表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黒銀の狼と男装の騎士【改稿版】   作者: 藤夜
第二章 生き別れの兄と白い狼
42/126

18 皇子と従者

 エルディア達が救出に向けて旅をしていた頃リゼットはというと、とても優雅な時間を過ごしていた。



「はあ、天国………」



 記憶が曖昧で覚えていないのだが、うつらうつら眠らされながら運ばれてきたらしく、身体がだいぶんなまっていた。ベッドから起き上がるのもだるい。おまけに部屋から出られないので走れなくなりそうだ。足が弱ってしまったら、ここを逃げる時に困るだろう。

 これではいけないと色々と自分で運動していたのだが、そこをたまたま入ってきたルフィに見られた。



「リズ?何をしているんです?」


「はわっ!」



 床に這いつくばって腕立て伏せをしていたリゼットは、跳び上がって椅子に腰掛ける。



「なんでもありませんわ。ちょっと暇なので運動を………」



 超絶美形に見られると、さすがのリゼットも恥ずかしい。一応貴族の令嬢なのだ。



「暇?それはごめん。気付かなくて。そうだよね。こんな部屋でずっといたら暇だ」



 何か必要なものはある?そう聞いてくれた。

 ある!欲しいもの。



「ありますわ!」



 もちろんリゼットが彼に要求したものは、大量の本だった。


 侍女が相変わらず無言で、たくさんの物語や色々な本を持ってきてくれた。

 リゼットはついでに、と侍女を捕まえて、自分の部屋に置いてきてしまった例の物語も注文した。あれを最後まで読まずしてはまだ死ねない。


 幸いイエラザームにもその本は流通していたようで、間もなくリゼットのもとに届けられた。



「これで当分楽しめるわー」



 侍女の持ってきたお菓子をつまみつつ、本を読む。家庭教師に邪魔されることもなく、最高である。

 逃げるための鍛錬など、頭からすっかり消え失せていた。

 そして、最初のセリフに至っている。



 悠々と活字に親しんでいると、鍵を開ける音がして部屋の扉が開いた。



「ルフィ?」


「リズ、ちょっといい?」



 ルフィが入ってくる。

 来る時はいつも一人なのだが、今日はもう一人背の高い男を連れていた。


 黒髪に黒い服、紺碧色の瞳だけが鮮やかに色めいている。服の上からでもわかる鍛えられた体躯は軍人らしく、精悍な顔は気品があって美しい。


(まあ、ロイ様に匹敵する美男子ですわ)


 思わず見惚れていると、ルフィがクスッと笑った。



「この方は僕の主なんだ。彼がリズに少し聞きたいことがあるんだって」



 この王子のような美青年が主………

 そして、こっちの人外の美貌の少年が従者?


 リゼットの頭の中に、今読んでいる物語が再現される。



「すごいわ。現実にあるのね、この取り合わせ」



 涎が出そうになるのを、淑女(レディ)の意地でかろうじて押さえた。



「なんのことだ?」



 青年が怪訝そうに言う。低い美声が耳に心地いい。

 いや、今は美形を堪能している場合ではない。

 リゼットは背筋を伸ばして立ち上がった。



「ご存知でしょうが、わたくし、リゼット・レンブルと申します。貴方がわたくしをここへ連れてきた方ですの?」



 すると青年は首を傾げておかしそうに笑った。笑顔が大人の色気満載で、リゾレットはキュンキュンしてじっくりと見つめてしまった。

 どうも自分は面食いのようだ。この手の美形に非常に弱い。


 リゼットに問われた青年は、彼女の予想に反して否定した。



「私がお前をさらうように命じたのではない。私はそのような無駄な事はしない」



 青年の声には嘲るような響きが含まれていた。彼は自分をここへ連れて来た人物を嫌悪しているようだ。

 青年はルフィが用意した椅子にどっかりと座り、リゼットにも座るように指示した。リゼットも再び腰を下ろして、テーブル越しに彼と向き合う。



「お前に聞きたいのは、エルフェルムのことだ」


「エル?」



 ルフィが聞きたいと言うならわかるが、なぜこの青年が知りたがるのだろう。そう思いながらリゼットは答えた。



「エルはルフィの弟でしょう?外見はよく似てますわ。私の父の騎士団で従騎士をしていますわ」


「従騎士………あれで?」


「魔術も剣も得意だと聞いています」



 この青年はエルフェルムにあったことがあるようだ。反応からそう思った。



「では、エルディアについては何か聞いたことはないか?」



 エルディアはエルフェルムの妹だ。

 しかし、父からは口止めされている。彼女の存在は国家機密だと言われた。



「エルの妹としか………」



 青年の瞳がギラリと光った。



「レンブルの者は知っておろう。フェンリルを倒した女神だ」



 ルフィがごめんねと視線を送ってくる。

 そうか、彼はこれを探りにレンブルの森に来ていたのか。



「わたくしは噂しか知りませんわ。すぐに王都に帰ってしまいましたし。彼女と直接会うことはなかったんですもの」



 エルも妹のことは話さないんですの、と釘を刺す。これ以上追求されても、本当に知らない。



「なぜ存在を秘されているのかは?」


「魔力が非常に強いからと聞いていますわ。他国の脅威になるから、と」



 ふむ、と青年は頷いた。

 どうやら納得してくれたらしい。



「ねえ、貴方は一体誰?すごく身分が高い方に見えます。人に仕える方ではないようですわね」



 そういうと、青年は驚いたように一瞬目を見開き、そしてクスリと笑った。



「ルフィの言う通り、聡い女だな」


「名前を聞いてもよろしくて?」



 自分だけ知られているのは癪だ。この際無礼は承知で聞いてみる。



「ヴェルワーンだ。この国の第一皇子、ヴェルワーン・イエルザード」


「!」


「ついでに教えてやろう。お前をさらってきたのは、皇太子の配下の者だ」



 イエラザームの皇太子は、トルポント王国出身の皇妃の皇子だと聞いた。

 第二皇子シャーザラーン。

 リゼットは記憶の箱をひっくり返して考える。



「貴方は皇太子と敵対しているんですの?」


「……いや、馬鹿にはしているがな」



 どういうことだろう。ぐるぐると考えるが答えは出ない。

 確かに彼等がここに出入りできるところを見ると、表立って敵対しているわけではないのだろう。



「お前を逃してやるのは簡単だが………今放しても、一人ではどうにもできまい。助けが来るか、ギリギリまで待て」


「味方になってくれますの?」



 ヴェルワーンはニヤリと笑った。



「頭の良い奴は好きだ。恩を売っておけば後で役に立つこともある」


「リズ、また後でね」



 そう言って部屋を出て行く二人を、リゼットは黙って見送った。

 何がこの国で起こっているのだろう。本を読んでいる場合ではないかもしれない。


 リゼットは椅子に座って、これから起こるであろう事を思案した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