12 夜会
ヴェルワーンとの話を終えて部屋に戻ったエルディアは、待っていた王子達に刺客の件は伝えなかった。ロイゼルドが心配するのがわかっていたし、なんとなく二人で話した内容も言う気になれなかったのだ。
ただ、ヴェルワーンがエルフェルムを手元においておきたいと思っていることと、自分は連れて帰る意思に変わりはないと伝えたと話した。
当初に思っていた皇帝の印象とは違って、ヴェルワーンは真っ直ぐな人間だった。だが、エルディアはずっと気を張っていたので非常に疲れていた。やはり自分は他国の貴人と話す外交は苦手だ。
やれやれと腕輪をはずすと、カルシードが新しく淹れたお茶を持ってきてくれた。
「ルディ、休んでいるところ悪いけど、そろそろ準備する時間だよ」
ヴェルワーンが言った通り、今夜は招待客が集まる夜会がある。参加は自由だが、偵察と情報収集を兼ねてアストラルドは行く事にした。エルディアも連れて行くという。
「殿下、本当に行かなきゃいけないんですか?」
「そうだよ」
「何度も聞くな。ほら、さっさと着替えてこい」
ロイゼルドがしぶるエルディアを隣の客室へ押し込む。中では侍女が手ぐすね引いて待っているはずだ。
「副団長、俺達も行くんですか?」
「当たり前だ。護衛しろ」
エルフェルムを知る者は、エルディアを見れば血縁者だとわかるだろう。
第二皇子の動向が気になるが、エルディアの存在を隠すより明らかにしておいた方がエルフェルムの為になる。
アストラルドはそう判断したようだ。
「エル、準備は出来たかい?」
アストラルドの問い掛けに、扉がかちゃりと開く。
「殿下、本当に私はこういうパーティは苦手なのですが」
エルディアが恐る恐る扉の隙間から顔を出す。
リュシエラ王女のような華やかな手腕で人々と交流し、人脈を広げるなどとてもできない。気の利いた言葉も出てこないし、せいぜい壁の花になっているだけだ。
そもそも自分は戦場で戦うことや、貴人を護る仕事の方が向いていると思う。
あまり会話は得意では無い。
「ほら、大丈夫だから出ておいで。僕がエスコートするから」
アストラルドがエルディアの手を引っ張って連れ出した。
さほど時間をかけていないのに、彼女の髪は綺麗に結いあげられていた。彼の瞳に合わせた水色のドレスは、デコルテが大きく開いている。
濃い青と薄い水色の交互のフリルが幾重にも重なったスカートは、背の高い彼女の脚の長さを強調するように少し身体の線にそっていて優美だ。
刻印を隠すように、肩まで覆う長い手袋をはめている。
「うん、綺麗だ」
満足気にアストラルドは頷いた。
「さあ、行こう」
廊下を進みながら、隣を護るように歩いていたリアムが、緊張した面持ちのエルディアをじっと眺める。
ローブデコルテのドレスは、彼女の華奢な首から胸元のラインがあらわになっている。
「なんか、この前より胸デカくね?」
「あ、わかる?胸の下に少し詰め物入ってるんだ」
寄せてもあがんなくってさ、と胸をさすっている。
「自然に谷間が出来るくらいあればいいんだけどな」
「わかるぞ。巨乳は男のロマンだからな」
「阿呆、エルは女だろ」
カルシードが後ろからリアムの頭をポカリと叩く。
堪えきれなかったロイゼルドが吹き出した。
「お前達、笑わすなよ」
「でも、ロイ、結構深刻なんだよ。このドレス、胸無いと落ちちゃうんだ」
「なんでそんな危険なものを選んだんだ」
「選んで無いよ。おまかせに決まってるじゃん。コルセット締め上げて着せられて、胸が引っ掛からなくてストンと落ちたこの悲しさわかる?」
普段、女の格好を嫌うくせに、胸は欲しいらしい。
カルシードがクククと口を押さえて笑っている。
「幼児体型なんだな。細すぎるんだ」
「ロイゼルド、レディなんだからスレンダーって言ってあげなよ。君等、ルディの男装に慣れすぎて、もうどっちかわからなくなってるだろ」
アストラルドが呆れたように言った。
