17 キースの街
「迷った………」
カルシードがぽつりと呟いたのは、王都を出て三日後だった。
そろそろダルク城下に着いていなければならないはず。それなのにいつまでたっても森の中だ。
「なんだって?」
カルシードの後ろからついて行くエルディアが、驚いて馬の手綱を引いてしまう。
ぶつかりそうになったリアムが慌てて馬を止めた。
「迷子?え?俺達迷子かよ!」
「シード、西の地理は詳しいんじゃなかったの?」
エルディアの問いにカルシードが頭をかく。
「ダルクから西はあちこちしたけど、まだこの辺りはうろ覚えで。レンブルまで行けたから、帰りも同じと思ったら案外見た感じが違うんだな」
「おいっ!」
………方向音痴だ。
案内役がこれだとは思わなかった。
確かに行きと帰りでは目に映る風景が異なるので、案外わからなかったりするものなのだが。
エルディアは先行き不安になりながら、リアムを振り返る。
「リアム、どうしよう」
「やっぱり昨日の分かれ道、あれだったんじゃね?」
「やっぱりそう思う?」
一日かけて馬で進んできたのに、引き返すのか。二人はげんなりした。
幸い敵の示してきた期限はひと月だ。時間はまだある。少し恨めしく思いながらターンしようとすると、カルシードが呼び止めた。
「なあ、ダルク城に寄らなくていいか?」
「え?別に大丈夫だけど、どうして?」
ダルク城で敵国に潜入する最終の準備をすることになっているが、魔石も旅の準備物も十分ある。追加で必要なものは大してない。わざわざ寄る必要はなかった。
「ダルク城でイエラザーム行きの船を用意してくれているのかなとは思うんだけど、多分この道をもっと行くとダルクの南方のキースの街に着く。そっち経由の方が、イエラザームに入りやすいと思う」
なんで?と尋くエルディアに、カルシードが頭をかきながら説明する。
「ダルク城経由だと戦のあったナリクス砦を通る道が普通なんだ。国境の橋が落ちてないかどうかまでは聞いていないし、戦場はまだ荒れているだろう。軍の船を使うと目立つし。南に商人達が使う船のルートがある」
「本当?」
リアムが疑いの目で見ているが、引き返すより白狼騎士団にいてよく知っている彼に従った方が良いだろう。
「リアム、いい?」
「俺はお前の手伝いだから指示に従うぜ」
「ありがとう」
少し不安は残っていたが、野宿を一日増やしただけで、次の日、本当にカルシードが言っていた街に着いた。
「ここがキースの街だ」
こじんまりとした青い屋根の続く綺麗な海辺の街だった。
イエラザームとの交易の商人が通るというだけあって、宿も酒屋も多い。大きな戦があった割には人の往来も多く活気がある。この辺りまでは戦争の影響はなかったようだ。
夕方に街に入ったエルディア達は、その日の晩に泊まる場所に馬屋のある小さな宿を選んだ。
宿で湯浴みを済ませて街へ繰り出した三人は、早速食事をする為一件の居酒屋の扉をくぐった。
「いやあ、どうなるかと思ったけど、なんとかなるもんだな」
リアムがご機嫌で肉と林檎酒を持って、乾杯!と言った。カルシードが苦笑しつつ、杯に口をつける。
「ごめんよ。ここから先は迷わないから」
「かえって良かったかも。船付き場でイエラザームの皇都まで行く人を探せたら簡単だし」
「おい、皇都レオフォードに着いたら、俺達はどうするんだ?」
「団長の書状を持って皇宮へ行く。それからは交渉次第だよ」
エルディアも甘い林檎酒を味わいながら、料理に手をつけた。温かいシチューが胃袋にしみる。
「おい、あんまり飲みすぎるなよ」
「え?なんで?」
リアムの低い声に、エルディアはキョトンとする。カルシードがサラダを取りながら、エルディアに忠告した。
「エル、酒に弱いだろう。前も寝てしまったし」
「大丈夫だよ。リズのことがあるのに、そんなに飲まないよ」
ぷうっと頬を膨らませる。
「大丈夫かよ」
「もう、心配性だな」
そう言っていたはずだったのだが。
数刻後、エルディアはカルシードにおぶわれて宿屋に戻っていた。
「おーい、エル、着いたぞ」
宿のベッドに降ろされて、リアムに耳元で呼ばれるが、ムニャムニャ言って起きる気配はない。旅の疲れもあるのだろう。
「駄目だこりゃ」
「仕方ないな」
カルシードがエルディアの靴を脱がし、上着のボタンをはずしていく。
「おい………」
リアムが戸惑ったように制止した。
「なに?」
「お前、脱がすのか?」
「だって寝辛いだろう?」
「好きな子にそっくりな顔の奴、脱がしてよく平気だな」
「えっ!」
上着を脱がす手が止まった。
下を見下ろすと、男とは思えぬ美貌が無防備に目を閉じて寝息をたてている。
カルシードの顔が真っ赤に染まった。
「こいつ本当に男かよ」
リアムも寝顔を覗き込んで溜息をつく。
「エルディア様の方が魔力が強いと言うけど、こいつも普通の魔術師に比べたら相当なものだぜ。その上、剣も暗器も使いこなすなんてすげえよな。この可愛さで隠しているけど、相当苦労しただろうな」
「そうだろうな」
「養成学校であった頃は、全然表情のない奴だったから初め近寄りにくかったけど、レンブルではだいぶん表情が良くなってるんだ」
「副団長とリズのおかげかな」
「だろうな。だからこそリズを助けに行きたいんだろう」
エルディアがうーんと言って寝返りをうった。銀の髪がさらりと揺れて、赤い唇から吐息が漏れる。
リアムとカルシードは二人で顔を赤らめた。
「いかん、こいつの破壊力は半端ねえ。俺は部屋に戻るぞ」
襲っちまいそうになる、と言ってくるりと背を向ける。
「俺も行く」
エルディアを目の前から隠すようにバサッと布団をかけて、カルシードも慌ててそれに続いた。
一目惚れした女の子の兄に反応していては、先行き不安でしかない。それにしても背負った時のエルフェルムは、凄く軽くて驚いた。背はそこそこ高いのに、思った以上に細いのだろう。
くたりと自分の背に身を預ける、華奢な身体の感触が今更ながらに思い出されて、カルシードは自分の頭を叩いた。
(ほんと、やばい)
あれは男、あれは男だ。
そう唱えながらカルシードは久しぶりのベッドに潜り込んだ。