4 腹黒王子
それからまもなく、エルディアはロイゼルド達と共に王都へ向かった。馬車にしようかとヴィンセントに問われたが、馬が早いからと断った。
エルディアは道中なんとなく会話をすることが少なかった。特にロイゼルドとはほとんど言葉を交わす事がなかった。喧嘩しているわけではないが、彼から話しかけてくることはほとんどない。こちらから声をかけても二言三言返ってくる程度でとても気まずい。ずっと何やら考え事をしているように見えた。
本来であれば、叙任式に臨むために向かう予定だった。なのにこんなことになるなんて。エルディアはため息しか出ない。
リゼットはロイゼルドがやきもちを妬いていると言っていたが、本当だろうか。確かにずっと機嫌は悪そうで、声が掛けづらい。
リアムもカルシードも自分達に遠慮して、あまり話しかけて来なかった。
王都に着くと、リュシエラ王女が出迎えてくれた。
「ルディ、着替えるわよ。こちらへ来て」
「え?もうですか」
エルディアはしぶしぶ王女の後ろからついてゆく。
少し進んだ廊下の途中で王女が振り返った。
「ちょっと、いつまで男でいるつもり?侍女達の前で変わるの?」
「あ、忘れてました」
腕輪をはずしてポケットに入れる。
「全くもう。どっちが本当の貴女なのかわかってる?中身まで男になってるんじゃない?」
「どっちの姿でも、中身は僕です」
「ほら、僕って言わない」
「はーい」
王女の宮殿の一室に着くと、侍女達が寄ってたかって彼女を飾り立てた。
金の髪をくしけずり、綺麗に編み込んで背中に垂らす。キリキリとコルセットを締め上げると、ささやかながら胸の膨らみが強調される。淡い緑の春らしいドレスを着せられ、エルディアは溜息をついた。
胃袋が圧迫されて窮屈極まりない。おまけに踵の高い靴を用意されてげんなりした。
「ごめん、これから長旅だから、踵の低い靴にして」
そう注文してなんとか勘弁してもらう。
「化粧もしておく?」
「明日出るときでいいです」
今晩王都で泊まって準備をして、明日出立することになっている。今日は身内にしか顔を見せないので化粧するまでもないだろう。王女もエルディアの立ち姿をチェックして、まあ必要ないわね、と了承した。
「陛下に挨拶に行くわよ」
「はい」
他の三人は先に王と面会しているはずだ。
エルディアもリュシエラ王女に連れられて向かった。
王宮の廊下は天井が高い。数メートルおきに壁に豪華な燭台が据えられており、窓枠には美しい植物の模様が彫り込まれている。
質実剛健なレンブル城に比べ、かなり優美な作りになっている。
ここを通るとなんだか王女の小姓時代を思い出した。
そうだ、スカートの中にダガーを仕込むのを忘れていた。
宮殿は何かと物騒なのだ。後でアーヴァインの所で小物を準備しよう、と思いながら進んでいくと、間もなく謁見の間にたどり着いた。その隣の少し小さい控えの間で、彼らは話しているはずだ。
王女は躊躇うことなく部屋に入ってゆく。エルディアもその後に続いた。
部屋の中には正面の椅子に座る国王ギルバートと、その横にアストラルド王子が立っていた。その手前にロイゼルドとリアムとカルシードが立っており、今回の件について話し合っているようだった。
「やあ、ルディ、久しぶり。相変わらず可愛いね」
アストラルドがにこやかに笑って迎えた。
こちらを振り返ったリアムとカルシードが、ポカンと口を開けている。
「すげえ、女神が二人いる」
「エルじゃないみたいだ」
エルディアの正装を見たことがなかった二人は、完全に惚けている。
ロイゼルドは少し不機嫌そうに、ふいっと目を逸らした。
「エルディア、遠いところ呼び出してすまぬ。面倒なことになったのだ」
ギルバートが苦々しく笑った。
「陛下、お気遣いありがとうございます」
「イエラザームの新皇帝の即位式に出席してきてくれ。皇帝とエルフェルムの身上や求婚について、色々交渉せねばならぬ。そなたのことはアストラルドがエスコートするから安心しろ」
「大丈夫。ルディをイエラザームなんかにはあげないから」
アストラルドが明るく言って片目をつむる。
「しかし、ルフィはどうして皇帝に妹を渡すことを了承したんだろうね。エディーサに帰って来ないつもりなのかな」
にこやかな表情だが、言葉の裏に含まれる意味合いは厳しい。
「お兄様、憶測でそのようなことを言わないで下さいな」
「ルフィにとって皇帝は命の恩人ですし、恩があるのだとは思いますが………私はルフィの意思は関係ないような気がします」
エルディアはリゼットの言葉を思い出しつつ答える。
ヴェルワーンはおそらく、自国に一番価値があると思える相手を選んだのだろう。そこに一従者であるエルフェルムの忠告など、入る余地はない。止めても無駄に不興をこうむるだけだろう。
「私は、この件でかえってルフィの身の上が心配です。兄はまだ皇帝の従者であるのかと。彼の身に何かがあって、それで私を手に入れようとしているのではないのでしょうか」
帰国する約束のエルフェルムの代わりに自分をというよりも、十年もつかえてきたエルフェルムをなんとか引き留めて置いたほうが信頼できる。あの皇帝ならそうしそうな気がする。ユグラル砦でも、兄は彼のすぐ隣で守っていた。
直接二人のやりとりを見たわけではないが、リゼットの話を聞くかぎりかなり信頼し合っているようだった。
「言われてみればそうだね」
アストラルドも顎に手を当てて考える素振りを見せる。
「僕もヴェルワーン皇帝に会ったことはないけど、切れ者だという噂は聞いている。わざわざうちの隠された姫に手を出すからには、それなりの考えがあってのことかもしれないね」
ふふん、と軽く笑って、会うのが楽しみだよと呟く。
その様子を見ていたリュシエラ王女は、少し引き気味で忠告する。
「お兄様、地がでてますわよ。とても性格悪そうなお顔になってますわ」
「え?そう?気をつけないとね」
そのやりとりを黙って見ていたリアムとカルシードが顔を見合わせる。
(なあ、王太子殿下ってすごく優秀だって聞いてるけど、こんな怖そうな人なのか?)
リアムのヒソヒソ声に、カルシードがコソコソと返す。
(怖いんだよ。一見ふんわりしてるけど、腹黒王子って異名があるくらい)
「こら、聞こえてるぞ」
ロイゼルドが二人の頭に拳骨を落とした。
「君等も頼むよ。ルディは僕達の可愛い妹みたいなものだからね」
「はいっ!」
王太子の呼びかけに二人は直立して答える。
ギルバート王が冗談めかしてその騎士達に頼んだ。
「エルディアが小姓時代から我が子供達は従姉妹の姫を溺愛していてな、お陰でいまだに両方とも婚約者すらいない。彼女が皇帝にとられたとなると、この国の行く末も危うい。くれぐれも頼む」
「陛下、殿下方が婚約されないのは私のせいでは決して………」
「あら、ルディが落ち着かないと、おちおちお嫁に行けないわ」
「僕もこんな小姑がいると、なかなか勇気のある令嬢がいなくてねえ」
二人ともどこまで本気なのやら。好きでもない婚約者の相手をするのが面倒だから、自分を言い訳にしているだけに違いない。早く彼等のお眼鏡にかなう紳士や令嬢が見つかればいいのに。
エルディアは少しだけため息をついた。