「ルディも、淑女が紳士に胸がどうたら言うんじゃないよ。そんな可愛い格好して、そんな事言っているの聞いたら、みんなびっくりだよ」
嗜められて、エルディアは小さくはーいと返事をした。
まだ幼いな、とロイゼルドは苦笑する。
リアムもエルディアの緊張を解いてやろうとしたのだろう。案外彼は周りに気を使っている。
広間に着くと、既にたくさんの人で賑わっていた。
招待された各国の貴人達の他、イエラザームの貴族達も滅多にない好機に挨拶を交わし、友好を深めたり商談の約定をしている。
アストラルドは気圧される事なく、扉を守る騎士達に軽く目配せして中へ入った。
会場の人々は、入ってきた金髪の二人の男女の姿を目にした途端に、目を奪われ言葉を失う。
誰からともなく会話がやみ、振り返る人の口から溜息が漏れた。我に返った人々は、あれは誰かと噂し合う。
「アスター、久しぶり」
一人の青年が彼を見て近づいて来た。
「クリス、レヴィナからは君が来ていたんだ」
「こちらの美女は誰?リュシエラ王女かと思ったら違うんだね」
「リュシーは今回は留守番だ。彼女は僕の従姉妹のエルディア。マーズヴァーン侯爵の令嬢だ」
「将軍の?令嬢がいたなんて知らなかった」
「これまで社交会に出してなかったからね。エルディア、こちらはレヴィナ公国のクリストフ公子だよ」
「エルディア・マーズヴァーンと申します」
スカートの端をつまんでお辞儀する。
「可愛いなあ」
「だろう?自慢の従姉妹だ。ところで、トルポント王国は呼ばれていないようだけど、あちらの情勢は知ってるかい?」
レヴィナ公国はトルポント王国の隣の国だ。かつて属国でもあった。イエラザームの後ろ盾を得て独立した経緯がある。
「イエラザームの件については沈黙している。元皇妃と皇太子がどうなるか見守っているんじゃないかな」
「魔術師を集めているとか聞いてない?」
「特に情報は入って来ていないけど、何かあったのか?」
「いや、少し気になって」
二人が話しているのを見て、挨拶にと集まってきた人達の輪が出来ている。
アストラルドはクリストフに礼を言って別れ、次々と集まった招待客達と話をしている。
エルディアはただ黙って大人しく立っていた。
綺麗に装い澄ました姿を見ると、その人間離れした美貌にゾクリとする。黙っていれば絶世の美女と言っても過分では無い。
客人達は皆、王太子の隣に立つ彼女を見ては、感嘆の溜息をもらしている。
だがエルディアは自分の姿が、どれほど人を惹きつけ心を奪うものであるのか、全く自覚がないようだ。話しかけられても固くなっている。
にっこり微笑んで話せば、誰もが夢見心地でペラペラと重要な事でも漏らしそうな顔で見ているのに、とロイゼルドは少し離れたところから眺めて思った。
自分はいつもの騎士姿でくるくる動いてるエルディアの方が、表情豊かで可愛いとは思うが。
人に囲まれ応対に追われるアストラルドの死角から、一人の男が近づいて来た。壮年の背の低い男だ。あまり特徴がなく、普通の貴族に見える。
その男は真っ直ぐエルディアに近づき、話しかけた。
「失礼します。貴女はアーヴァイン団長の弟子の姫ですね」
エルディアは思いもよらない人物の名前を聞いて、驚いて振り返った。
「アーヴァイン様のお知り合いですか?」
「私はミゼルと申します。もとはエディーサ王国の魔術師団にいたのですよ。貴女のことも少しは存じ上げています」
幼い頃、研究所にいましたよね、と親しげに微笑む。
「魔術師………」
ロイゼルド達がさりげなくエルディアの側へ近づき警戒する。
「今夜、第二皇子の離宮に貴女お一人でお越しください。皇子が貴女とお話をしたがっています」
「話?」
「貴女の兄上が皇子のもとにいます」
「………何が目的?」
「伺いたいことがあるだけです。それがわかれば兄上も無事にお返し出来るでしょう」
「ルフィは無事なの?」
「今のところは」
ミゼルはニコリと微笑んで一礼すると、会場の人の間をすり抜けるようにして立ち去った。