21 主従の契約
広間でのやりとりを裏で隠れて窺い見ていたヴェルワーンは、隣に控える黒いフードの従者に話しかけた。
「あれがお前の妹か。女とは思えぬなかなかの度胸だな」
くつくつと面白そうに笑っている。
本来彼もまたあの中で彼等と共に接見していてもおかしくはない立場なのだが、茶番には付き合えぬとサボタージュしていた。それでも成り行きが気になったのか、様子を見るために護衛が隠れる出入り口から覗いていたのだ。
「馬鹿な奴等がすっかり騙されて、おろおろと狼狽えているぞ」
「覗きなど悪趣味なことはおやめください」
一緒にいたフードの従者・エルフェルムが嗜める。
「こんな楽しい出し物を見逃すわけにはいかぬだろう。あの娘、戦場でも手合わせしたが、なかなか面白かった」
「あまり僕の妹をいじめないでくださいよ」
「有能な者はつい手飼いたくなるのだ。お前からは金髪と聞いていたが」
「僕に似せた魔法をかけられているようです。おそらくエディーサの魔術師に」
リゼットは彼女をエルフェルムと信じているようだった。おそらくずっとあの姿で過ごして来たのだろう。男と偽って。
「彼女の力はどのくらいだと思う?」
「フェンを名付けたのは正確にはルディです。同じ刻印を持っていても、おそらく僕よりは強い守護がかかっていると思われます」
「欲しいな」
ヴェルワーンが獲物を狙う肉食獣のようにペロリと唇を舐める。
手駒として?それとも妃として?
エルフェルムはまた始まったとばかりに肩をすくめた。
「無理強いはおやめくださいね」
わかっていますよね、と言わんばかりにチクリと釘を刺す。
ヴェルワーンは不服そうに横目で従者を見た。
「お前はいずれ国に帰るのであろう。代わりに貰い受けたい。大切にするぞ」
「まだ、僕はこの国にいますよ。貴方が王位に着くまでは」
彼に助けられた九年前の約束。それはエルフェルム自身も望んでいること。
「劇は終わったようだ」
ヴェルワーンが呟いた。
広間の空気が変わった。彼等が勝利したのだろう。
さあ、舞台の場面が動く。
「ほら、奴等が女のところへ行くようだ。手助けしなくていいのか?」
ヴェルワーンが愉快そうに彼の従者に尋ねる。エルフェルムは無言で主に一礼し、身を翻して彼等を追った。
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謁見の広間から建物を出て、外の庭園をしばらく進んだところに、背の高い塔が建っていた。エルディア達を案内して来た騎士達は、塔の手前で立ち止まって指差す。
「御令嬢はこの塔の最上階の部屋にいらっしゃいます」
「連れて来てはくれないのか?」
カルシードが怪訝そうな顔をする。
「部屋まで行って、もてなしぶりをよく見ていただくようにとの陛下のご命令です」
騎士はリゼットがいるという塔の中へ案内した。
塔の中は少し薄暗い。中央にジグザグになった階段があり、数階建てになっているようで、基本的に一階に一部屋ずつ作られているようだ。
三人は騎士の後を少し距離をおいて、階段を登りながらこそこそと話す。
「引渡しは?」
「もちろん外へ出てからだよ」
出来れば皇宮の門まで行ってからが望ましいが、最悪建物の外であればどうにでもなる。
階段を幾度も折り返したころで、騎士は無言で立ち止まった。目の前に扉があり、侍女達が十人程ズラリと並んでいる。どうしてこんなに控えているのだろう。皆、無表情で俯いている。
「こちらのお部屋にいらっしゃいます」
騎士はそう言って、エルディア達に部屋の中へ進むよううながす。
一人の侍女がうやうやしく扉に手をかけて開いた。
部屋の中には椅子に座るリゼットと、その隣に一人の侍女が立っていた。リゼットの世話をしていた侍女だろうか。
「お入りください」
扉を開けた侍女が、頭を下げたまま三人を中へ招く。
「リズ!」
エルディアがリゼットに駆け寄る。後の二人もエルディアに続いた。
「無事で良かった!」
「エル?どうしましたの?その格好は?」
リゼットが驚きつつも、エルディアを抱きしめようと両手を伸ばす。
とその時突然、リゼットの隣にいた侍女が、エルディア目掛けてドンッとぶつかって来た。
「なっ!」
「しまった!」
魔石を奪った侍女は素早く部屋の外へ走り出て、騎士と居並ぶ侍女達の背後へ隠れる。追いかけようとするリアムの正面に立ち塞がり、騎士は目の前で扉をバタンと閉めた。
「一緒にここでいてもらえとのご命令だ」
「畜生!」
しくじった。交渉の切り札を奪われては身動きが取れない。エルディアはリゼットの肩を抱き締めたまま唇を噛んだ。
「閉じ込められたな」
「ごめん、みんな」
魔石を奪われたのは自分の油断が原因だ。侍女達を見た時に気付くべきだった。
リゼット一人にあれほどの数の侍女が必要なはずがない。まさか女性にスリ取られるとは思わなかった。
「皇帝が上手だっただけだ」
カルシードが悔しそうに言った。
「それよりここからどうやって出るかだ。エル扉を破るか?」
リアムが尋ねる。
扉は見たところ、分厚く重そうだが木製だった。本気で破ろうとすれば出来ない事もない。
しかし、リゼットを連れて逃げ切れるか?扉の外にはイエラザームの兵士が幾人も見張っているだろう。どうする?
「正面突破は出来れば避けたいな。危険すぎる」
彼等の目的は何だ?魔石を手に入れる事ではないのか?
それともやはりエディーサ王国の侵略に、あの炎の槍を使おうと企んでいるのだろうか。リゼット達を人質に、自分と魔石を使う事は十分考えられる。
「エル、リアム、シード、助けに来てくれてありがとう」
リゼットがみんなの手を取り、嬉しそうに頭を下げた。
珍しく殊勝な態度にエルディアは面食らった。
「リズ………どうしたの?そんなに怖かったの?何か悪いことはされなかった?」
「いいえ、怖いことは怖かったですけど、本は読めるし邪魔されないし、ゆっくり出来て最高でしたわ」
リゼットらしくて、こんな時なのに笑ってしまう。
「それに、エル、貴方のお兄様が毎日お話相手をしてくださっていたから心細くはなかったの」
「ルフィが?」
リアムとカルシードが顔を見合わせる。
「お兄様?」
「生き別れになっていたお兄様よ」
もう一人いたなんて初耳だぞ、とカルシードが変な顔をしている。
リゼットはエルディアの顔を両手で挟んで見つめた。
「彼はイエラザームの第一皇子の従者になっているわ。第一皇子はわたくしを攫って来たことを無駄な事だと言っていましたの。わたくしを逃がしてやるとも」
リゼットはエルディアの額に自分の額をつける。
「この国は内部で割れているわ。どちらが勝つかわからないけど、ルフィはきっとエディーサ王国の味方よ」
トルポント王国の血を引く皇太子である第二皇子派と、現宰相の孫にあたる第一皇子派があるわ。そう言ってニマリと笑う。
「心配しないで。もうすぐ助けが来る」
そうリゼットが口にした時、本当にその通りになった。