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黒銀の狼と男装の騎士【改稿版】   作者: 藤夜
第三章 風の神獣の契約者
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11 魔獣と皇子

 地下の暗い部屋の中、蝋燭の灯りだけがゆらゆらと揺らめいている。湿気を含んだ石の壁は、春だというのにまだ骨に染み入る程冷たく、土臭い匂いを放っていた。


 カラン


 乾いた金属の音がした。


 ジャリジャリと鎖の擦れ合う音もする。


 部屋の中央に、大きな檻が据えられている。

 音はその中から聞こえてきたのだ。


 檻の中に、大きな黒い獣が入れられていた。

 その姿は胴体と頭は鶏、翼は竜、尾は蛇。

 コカトリスと呼ばれる魔獣である。


 首に銀の首輪、両脚にも同じ銀の鎖を巻かれ、身動きとれないようにされている。翼は傷つけられて、薄い皮の部分は破れている。これではもう飛べないだろう。邪眼を持つと言われる故にか、両目も潰されていた。

 それでもなお、魔獣は怒りをその身にたたえ、自分を傷つけ脅かす敵に一矢報いんと羽を逆立てている。

 人に従うはずのない狂った獣、かつて神に仕えた神獣の成れの果てだ。



 魔獣の檻の前に立つ青年が、深い溜息をついた。


 よく見れば、魔獣の檻の中に倒れている人間がいる。魔獣の鋭い爪に引き裂かれた背中が見えた。その人物が動く気配はない。とうに事切れているようだった。



「ダメだったか」



 青年の明るい茶色の髪は、幾日も手入れされていないのか、べっとりと汚れている。

 彼の横に音もなく歩み寄る人物がいた。黒いフードを被った、ローブ姿の背の低い男だ。一見して魔術師とわかる。



「毎日餌をやらせて慣れさせようとしましたが、やはり恐怖心を悟られたようで」



 魔獣は人の恐怖心を敏感に感じとる。恐れを持つものは瞬時に襲われる。

 何匹か弱い魔獣を捕らえてきて試してきた。傷つけ、弱らせて、従えようとしてみたが、決して懐くことはなかった。



「契約には何か他に条件があるのではないでしょうか?」


「あの男が隠していると?」


「かもしれません」



 魔術師の言葉に、その茶髪の青年は忌々しげに舌打ちした。



「もう少し締め上げてやりたいが、奴の魔力が盾になって触れられぬ。おい、ミゼル、魔力封じをもっと強力に出来ないのか」


「申し訳ありませぬ。これ以上は私の力では」



 もうひと月近く、エルフェルムという青年を鎖に繋いでいる。

 皇帝が失脚した日、父より彼を預けられた。父から彼は魔獣と契約した魔術師であると聞かされている。

 兄の従者だったので、あのやたら綺麗な顔はたまに見かけていたが、彼が魔術師である事は誰も知らなかった。

 兄に殺されると悟った父は、自分に切り札を預けたのだ。


 魔獣と契約し、強力な魔力を持つ魔術師をつくる。

 さすればイエラザーム皇国は大陸を統べる力を得ると。


 唯一の契約者であるエルフェルムから情報を引き出そうとしたが、きっかけは怪我をした魔獣を助けたとしか言わない。

 痛めつけようと食べ物もろくに与えていないが、一向に魔力が衰える気配がない。

 契約魔獣の狼は行方しれずだ。


 父は何度も試行錯誤していたが、とうとう最後まで魔獣が人に懐く様子は見られなかった。


 母の母国トルポント王国から来たミゼルという魔術師は、父に協力し助言していたという。魔力を封じる鎖と魔獣を捕らえておく檻を持ってきたのも彼だ。


 魔術師というものはつくづく便利だ。

 どうして兄は長年魔術師を側に置いていたのに、有効に利用しなかったのか。

 しかも後天的な事故によって魔力を得たというではないか。父の言う通り、数を増やせばこれほど国益になるものはないだろうに。


 謁見の間で見た、あのエディーサ王国の魔術師を思い出す。

 かねてよりエディーサ王国が持つ魔術師団に興味を示していた父は、王都を離れ戦場に加わる魔術師を連れてくるよう自分に指示した。どのような手段を取るべきか側近に相談し、その提案で彼は間諜を使い侯爵令嬢を攫わせることにした。


 作戦通り令嬢を取り戻しに来た魔術師は、手のひらの上で恐ろしい渦巻く炎を作り出し、この都を燃やし尽くせると言い切った。ユグラル砦の炎の槍の報告を受けていた皇帝も重臣達も、これを目の当たりにすることによって魔術師の恐ろしさを思い知ることになった。


 あの時はただ恐怖を感じただけだったが、なるほど、魔石の力を引き出しただけといっても、たった一人であれほどの攻撃が出来るのだ。数人いれば父の言う通り、敵などいなくなる。



 もうあと数日で自分は皇帝となった兄に捕らえられ、追放されるか幽閉されるかするだろう。もしかしたら命もないかもしれない。

 それまでに魔術師をつくり出したかった。


 近衛騎士達は全て兄の配下となり、自分の味方はもうわずかだ。皇后だった母も、明日の身の上すらわからない。

 魔獣を意のままに操ることができれば、あの兄を亡き者にし、再びこの国を自分の下に置くことも可能となるかもしれない。



 だが、何度試しても、魔獣を思い通りに従える方法が掴めない。

 もしかしたら、あの白い狼は特別なのかもしれない。



「いざという時は、彼を人質にしてトルポント王国に亡命しましょう」



 ミゼルはいつものように言う。



「そなたは何故俺に協力するのだ?母の祖国の命令か?」


「私はある男に恨みがあるのです。私はかつてエディーサ王国にいました。彼の国には魔術師ばかりを集めて育てる研究所があるのです」



 彼は顔を歪めて笑った。



「アーヴァインという魔術師、私は彼を超えたいのです」

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