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黒銀の狼と男装の騎士【改稿版】   作者: 藤夜
第三章 風の神獣の契約者
56/126

7 皇帝

「ルディ、ルフィを探しておいで」



 近衛騎士を部屋の外で警備に立たせ、部屋の中へ入った途端微笑んでそう言ったアストラルドに、エルディアは一瞬言葉を失った。



「殿下、私がですか?」


「そうだよ。双子だもの。君が魔道具(ブレス)を付ければ一見ルフィに見えるだろう?異国の客人の僕等が探りに行くわけにはいかないからね」



この姿の時に、そう来るとはおもわなかった。



「腕輪は持ってきてるんだろう?」


「はい、一応は」


「ルディのことだから、暗器の(たぐい)も用意してるだろう。どうせ今も脚にナイフ一本くらいは付けているんじゃないか?」



 しっかり見抜かれている事にギクリとする。



「君に(かな)う者はまずいないだろうけど、危なくなったらすぐに戻っておいで。見られても僕が何とかするから」


「殿下、彼女を一人で行かせるのですか?」


「君等が付いていくと逆に危ないだろう。ルフィなら宮殿内をうろうろしていても特に不思議はないはず。見咎められる時は、彼に何かが起こっているということだ」



 エルディアに探らせる。

 とうの昔に、そうアストラルドは決めていたようだった。



「イエラザームの軍服は準備してある。奥の部屋で着替えておいで」

「はい」


 アストラルドはどこまでも用意周到だ。

 彼は何を想定しているのだろうか?自分には見えないものが見えているような気がする。ドレスを脱ぎ、腕輪をつけて銀に変化した髪を紐で一つに束ねながら、エルディアは頭を捻る。

 白い軍服に袖を通し、ズボンを履きベルトを締めた。ご丁寧に黒いマントまである。サイズがぴったりなのは何故だろう?怖いからあまり考えないようにする事にした


 布で顔を拭って化粧を取った。鏡はないが、ルフィに見えるだろうか。



「いってきます」



 そう告げて部屋を出る。

 その背中をロイゼルドが心配げな表情で見送っていた。



 部屋を出たエルディアは、どちらへ行こうか考える。人にルフィの居所を聞くのは、この姿ではさすがにおかしいだろう。


 なるべく身を隠しながら皇宮の中を探る。

 以前行ったことがあるのは、謁見の間とリゼットが囚われていた塔だけだ。ほとんどどこに何があるのかわからないので、色々見て回る事にした。




 自分達が通された東の宮殿とは、皇宮の正面門からまっすぐ入った右翼側の建物で、どうやら客人用の部屋が並ぶ建物のようだった。

 この建物は広間が多く、ダンスホールや客人をもてなすパーティーなどが行われる部屋が多く作られているらしい。

 中央の広場を挟んで左翼側の建物は、どうも皇族の部屋や貴族達の執務室が並んでいるようだった。

 奥の方には騎士達の兵舎もあるようで、右翼側よりもう少し広い。


 左右の建物に挟まれた中央広場の奥が、以前に通された謁見の間のある、皇帝の執務する宮殿だ。皇帝の生活する領域でもあるそれは、外観も美しく煌びやかに鎮座している。

 さすがに今、中に入るのは危険だろうか。内部は後で探る事にして、とりあえず裏へ回る事にした。


 宮殿の裏には広大な庭園が広がっていた。中央に巨大な池があり、睡蓮の葉が浮いている。

 薔薇やその他の花々が、枝葉を綺麗に刈り込まれ美しく植えられている。


 その庭園の右奥、高い木々も植えられ森のように作られた一角の更に奥に、かつて脱出した高い塔が見えた。

 以前は気付かなかったが、幾つか小さな森のように木々を植えてある。その周辺には小さな家や少し大きめの屋敷が、点々と建てられていた。使用人の家や、離宮のようなものかもしれない。

 フェンはもしかしたら、この森のような庭園の中に隠れているのだろうか。


(しかし、広すぎる)


 エルディアは一度宮殿のところまで戻る事にした。

 敷地が広大すぎて、ルフィの居場所の見当もつかない。やはりいるとしたら皇帝の側が一番可能性がある。




 身を翻して庭園を戻る。

 薔薇のアーチの横をすり抜けようとして、エルディアはいきなり何者かに腕を掴まれた。



「なっ」



 全く気配を感じなかった。研ぎ澄まされた騎士の感覚が、掴めない気配などこれまでにはない。


 驚いて手の主を振り返る。黒髪の青年が冷ややかな眼差しで、エルディアを見下ろしていた。

 黒地に金糸の刺繍が縫い込まれた上衣に、赤いマントを羽織っている。明らかに身分の高い貴族だ。



「誰?」



 紺碧色の瞳が揺らぎ、唇が笑みを形作る。

彫刻の様に整った顔は、貴族の女性達を十分惹きつけるであろう。だが、エルディアはその冷たい氷の様な微笑みに、背筋がヒヤリとするのを感じた。



「たまの休憩にゆっくり考え事でもしようと、誰も来ぬ所へ来たつもりだったが。思いもせぬ相手に遭遇するものだな」



 可笑しそうにくつくつと笑う。この声には聞き覚えがある。

 いつか、戦場で。また逢おうと聞いた。だが、誰も側に付けず一人でここにいていい人物ではないはずだ。



「皇帝、陛下………」



 震えを押し殺して声を絞り出す。

 ヴェルワーン皇帝はようやくエルディアの腕を離した。



「久しぶりだな、エルディア嬢。レンブル侯爵令嬢を救いに来た時垣間見たが、直接会うのはユグラル砦の戦い以来だな」



 ゆっくりと腕を組んで首を傾げる。



「なぜ、そのような姿でいるのかきいても良いか?それとも聞くだけ無駄か」



 ルフィを探しているのだろう?そう尋ねる。

 わかり切ったことを聞く。答える必要もなかろうと、エルディアはフイと顔を背けた。その態度に気を悪くした様子もなく、ヴェルワーンはエルディアに話しかける。



「私が何故あのような使者を出したかわかるか?」



 エルディアを皇妃に、という申し出を伝えた使者のことだろうか。全く迷惑極まりない。

 エルディアは背けていた顔を戻し、ヴェルワーンを睨みつけた。



「おかげさまで陛下の即位式に出席させていただく事になりました」



 嫌味を込めてお辞儀する。

 ヴェルワーンは(こた)えた様子もなく、軽くハハハと笑った。



「そうだ。申し出を受けるか受けざるかに関わらず、そなたは此処へ来ざるを得ない。マーズヴァーン侯爵家のエルディアとして」


「私を呼び寄せて何がしたいのです?」



 エルディアの問いに、皇帝は低い声で淡々と伝えた。



「話が早くて助かる。そなたを呼んだのは、エルフェルムの奪還の為だ。ルフィがシャーザラーン、この国の第二皇子に囚われている。協力するだろう?そなたの片割れだ」



 エルディアは言葉を失った。

 奪還?ルフィが囚われた?

 魔術師もいないこの国で、そんな事があり得るのだろうか。

 しかも彼の側にはフェンがいるはずだ。



「………何が、起こっているのです?」



 ルフィが易々と囚われるなどあり得ない。

 驚きを隠せないエルディアに、ヴェルワーンは聞こえないくらいの小さな声で、すまない、と呟いた。


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