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黒銀の狼と男装の騎士【改稿版】   作者: 藤夜
第三章 風の神獣の契約者

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25 祝賀会

 治療をし終えてエルディア達がロイゼルドのもとへ戻ると、そこには意外な人物の姿があった。



「ルフィ、ルディ、それからフェンもお疲れ様」


「殿下、何故ここに?」



 皇宮にいるはずのアストラルドが、護衛に置いて来た数名の近衛騎士を連れて来ていた。



「こんな楽しそうな事、見逃したくないじゃないか。あそこからリヴァイアサン討伐の様子を見ていたんだよ」



 そう言ってアストラルドは港が一望出来る街の外の丘を指差した。


 ロイゼルドがこれ以上はないという渋面を騎士達に向けている。無理矢理連れて来さされたのであろう、彼等は黙って俯きひたすら上司の怒りを受け止めていた。



「殿下、私達がもし魔獣の討伐に失敗していたらどうするのですか。離れているとはいえ危険です」


「もう、ロイは心配性なんだから。ルディとルフィがいるんだから大丈夫に決まってるだろう?意外にもフェンが止めを刺したのには驚いたけど。いや、凄い魔法だったね」



 カラカラと笑って白い狼に片目を瞑って見せる。

 ロイゼルドはがっくりと肩を落とした。



「従兄妹達の戦いぶりを見てみたかったんだ。少し考えないといけない事もあるから」



 そう言って、ロイゼルドの肩をぽんぽんと叩いて宥める。



「さあ、戻ろう。レオフォードの人々は君達の帰還を待っているよ。戴冠と、魔獣の討伐祝いも兼ねて夜会が開かれる。皇帝陛下に挨拶して帰らないとね」




       *********




 皇都への帰還は討伐の成功を祝う人々が道々に立ち、手を振り花が投げられた。

騎士達は全員が無事に帰還できたことに沸き立っていた。

 その一番の功労者である白狼は、人の視線が鬱陶しいと言って途中で森に走って行ってしまった。エディーサ王国に帰る時まで森の住処に戻っているとのことだ。


 宮殿に戻ると、夜会の準備はすでになされていた。


 エルディアの今回のドレスは、(すみれ)色に金が散りばめられたふんわりしたデザインで、年若い令嬢らしく可愛らしいものだ。

 大きく開いた襟元に、アメジストの首飾りが光る。

 首元は大きく開いているものの、肩があるので詰め物なしで着られる。エルディアは少しほっとしている。


 ロイゼルドやエルフェルム、リアムとカルシードも騎士の礼装ヘ着替えていた。

 アストラルドはちょっと用事があるから、とエルディアのエスコートはロイゼルドとエルフェルムに任せて姿を隠している。


 エルディアは隣に立つロイゼルドの礼装姿を見上げて溜息をついた。

 見惚れるほど似合っている。

 黒の軍服に普段はつけない金の飾緒や袖章が煌びやかだ。

 アストラルドやエルフェルムの様にどこか女性的な輝かんばかりの美貌というのではなく、軍人らしい鍛えられた身体と完璧に整った秀麗な顔立ちが騎士服と実によくあっている。いでたちは実直な雰囲気でいながら、紫紺の瞳がゾクゾクさせる色気を醸していて、立っているだけでも一際目を引く。

