23 逃亡
「ここから脱出って、どうするの?」
エルディアがエルフェルムに尋ねる。
この部屋は高い塔の最上階だ。しかも、塔の中も外も、見張りの兵士がうろついている。
正面から風の魔法で兵士を吹き飛ばしながら進む事も出来ない事はない。だが、敵国のど真ん中で、堂々と魔法を使う事は躊躇われた。敵が魔術師を狙っているのならば、出来るだけ自分の魔力の事は秘密にしておきたい。
そんなエルディアの考えをわかっているようで、エルフェルムは窓の方を指差した。
「窓から飛び降りるんだよ。君の力なら、みんなを地面にぶつからずに降ろせるだろう?」
「窓から?一人ずつ?」
「一斉に。時間がかかると見つかりやすい」
この高さから飛び降りて自分も入れた四人を支える、出来るだろうか?
魔力を抑えたままではギリギリかも知れない。
「ルフィは?」
「僕は見張りの兵士を引きつける」
そう言ってエルフェルムは黒いマントのフードを被って見せる。なるほど、今のエルディアの服装によく似ていた。
「僕がフェンと共にこの扉を破って飛び出す。その隙に、みんなは窓から逃げるんだ」
「この高さで?」
「本当に大丈夫なのか?エル」
「大丈夫………だと思う」
やったことがないので何とも言えない。吹き飛ばさずにコントロール出来るだろうか。
「大丈夫。君なら簡単だよ」
エルフェルムは自分の長い銀髪にナイフを当て、ざくりと切り取った。
髪が短くなるとパッと見ただけでは、どちらがどちらかわからなくなる。
「僕の代わりに持って行って。父上に必ず戻るからと伝えて欲しい」
「ルフィ、約束だよ。きっと帰って来て」
わかっている、そう言ってエルフェルムはエルディアをぎゅっと抱きしめた。
「行くよ」
エルディアを離して、エルフェルムが扉の前に立つ。
フェンが鍵のあたりを鼻で嗅いで、フッと息を吹きかけた。ガチャンと音がして、鍵が外れる。
「すげえ、この狼」
リアムがヒュッと口笛を吹く。
フェンはどんなもんだ、といったふうに尻尾をパタパタと振った。
「フェン、行こう!」
バンッと扉を開けて、エルフェルムとフェンが飛び出した。
すぐに閉められた扉の向こうで、兵士達の怒鳴り声が聞こえる。
ドンッと音がして、外の兵士が吹き飛ばされたような音がした。
窓の外を見る。
中の騒動に何事かと、外の見張りが塔の中へ駆けて行くのが蟻のように小さく見えた。
下には誰もいない。
「今だ!」
「飛び降りるぞ」
四人は次々と窓の外へ飛んだ。
初めにリアムが。
次に、カルシードが両腕にリゼットを抱えて飛ぶ。リゼットは悲鳴をこらえるために、両手で口を押さえている。
最後にエルディアが他の三人を視界に入れて、飛び降りた。
墜落する。
その身体の落下速度を抑えるために、エルディアは風を操る。
攻撃と違って、傷付けないようにするのは数倍難しい。塔の下から風が吹き上がり、落ちる身体を支えようとする。
だが、この塔の高さでは落下速度はどんどん上がる。コントロールしつつ四人の身体を持ち上げるには、まだ魔力が足りない。このままでは地面に叩きつけられる。
エルディアは左腕を掴んで、腕輪を一気に引き抜いた。魔法が解けると同時に、身体の内部から膨大な魔力が溢れてくる。
ゴウッ
吹き上げる風が息ができないほどに勢いを増し、落ちてゆく四人の身体を押し上げる。そして、地面に激突するはずの彼等は、ふわりと風のクッションに包まれて土の上に降り立った。
「みんな大丈夫か?」
「ええ………」
「エルは?」
互いの無事を確認する為に顔を見合わせた彼等は、一人だけ異質な存在に気が付いた。
背中の半ばまで長く揺らめく金髪が、風を纏う黒衣を美しく彩っている。
「誰?」
「嘘だろ?」
彼等の見知った少年はいなかった。
代わりにそこに立っていたのは、彼と同じ顔をした金髪の少女だった。
「ごめんね、話は後で」
逃げるよ、と三人に言って走り出した。
途中で手に持っていた腕輪を再び腕に突っ込んで、遅れそうなリゼットの手を握り走り続ける。
「どういうことだよおっ!」
リアムが走りながら叫んでいる。
「知るかよ!」
シードが怒鳴り返す。
「なんでエルがエルディアになってるんですのおっ!」
リゼットまでが混乱している。
「静かに!後で説明するって言ってるでしょ!」
とにかく走れ!そう言って背後を振り返って、追っ手が来ていないか確かめる。見たところ、まだ気付かれていない。
エルフェルムは上手く追っ手をまいてくれただろうか?
皇宮の門まで来て、警備をしている二人の兵士をリアムとカルシードが蹴り飛ばして気絶させた。
外へ出て、急いで街を抜けなければ。
街の人々の間をすり抜けて走る。まだ追っ手がかかっていないうちに出来るだけ遠くへ。王都の門をくぐり抜けて、四人は森の中へと走った。
ピィーッ
エルディアが指笛を吹いて馬を呼ぶ。
程なくして三頭の馬が主人のもとへ走って来た。
そして四人は船着場まで馬で戻ったのだった。