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黒銀の狼と男装の騎士【改稿版】   作者: 藤夜
第四章 終焉の神

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4 試合前に

 御前試合の会場は王宮の騎士団の訓練場に設営されていた。奥の建物のバルコニーに貴賓席が(もう)けられ、王が観覧する。その足下の一段高くなった場所に、貴族達の観覧席が(しつらえ)られていた。


 試合会場を挟んで手前側には一般の観客席がある。広い訓練場には普段は入れない街の人々も、今日は自由に出入りできるようになっていた。


 まだ試合が始まっていない会場の中を、エルディアは風のように走る。金の髪がなびくたびに、すれ違った人々がハッとしたように振り返っていた。春のやわらかな日差しの中、騎士団の制服を着た少女はまるで光を振り撒いているように見える。

 エルディアの名はもうだいぶん知られているようで、あれが騎士団唯一の女性騎士なのかと話す声も聞こえていた。




「リズ!こっちだよ」



 ヴィンセントが試合に出る黒竜騎士団の騎士達にハッパをかけている。その横でいたリゼットを見つけて、エルディアは嬉々として名前を呼ぶ。



「ルディ」



 父親を置いて駆け寄って来たリゼットは、エルディアの前まで来ると何故かしかめっ面を見せた。



「貴女のその姿、まだ全然慣れないわ」



 レンブルに戻った時はまだブレスをつけていたからだろう。女性の姿で軍服を着ているのを見せるのは初めてかもしれない。



「表情や仕草はエルなんだけど、見た目はさすがに女の子ね。でも、化粧もしてないのになんなの?」


「変?何か付いてる?」


「全く、生きてるのか確かめたくなるわ」


「???」



 ほっぺたをつまんでうにょーんと伸ばされる。イタタタ、と頬を押さえるエルディアを見て、リゼットはにんまり笑った。



「よし、中身は確かにエルね」


「何が『よし』だよ!そんな確かめ方しないでよ」



 眉をハの字にして文句を言うエルディアの腕に自分の腕を絡めて、リゼットは貴族側の観覧席へ向かう。



「リアムとシードも出るんだよ」


「あら、楽しみね」



 話しながら歩いていると、アストラルドが騎士を二人連れて観覧席に向かっているのに遭遇した。



「ルディ、おいで。あちらで一緒に観戦しよう。高い所の方が見やすい」



 アストラルドが誘っているのは、王族の観覧用のバルコニー席だ。

 エルディアはふるふると手を振って遠慮した。


「殿下、おそれ多いです」


「君は僕の従妹(いとこ)なんだから遠慮しないで」



 アストラルドは強引にエルディアの手を引っ張って連れて行こうとする。隣のリゼットにもこっちこっちと呼んだ。



「そちらのお嬢さんは確かヴィンセントの御令嬢だね。君も一緒にいらっしゃい」


「わたくしも?」


「皆で応援しよう」



 二人は顔を見合わせた後、言葉に甘えて王太子について行くことにした。

 すでに王と王妃は席についている。彼等が行くと、リュシエラ王女が微笑んで手招きした。あまり目立たないようにカーテンの側の、こちらからは良く見えるが外からは陰になって見えにくい場所に案内してくれる。



「ロイ様が見えませんわね」



 高いバルコニーから会場を見渡しながら、リゼットが残念そうに呟く。バルコニーの下には騎士団の団長達が集まっていたが、そこにロイゼルドの姿はなかった。



「ロイは今日も仕事で呼ばれて行ったんだ。みんなの試合を見ないといけないから、終わったらすぐ来るって言ってたよ」


「何のお仕事ですの?」


「領地の引き継ぎがどうこうって言ってたけど。この間から宰相閣下に書類をいっぱい渡されてるんだ」



 なるほどね、とリゼットは納得している。



「ヴィンセント団長もよくぼやいてたけど、領地の管理って大変なの?」


「ロイ様が拝領したグレイ領は元々王家の直轄領だったでしょう?ホルクスの麓から王都までの領地で、聖地も含んでいるからあちこちから巡礼者や観光者も来るし、管理は大変ね」


「聖地も?」



 太陽の女神が最初に大地に降り立ったと言われる聖地。そこには建国の王ルーウィンが生まれ育った村があったという。今は各地の教会を束ねる大神殿が建てられ、密やかに聖地を守っている。



「リゼット嬢は博識だね。我が国は教会が子供達に字を教え、身をたてる術を教えてくれる。識字率が高いのも有能な文官や武官が集まるのも、教会の教育のおかげだ」


「女神の教えは全ての子に学ぶ機会を与えよ、ですわ」



 神山ホルクスの周囲は非常に魔獣が多い。これまでは討伐依頼が来ると、王都から金獅子騎士団が駆けつけていたが、やはりタイムラグがあった。

 騎士団が配備されると治安が良くなり、巡礼者も増えるだろう。



「ルディ、君が行ったら神官長も神官達も喜ぶと思うよ」


「どうしてですか?」



 エルディアは聖地を訪れたことはない。神官長の事も知らないのに。



「大神殿は太陽の女神を祀っているんだよ。彼等は各地の教会を援助していたアルヴィラ様を、女神の再来だと崇めていたからね。君は母君にそっくりだ。しかも太陽の女神と同じく、フェンリルを従えている」



 またロイに連れて行ってもらうといい、そう言ってアストラルドは微笑んだ。

 思いがけず母の事が出てきてエルディアは少し戸惑っている。



「フェンリルと言えば、フェンはこの頃どうしているんだい?」


「うちの庭でゴロゴロするのも飽きたらしくて、一人で王都の中を色々見て回ってるらしいです」


「え?フェンが?」



 大きな狼が街中(まちなか)をうろついていると言うのだろうか。アストラルドが驚いていると、エルディアが慌てて違います、と説明する。



「フェン、人間に変化(へんげ)出来るんです。最近はほとんど人型で過ごしているんですよ」


「なんだって?」



 ロイゼルドへの嫌がらせなのかもしれないが、あれからフェンは度々(たびたび)人の姿になって過ごすようになった。あんまりずっと人間になっているので、フェンは今、侯爵家に一つ部屋を与えられてそこで寝起きしている。


 どうやら人間の食事が気に入ったらしく、食事もエルディア達と一緒にとるようになった。行儀は少し悪いので、執事のグレイゼルにビシバシ教育されている。

 意外と二人は気が合うらしく、グレイゼルが街に買い物に行く時はフェンも一緒に行って、欲しいものを買ってもらっているらしい。



「なんとまあ驚いた。今度また会わせてくれ」


「はい」



 エルディアが頷いた時、ギルバート王が楽しそうに背後の子供達に言った。



「さあ、始まったよ。我がエディーサ王国の猛者達の力量を見せてもらおう」



 試合場にたくさんの参加者が並んでいる。見覚えのある騎士や知らない兵士達、街の力自慢にちょっと危険な雰囲気の傭兵らしき男達もいる。皆、武器を携え王に向かって敬礼していた。


 リアムとカルシード、ウィードとディミトリスの姿も見える。


 エルディアは自分があそこに一緒に混ざれなかった事が、少しだけ残念だった。


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