9 シードの自覚
王都のお土産にお菓子を買って来たからと、エルディアがリゼットに連れられて侯爵家に行くという。そのついでにリアムとカルシードも一緒にと誘われた。
「どうする?」
「こんな面白そうな事逃すかよ」
二人ともまだまだ好奇心旺盛なお年頃だ。ヴィンセント団長の邸宅も見てみたかったので、二人はついて行くことにした。
城のすぐそばに建てられた大きな邸宅は、周囲を小さな森に囲まれている。
三人は森に面した庭の東屋に通され、リゼットはお茶の用意を指示しに中へ入っていった。
庭師が丹精込めて手入れしているのだろう、庭に植えられたたくさんの花々が美しく咲き誇っている。
「エル、結構団長のお屋敷におじゃましているのか?」
「リズとお茶する時はね」
どうやら普段は毎週来ているらしい。
婚約者かよ、とリアムが呟く。
「友達だよ。リズはロイにベタ惚れだもの」
みんな知ってるよ、とエルディアは軽く言う。
成る程、公に侯爵令嬢に求愛されているのであれば、レンブル領で他の女性はロイゼルドに手を出せない。
なかなか婚約者が出来たとも聞かないのは、そのせいだったのかもしれない。
「お前リゼット嬢と普段どんな話してるんだ?」
リアムが不思議そうに尋ねる。
「え?リズの淑女教育の愚痴を聞いたり、化粧の練習したりかな。たまにロイがかっこいいだのなんだの聞かされるけど」
女子かよ、とリアムが目を丸くした。
「後は、他の領の事とか話したり。ほら、ここ田舎だからリズあんまり知らないみたいで。最近ではシュバルツ領の港で関税下げたら入港する船が増えて収益が上がった事とか。それで東の島国から珍しい宝石が入るようになって、王都でその宝石のアクセサリーが売れて儲かったから、入ってくる税金が増えて、止まっていた灌漑工事が進んだ事とか?」
「ちょっと待て、お前どこの間諜だよ」
「え?普通だよ。困るじゃん、領主が世情に疎かったら」
リゼットは一応レンブル領の領主の娘だし、お金ないと領民の暮らしが貧しくなっちゃう、と軽く言う。
カルシードはヒュウと口笛を鳴らした。
「だてに王女の小姓をしていたわけじゃなかったんだな」
王都から手紙がくる、そのどれかにそういう情報が入っているのだろう。
楽しくお茶会をしつつ、そういう会話をしているとは、やはりリゼットもただの令嬢ではなかったようだ。
「お茶会って女の子達は普段そんな話してるのか?」
「え?普通は流行のドレスの事とか恋話が多いよ。だから、リズは賢いって言ったじゃないか」
読書量もすごく多いんだよ、と褒めつつ、ちょっと変な小説にハマってるのがたまにキズなんだけど、とぶつぶつ言っている。
紅茶とお菓子を持った侍女と共に、リゼットが帰って来た。
カルシードが立ち上がってリゼットの椅子を引き、座らせる。その自然な様子にエルディアは感心した。
「シード、かっこいい」
「いや、普通だろ」
席に着いたリゼットがふうっと溜息をつく。そして、目の前の三人を順に眺めて首を傾げた。
「王都の舞踏会より、レンブルの方が男前が多い気がするのは気のせいかしら」
「あはは、一部の上級貴族しか参加しないからね。特にデビュタント・ボールは令嬢の紹介がメインだし」
おじさんが多かったでしょ?とエルディアが言うと、そういえば、とリゼットも頷いた。デビューしたての令嬢はたくさんいたが、反対に若い男性は少なかった。
「婚約者は親同士で決める方が多いし、本人同士は決まってから会うこともあるくらいだから。団長変わってるよね」
「そうね、わたくしが十歳の時からロイ様一筋だから、そんな話は持ってこなかったわ」
十歳って凄いな、とカルシードが軽く引いている。
リアムが少し食いつき気味に乗り出した。
「なあ、副団長に愛想が尽きたら、俺が立候補してもいい?」
「後三年たってもロイ様がなびいてくれなかったら考えるわ」
お菓子をつまみながらサラリと返す。
おや?とエルディアは思った。
リゼットは人の持つ空気を読むことに非常に長けている。すごく勘が鋭いのだ。
相手の人格や感情を感覚で読み取る。
どうやらリアムはリゼットにとって合格らしい。
ニマニマと笑っているエルディアに、リゼットはなあに?と睨む。
別に何でもないよと答えたが、友人が良い評価を受けた事が嬉しい。
「え、俺は?」
カルシードが自分を指さすと、リゼットはカップを傾けながら、さらりと言う。
「貴方は心に決めた子がいるのではなくて?そんな雰囲気がするのですけど」
「ええっ?」
リゼットの指摘にカルシードの頬がほんのり赤くなる。リアムとエルディアは顔を見合わせた。
「もしかして、エルディア様か?」
リアムがポロッと口に出した途端、カルシードの顔が首まで真っ赤に染まった。
「ななな、なんで?」
「だって普通そんな昔にみただけの女の子、覚えてないだろ。自覚してなかったのか?」
「あら、一目惚れでしたの?ロマンチックね」
リゼットまで食いついて来た。
カルシードは、これはそうだったのか?と一人で頭を抱えている。
こいつ案外ウブだったんだな、とリアムが呟いた。
「なんでエルまで赤くなってるの?」
「なんとなく………」
紅茶を飲むふりをしてカップを口元へ持っていくが、とても居心地が悪い。
カルシードの初恋の相手が自分だと面と向かって言われると、どう反応していいのかわからない。いや、今の自分はエルフェルムなのだが。
「エルディアってエルの妹の?シード頑張って!私達のライバルが減るわよ、エル」
「副団長がエルディア様と?」
エルディアは誤解だと思うけど、と言いかけて、いつぞやの頬へのキスを思い出した。
からかわれただけだと思うのだが。
でも、自分は確かにロイゼルドに恋している。多分。
しかし、この姿でいる以上、その想いは秘めておかなければならない。彼は騎士で自分は彼の従騎士だ。浮かれた気持ちで仕えるわけにはいかない。
でも、これが仮に打ち明けられない思いだとしても、今はまだ心に留めていたいと思う。
とても………大切な人だから。
カルシードには悪いが、またエルディアに会えるか聞いておくね、としか言えなかった。