赤い鷹から目を逸らさずに答えた。



「ヴェズルフェルニル………創世の神の下僕だ」



 その言葉に反応する様に、鷹は赤い女性に姿を変える。机の端に腰掛け脚を組んだ妖艶な美女は、その美しい頬に皮肉な笑みを浮かべ、白狼の化身を睨んだ。



「久しく会うておらなんだが、人に飼われてすっかり爪が抜けておる様じゃの。馬鹿狼が」



 馬鹿と言われてフェンがぎりっと歯ぎしりする。



「その喉笛噛み切ってやろうか」


「その前に目玉をくり抜いてやろうぞ」



 ヴェーラも忌々しげに舌打ちした。


 なんだかとても仲が悪そうだ。

 エルフェルムがまあまあと一羽と一匹の間に入る。



「君達、顔見知り?」



 フェンとヴェーラは互いにフンとそっぽを向いた。



「前の主の頃から知っている。嫌味な鳥だよ」


「わらわも会いとうもなかったが、伝言を頼まれておる。双子のそばに居ればおぬしに会えると思っておったが、やはり馬鹿は馬鹿のままじゃの」


「なんだと」



 今にも飛びかかりそうになっているフェンを、エルフェルムが引っ張ってソファーまで連れてきて座らせる。

 エルディアがヴェーラに尋ねた。



「どうしてずっとアーヴァイン様に飼われていたの?」



 フェンを探していたのなら、エルディアにであった時点で居所はわかっていたはずだ。ヴェーラ程の魔力を持った鳥なら、あんな檻などすぐに逃げ出せただろうに。



「わらわは創世の神によって、地上の主を定めぬと魔力が使えぬ様にされておったのじゃ」


「創世の神に、とは?」


「アルカ・エルラじゃ。わらわは神の使者ゆえ」



 神の使者————魔獣ではないのか?



「スコル、闇の魔族に操られた愚かな獣よ」



 女神の従臣の名を呼び、使者はフェンリルを見据える。



「その名はもう僕の名前ではない。女神は僕を捨てた」



 ヴェーラは俯くフェンを嘲笑(あざわら)う。



「女神はおぬしを捨ててはおらぬ。おぬしを(おとしい)れたのは終焉の神ガルザ・ローゲ。おぬしに絶望を与える為に、奴が女神の姿を借りたのじゃ。ほんに間抜けじゃのう。主の区別もつかぬとは」



 フェンが最初の魔獣………魔王と呼ぶべき存在だ。だが、嫉妬に狂った狼は何故に魔獣となったのか。ずっと疑問に思っていたアーヴァインは、魔鳥がその答えを知っている事に驚いた。


 終焉の神、それは創世の神の対となる世界に滅びをもたらすという神だ。

 その神がフェンリルを狂わせた、そうヴェーラは言った。

 アーヴァインの瞳のグレーが深みを増す。



「闇の魔族とはなんだ?」



 かつて神獣達の護っていた大陸は、今は魔獣と化した彼等が棲む。

 神々は戦いの末に世界の果てへ魔族を追いやったと言われている。

 ………だとすればこの大地に棲む魔獣は魔族ではない。


 アーヴァインの問いにヴェーラ………ヴェズルフェルニルは仕方がないの、と呟き、しばらく飼われていた礼じゃと言いながら神代の物語を語り始めた。





 創世の神アルカ・エルラはかつて混沌から光と闇を分けた。彼は光から神々や精霊、神獣、様々なものを創り出した。

 それが一般に広く知られる創世の神話だ。


 一方、終焉の神ガルザ・ローゲは闇と、人々の憎悪から魔族を生み出した。魔族は人も獣も捕食し無に還す。後に残るは荒野のみ。

 それが世界の終焉だ。



 女神が人の子を愛し大地に降りた時、太陽と月に従う二匹のフェンリルのうち、スコルが主の心を疑った。ガルザ・ローゲはその動揺につけ入り、彼を狂わせる。

 スコルはガルザ・ローゲによって人々から憎悪を集める手段として使われ、そして女神によって討たれ封印された。


 女神は従獣の過ちを償う為に、世界の果てへ魔族を払い、彼等が二度と大地に踏み込めぬように守護の力を持って聖地に身を封じた。

 女神の守りの為に他の神も大地に入れぬ。神獣達は主人と別れ、神山ホルクスの下に眠りについた。



「女神は今もなお眠っておる。わらわが降りたあの神殿の下でな」


「大神殿の地下に?」


「そうじゃ。魔物達からこの大地を守るために」



 しかし、と魔鳥の化身は語る。


 フェンリルを闇に堕とした時に、最初にガルザ・ローゲの撒いた呪詛が獣達には刻まれていた。主を無くした獣は自我を無くし、魔獣となる。眠りから覚めた獣は魔獣と化し、大地を時折混乱させた。

 混乱が生む人々の憎悪は魔族の糧となり、また力となる。世界の果てで魔物達は力を蓄え、再び大地を蹂躙する機会を待ち続けている。



「何故その神は世界を壊そうとするのだ?」


「ガルザ・ローゲは悪ふざけが好きなのじゃ。アルカ・エルラが創造したものを壊すのが奴の楽しみ」



 近くに強大な魔力を求める国があろう?

 ヴェズルフェルニルはそう言ってこの場にいる者達を眺めた。



「地上が乱れれば面白がって更に火種を飛ばす。また何やら企んでおるぞ」



 ヴェズルフェルニルはロイゼルドを見てニコリと微笑む。



「主よ、案外簡単に人は堕ちる。主の様に未知の力を欲さぬ者は少ない。贄と引き換えに魔族を召喚した奴がいる」



 ミゼルの様に魔力を求めるあまりに道を外れる者がいる。それが国であれば混乱は更に大きくなる。


 闇の魔族が隣国に手を伸ばした。トルポント王国が魔術師達を集めて再び攻めて来た時、その狙いは聖地の消滅だろう。


 聖地に封じられた女神が解放されれば世界を包む結界は消え、神々は大地に降り立ち、主を得た魔獣達は神の獣に戻る。だが、それは魔族を再び呼び込むことにもなる。


 世界を破滅に導く魔物とそれに抗う人間、そして神と獣を巻き込んだ数千年前の戦乱がまた引き起こされる。



「おぬしの封印を解いたのはこの世界を守るため」



 神の獣達の漆黒の瞳が瞬き、視線が交錯する。



「レオ、ヘイロン、ニンギルスは魔獣に堕ちてはおらぬ。フェンリルよ、奴らを連れて聖地を守れ」



 それが神の伝言じゃ、と赤い鷹は白い狼に伝えた。


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