2 入団祝い
エルディア達の騎士叙任を祝う友との宴会は、エルフェルムが妹の護衛としてついて行く事で許可が出た。ロイゼルドも、さすがに久しぶりの学友達と食事を楽しむことまで禁止には出来ない。エルディアは城下の店に行けるとあってうきうきしている。
「ダンチョー、何で俺の護衛では信用しないんですか」
「日頃の言動の差だ」
リアムがブーブー文句を言うが、ロイゼルドは真顔で言い切る。
その後ろでカルシードが笑いを噛み殺していた。
「ひっでー。俺の方が付き合い長いのに」
「まあまあ、僕は実の兄だからね。それに口実がある方が僕も参加しやすいから」
「俺はまだ仕事があるからルディを頼んだ」
「はい」
エルディアはロイゼルドの隣で書類を抱えているカルシードに尋ねる。
「シードは行かないの?」
「んー、俺はあんまり面識ないからいいや。団長の仕事手伝うよう頼まれてるし」
カルシードは早々に従騎士としてダルク領に行った為、養成学校の面々とはさほど親しくはないようだ。リアムも確かカルシードは遊んでくれなかったと言っていた。
「悪いな、シード」
「いえ」
と、そこでロイゼルドは大事なことを思いだした。
「あ、ルフィ、ルディに酒は飲ますなよ。すぐ寝るぞ。担いで帰る事になるからな」
「あ、ひどい、ロイ。僕だけ飲めないの?」
「馬鹿、酔って運ばれてくのを見られたら恥だろうが。男ならともかく、お前は貴族の令嬢なんだぞ」
傭兵なら多少は存在するが、騎士団の人間で女性は今のところエルディア以外にはいない。そんなことになれば、誰であるかは丸わかりなのだ。
「くう、お酒に弱い自分が憎い」
「お前……いい加減、女の自覚を持て」
ロイゼルドが呆れたように腕を組む。
煌びやかな舞踏会より、街の居酒屋が好きな女性はそうそう居るまい。
ブーとふくれていたエルディアが、何かを思いついてポンと手を叩いた。
「あ、いい事考えた。腕輪つけて行こう」
男になっていればノープロブレム。
そう言ったエルディアの額を指で弾いてロイゼルドが顔をしかめる。
「こら、そんな不純な動機で魔道具を使っていいのか」
「えー、アーヴァイン様もお忍びで使ってるもの。せっかく作ってもらった魔道具、使わないと勿体ないじゃん」
「いや、作った目的が違うだろう」
「だってお祝いだよ?乾杯したいよ。ウィード達も説明聞くより実際に見た方が早いでしょ?」
ふふん、と自慢げな婚約者にロイゼルドは溜息をついた。
これでもかなり譲歩しているのだが。
ただでさえ目を引く容貌をしていると言うのに、酔ってとろんとなった自分の姿がどれだけ男をそそるか、この能天気なご令嬢は全く気がついてもいないのだろう。
隣からカルシードが気の毒そうな視線を送ってくる。
「団長、やっぱり俺も護衛で行きましょうか?」
「いや、いい。ルフィがいれば大丈夫だろう」
彼女の異常に綺麗な兄はイエラザームの王宮で、そういう手合いの場を散々くぐり抜けてきている。護衛には最適だ。それに、男装の方がまだ危険は少ないだろう。
しかし、もう少し自覚してほしいのだが。
当の本人はリアムと一緒に、やったーとハイタッチしている。
それをじっとり眺めて、もう少し教育が必要だな、とロイゼルドは心を新たにした。
*********
「騎士団に入団おめでとう!」
「おめでとう!」
ディミトリスの掛け声でグラスがキンッと音を立てて合わされる。
「このお店、送別会以来だ」
クイッと林檎酒をあおり、ホクホクした顔でエルディアが言う。
ウィードとディミトリス、リアムとエルフェルム、そしてエルディアの五人は、エルディアが従騎士になったばかりの頃、レンブル領に旅立つ前に見習い騎士達が送別会を開いてくれた店に来ていた。
見覚えのある店主が、ニコニコと料理を運んできてくれる。
「お客さん、大きくなって。あの頃は可愛い男の子だったが、すっかり男前になったね」
「あはっ、ありがとう。マスターは変わってないね」
大盛りの料理の乗った皿を受け取りながら、エルディアは照れ笑いを返す。
今は腕輪をしっかりはめて、男の姿になっているのだ。
隣に座るエルフェルムと同じ銀髪で、二人が並ぶとまるで鏡を置いているかのように見える。