 会場のあちらこちらから女性達の熱のこもった視線を感じるのは、気のせいではないだろう。

 なんとなく負けた気がしてエルディアは目を逸らした。



「僕も騎士服がいいのに」



 ぼそっと呟くと、ロイゼルドがエルディアの手をとる。



「そう嫌がるな。俺はこの姿がいい」



 そう宥めるように言って、エルディアの手袋をはめた指先に軽くキスした。

 送られる視線への牽制のつもりだろう。

 数名の男達ががっかりした様に俯く。



「ほら、主役の登場だ」



 扉が開き、正式に即位したばかりの皇帝が会場へ入ってきた。

 その後ろにアストラルドの姿もある。

 彼の用事とは皇帝との話し合いだった様だ。



「ロイゼルド、エルディア」



 ヴェルワーンは真っ直ぐにこちらへ向かってくる。



「シェインに聞いた。貴殿達には大層助けられたと。感謝する」


「我々は王太子殿下の命に従っただけです。そのお言葉は我が主君に」



 ロイゼルドが騎士の礼をとりながら答えた。

 下げられた栗茶色の髪を眺めながら、ヴェルワーンは含みを持った声で尋ねる。



「貴殿が婚約者というのは本当か?」



 顔を上げたロイゼルドの瞳が一瞬見開かれ、皇帝の視線と真っ直ぐにぶつかる。

 だが、すぐにその紫紺の瞳は伏せられ感情を隠す。



「………彼女は私の従騎士です」


「ふ、真面目だな。嘘はつけぬか」



 ヴェルワーンは面白そうに唇の端に笑みを浮かべた。

 そばにいたエルフェルムに向き直り、今度は文句を言う。



「ルフィ、お前何をしたんだ?戻った騎士達がお前を神か何かのように崇拝しているぞ。私がお前を隠して独占していると責められた」



 エルフェルムはニコニコと笑顔をたたえてその言葉を受け止める。



「怪我の治療を手伝っただけです」


「治癒魔法を使ったな。それでか。お前はその顔ですぐに人をたらし込むからな。奴等、奇跡を起こす天使だとうるさかったぞ」


「ふふふ。褒めてもらえて光栄です」


「全く、日頃から目立つなと言っているのに。お前をやすやす手離したと言えば今度はどう突き上げられることか」



 いずれ国に還す、その為にエルフェルムの力を隠していたのはヴェルワーンの慈悲だった。

 仕方ない奴、と一言言い置いて、ヴェルワーンはマントを翻して他の出席者達の元へ去って行った。

 その後ろ姿を見送るエルフェルムをリアムがつつく。



「たらし込むって、ルフィ、他に何かやった事があるのか?」


「言っただろう?この顔も役に立つんだよ。陛下を助けるちょっとした裏工作にもね」



 貴族達は美しいものが好きだから、とにっこり笑う。


 臣下達は反乱の旗印に、何故皇太子ではなく第一皇子を選んだのか。

 その邪気のない天使の笑顔の裏に薄寒いものを感じてリアムが身震いした。



「お前………もしかして、意外と怖い性格してないか?」


「ん?見た目で判断しちゃダメだよね。七歳の時から敵国の王宮でいるんだよ。純粋培養のお坊ちゃんのわけないデショ」



 綺麗な笑顔がおそろしい。

 腹黒さはアストラルドに匹敵するかもしれない。


 コイツは怒らせてはいけない。

 リアムはそれ以上は聞くまい、と口をつぐんだ。



 各国の貴人達がさざめいている。

 港から戻った騎士達も加わり、会場はたくさんの人々が祝いの言葉を交わし合っていた。皆が食事や飲み物を片手に会話を楽しんでいる。

 後からロイゼルド達のもとに来たシェインやグレアムは、エルディアの姿を見てほう、と驚く。きちんと令嬢としての挨拶をすると、そんなふうにも話せるのかと笑われた。

 エルディアがぷくっと頬を膨らませて憤慨するのを見て、ロイゼルドがまあまあと宥める。

 終始和やかな空気の流れる夜会は、これからの皇国の平和を象徴しているかの様だった。



 夜会の音楽がいつしか優雅なダンスの曲に変わっていた。



「踊って貰えるか?」



 いつの間にかエルディアの目の前にヴェルワーンが立っていた。

 差し出された手を前に逡巡していると、行ってこいとロイゼルドに促される。

 仕方なく手をとると、ぐいと肩を抱かれてホールの中央に連れて行かれた。そのまま曲の流れるままに踊り始める。



「戴冠式ではろくろく見られなかったが、改めて見ると想像以上に美しいな。女神とはよく言ったものだ。これで日頃無粋な軍服に身を包んでいるとは勿体無い」



 華麗なステップを踏みながらヴェルワーンが着飾ったエルディアを見つめる。

 一方エルディアはテンポの早い曲についていくのに精一杯で、彼の言葉に返す余裕がない。足を踏まないかと少し考えたが、彼のリードが素晴らしく、その心配は杞憂にすみそうだ。

 

 ヴェルワーンの腕の中でくるりと舞うたびに、エルディアの金髪がふわりと揺れてシャンデリアの灯りに煌めく。首元のアメジストよりも美しく深いエメラルドの瞳が彼を見ると、ヴェルワーンはこのまま攫って行きたくなる衝動を抑えなければならなかった。



「もう一度問うが、私の皇妃にならぬか?」


「どうしてそうなるのかわかりかねます。私は戦場で陛下と剣を合わせた仲ですが」



 ユグラル砦の戦いで、自分と皇帝は戦った。

 どうしてそんな相手に求婚するのか。

 さっぱりわからないエルディアに、彼は悠然と微笑む。



「ああ、あれでそなたに惚れ込んだ」


「はあ?」


「今まで私と剣であそこまで張り合った騎士はいない。戦場でのあれほどの剣技、令嬢を救出しに来た時の度胸、そして魔術師としても一流。敬意に値する」


「お褒めいただき恐縮ですが、それは一般的に女性を褒める言葉ではないと思いますよ?」


「妃にするにはそっちの方が面白いだろう?」


「…………変わってますね」



 眉をひそめたエルディアに、ヴェルワーンは困ったような顔をしてみせる。



「なびかぬのはあの栗茶色の髪の騎士のせいか?私に魅力がないとは思えないのだが。そんなにあの男が好きなのか?」



 ロイゼルドの方を視線で示して尋ねられ、エルディアは真っ赤になった。



「誰に聞いたのです?」


「その反応、非常にわかりやすいな」


「ルフィ?それとも殿下に?」


「狼狽えるところが可愛いな。私に、でないのが本当に残念だ」



 無理強いはするなとエルフェルムに言われている。

 後ろ髪を引かれる気分だが仕方ない。

 もう、この曲も終わる。

 最後にロイゼルドに見せつけるようにエルディアの腰を引き寄せ、ヴェルワーンは蠱惑的な微笑を浮かべ囁いた。



「あいつが嫌になったらイエラザームに来るがいい。私はいつでも歓迎するぞ」


 

 人の物でも気にはしないと言い切って、ヴェルワーンはエルディアの手に口付けた。

 やっと踊り終えたエルディアはそれどころでないらしく、顰めっ面でスカートの裾を握りしめている。



「皇妃は絶対無理です………ドレスも嫌だし、もうこの靴早く脱ぎたい。女の子達よくこんな細い靴で踊るよね」



 そのぼやきを聞いた皇帝は一瞬、彼女の手を離すのをやめ、そしてクスクスと笑った。屈託のない笑顔は皇帝の仮面が剥がれている。



「本当に惜しいな。もっと早く其方と出逢いたかった」



 この少女があの青年と出会う前に。

 そうすればきっとつかまえて離さなかったのに。



「早く会ったって敵同士ですよ?」



 そんなに手合わせしたかったのだろうか。エルディアはキョトンとして彼を見つめる。



「そういう意味では無いのだが」



 含む意味が通じない素直さに、これではあの騎士も苦労しているだろうと呟いて、ヴェルワーンは更にくつくつと口を押さえて笑った。


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