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黒銀の狼と男装の騎士【改稿版】   作者: 藤夜
第四章 終焉の神
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11 押しかけ魔獣

 彼等の目の前には赤い服を身につけた真紅の髪の若い女性がたたずんでいた。人間としてはロイゼルドと同い年くらいだろうか。


 黒目の大きな瞳は睫毛が長く、目尻に赤い紅がさしてあるのが艶めかしい。透き通る様に白い肌は大理石の様に滑らかで、ぽってりと赤い唇は肉感的で情欲を誘う。その形の良い豊満な胸は男なら思わず目を惹かれるだろう。そして、細くくびれた腰と丸く美しい曲線を描く臀部からは長い脚がのび、スリットの入ったスカートからチラリとのぞいている。


 その姿は娼婦の様に淫らで、それでいて触れるのを躊躇(ためら)う様な凛とした威厳を兼ね備えていた。

 一言で言うと『美女』。


 彼女は真っ直ぐに栗茶の髪の青年を見つめていた。




「さっきまで鳥がここにいたと思うんだが、俺の思い違いだろうか」



 ロイゼルドが女性を凝視したままエルディアに尋ねる。



「思い違いじゃないよ」



 あーあ……と口を開けたままエルディアが肯定する。



「ならなんで俺の前には鳥ではなく、この女性(ひと)がいるんだ?」


「残念ですが、ロイ、この女の人は先程の魔鳥の化身です」



 今度はエルフェルムが答えた。



「魔鳥?大きい鷹に見えたが」


「鷹みたいなんですが鷹じゃなくて、ハルピュイアと思っていたら違う魔獣だったというか、その、ともかくただの鳥ではないのです」



 エルフェルムも珍しく動揺しているようで、説明が要領を得ない。



「で、その魔鳥がどうしてここに?」


「金獅子騎士団が捕えて、アーヴァイン様が魔獣の契約について研究しようと育てていたんです。その相手がロイになってしまうとは思わなかったんですが」



 なんの相手が誰だって?

 ロイゼルドがポカンとしている。エルディアが気の毒そうに彼に伝えた。



「ロイ、魔獣と契約しちゃったんだよ」


「なんだと?」


「魔獣に名前をつけたでしょう?」


「あれはつけたんじゃない。文字を『読んだ』んだ。そもそもなんだったんだ、あの紙は」


「誰かで実験しようと思って、名前だけ候補を幾つか書き散らしていた一つだ」



 机の上を荒らされた時に取られたのだろう。

 アーヴァインが悪びれもせず答える。



「では俺ではなくアーヴァイン殿が名付け親だろう」



 ロイゼルドの主張を魔鳥の化身は首を振って否定した。



「主がわらわに『ヴェーラ』と名をつけた。よって、わらわは主のものじゃ」



 ロイゼルドに歩み寄り、腕にしがみついて恋人のように頬を寄せる。

 お前が自分で紙を持って来たんだろうが、と突っ込みながらロイゼルドが嫌々と腕を振り払った。



「つれないのう。わらわが従獣になってやるというのに」


「さっきのは俺の意思じゃない。不可抗力だ。取り消せ」


「イヤ」



 ぷいっとそっぽを向く。



「わらわの主はそなたじゃ」



 拗ねた素振りでいながら受容はしない。

 押しかけ女房ならぬ押しかけ魔獣だ。



「アーヴァイン殿、どうにかしてくれ」



 やれやれ、とアーヴァインが肩をすくめた。

 毎日金をかけて餌をやってきたのだ。少しは言うことをきくだろうか。

 そう思いながらヴェーラに向き合う。



「女、何故この男を選ぶ?」



 フェンの時は双子に流れる女神の血が彼を従えた。だがロイゼルドは魔力も持たない一般人。魔獣をあえて惹きつける理由はないはずだ。

 するとヴェーラはポッと頬を赤く染め、両手で顔を覆い身体をくねらせた。



「一目惚れじゃ」


「はあ?」


「どうせ主にするなら男前が良かろう?」



 は?とその場にいる四人の目が点になった。



「可愛げな金髪と銀髪の子等はすでに目障りな狼の守護を受けておる。魔術師(おまえ)は餌はくれるが性格が問題外じゃ」



 これまで見て来た奴らもいまいちでのう、と唇を尖らせている。



「人間なんぞを守護するなど忌々しやと思っておったが、主の様な美丈夫なら別じゃ」



 顔?顔だけか?

 ………なんだかリゼットに似ている。

 そうエルディアは思いながらロイゼルドを見ると、彼はそんなどうでもいい理由でこんな面倒な事になったのかと頭を抱えていた。



 ——妙な魔獣に魅入られてしまった。



「アーヴァイン様、人に変化するには普通どの程度のレベルの魔力を持っているものなのでしょうか」


「比較対象がお前達のところのフェンリルしかいないのではわからぬな」



 エルフェルムの質問にアーヴァインは淡々と答えた。



「そもそもこいつの種族が何なのかもわからん」



 アーヴァインはヴェーラに問う。



「お前はハルピュイアではないのか?」



 その途端、彼女はとても嫌そうな顔をした。



「そんな下賤な鳥と同じにするでない」



 ハルピュイアが下賤………となるとこの魔鳥はやはり上級の部類になるのだろうか。アーヴァインは頭の中で算段する。

 契約者に危険が及ぶようなら殺せば良い。そう考えていたが甘かったようだ。



「ねえ、アーヴァイン様」



 エルディアが首を傾げる。



「まだ名前だけだよ。血の契約まではしてない」



 祝福を与えるには魔獣の血を浴びる必要がある。

 ロイゼルドが疲れたようにアーヴァインに尋ねた。 



「解除させるにはどうすればいい?」


「喜んで守護すると言っているんだ。素直に祝福を受けてやればどうだ?」


「馬鹿を言うな。魔力を吹き込まれてあちこち吹っ飛ばす様になったらどうする」


「フェンリルほどは激しい変化は無いと思うが………ふむ、どんな魔力を秘めているのか興味はあるな。よし、やってみろ」


「俺で実験するな!」



 がうがうと噛み付くようにアーヴァインを怒鳴りつけた。



「主、わらわが従獣ではそんなに不満か?」



 しなだれかかった美女がロイゼルドの首にするりと両手を回す。潤んだ漆黒の瞳が彼の目を覗き込み、てらりと柔らかそうな紅い唇が触れんばかりに寄る。



「主が望めば(とぎ)でも何でもするぞ?」



 エルディアの身体の周囲でボフンッと何かが弾けて風が吹いた。

 慌ててエルフェルムが宥める。



「ルディ、落ち着いて!」


「ははっ、魔獣をたぶらかすほどの色男か。凄いな。良かったでは無いか」


「良くない!」



 アーヴァインの笑い声にロイゼルドの怒りの声が重なった。


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