「双子だったんだなあ。隣のお兄さんとそっくりじゃないか」
「マスター、鳥の塩焼き頼む」
「はいよ」
店主が追加の料理を作りに行くと、ウィードがしみじみと二人を眺めた。
「エルだよなあ………」
「何?」
ウィードはエルディアとエルフェルムを見比べて頬杖をつき、うーんと唸りながら二人を交互に指さす。
「こっちがエルで、こっちが兄さんのルフィだろう?」
「そうだよ」
「こうやって並べると、やっぱり俺達の知っているエルはこっちだな」
ディミトリスも頭を捻りながらエルディアの肩をつつく。
「本当に叙任式の時のあの金髪の女の子がエルなのか?」
「そうだってば。アーヴァイン様の作った魔道具をはずすと元に戻るよ。やろうか?」
「ルディ、これ被ってからにしようね」
エルフェルムがやんわりと止めて、自分の上着をそっと頭から被せる。
腕輪をはずして金髪に戻ったエルディアを見た二人は、なんとも言えない顔でもう一度唸った。
「だから言ったでしょ。僕がずっとエルフェルムになってたんだって」
さっさと腕輪を付け直して上着を返すと、エルディアは酒のグラスに口をつける。
ウィードはグラスを握ったまま、なんだか情けなさそうな声で尋ねた。
「おい、それじゃあ俺は女の子と一緒に訓練してたってわけ?」
「ん?そうだけど、何で?」
「ちょっとショックというか………」
あの厳しい訓練を?女の子が?
しかも、自分は何度かエルフェルムとの試合で負けているのだ。
「おい、こいつを女と思うな。男のプライドがすり減るぞ」
リアムがウィードの肩を抱いてなだめる。
「まあ飲め!久々の再会だ」
考えることをやめたディミトリスが、エルディアのグラスに酒を注ぎ足した。
「鷲獅子騎士団は基本王都に詰めておくのだろう?」
「うん。そう聞いてる」
「じゃあ俺達金獅子とは一緒にいることが多くなりそうだな。楽しくなりそうだ」
そう言ってディミトリスはリアムをチロリと見やった。リアムがええっ?と嫌そうな顔をする。
「何だ?また手合わせするのか?」
「百十六勝百十七敗だ。まだ続けずしてどうする」
「まだ数えてたのか。お前の相手疲れんだよ」
鬱陶しそうにしながら、リアムは口に肉を放り込む。
ディミトリスは、そんなこと言うなんて酷いよなぁ?とエルディアに同意を求めた。エルディアは楽しそう!と目を輝かす。
「僕もまた二人の試合見たいな」
「そう言えば、アストラルド殿下から御前試合するとか何とか聞いたけど」
エルフェルムがエルディアのグラスを、葡萄ジュースと差し替えながら言った。
エルディアはエルフェルムに持っていかれた林檎酒を名残惜しそうに見送って、不満気にじーっと手の中のグラスを眺める。
「御前試合?なに?それ」
ウィードがもぐもぐと料理を食べながら尋ねた。
「うーん、僕も詳しくはわからないけど、新しい騎士団もできたし、それぞれの団から参加者を出して試合すれば士気も上がるかなって。褒賞も出るらしいよ」
「へえ、面白そうじゃないか」
リアムとディミトリスも興味を持ったようだ。エルフェルムが隣のエルディアを覗き込む。
「ルディも出る?」
「え?魔法禁止でしょ?」
エルディアはつまらなさそうにジュースをちびちび飲みながら、エルフェルムを上目遣いに見る。
それを聞いてリアムがぶるると震えた。
「当たり前だろ。お前に攻撃魔法使われたら、一瞬で刻まれて終わるぞ。恐ろしくて誰も出られるか」
「人相手に使わないよ。でも、どうしようかな」
強化魔法くらいは許して欲しいな、と呟く。
「ルフィは?」
隣の兄に尋ねると、彼はとんでもないと首を振った。
「僕の戦い方は見ただろう?肉弾戦は苦手だって」
「ウィードは?」
「エルが出るなら出たいな。初めて試合した時あんな殺気感じたの、お前以外今でもいないよ。また対戦してみたい」
ニカニカッと笑う。
そしてエルディアをまじまじと見て、まずいかなと呟いた。
「そういやお前、女の子だったな」
「騎士団にいるんだから男も女もないよ。よし、出ようかな」
ロイに聞いてみよう、と言ってエルディアはグラスをぐいっと飲み干した。