7 疑惑
「で、なんで僕の部屋なの?」
「ま、いいじゃねーか。細かい事は気にするな」
エルディアの部屋にリアムとカルシードが押しかけてきたのは、その日の夜だった。リアムは何処から調達してきたのか、しっかりワインの瓶とグラスを持ち込んでいる。
「飲みにいけないんなら、部屋飲みだろう。な、シード」
「…………」
どうやらカルシードはリアムに無理矢理引っ張ってこられたようだ。
「副団長は?」
「ロイなら団長のところだよ」
団長が留守の間の報告がたくさんあるからね、とエルディアが教える。
「俺はなんで連れてこられないといけないんだ?」
カルシードがぶすっとした顔でリアムに尋ねると、リアムはしれっと答えた。
「なんでって、親交を深めるためさ。お隣さんじゃないか」
どうやら宿舎の部屋が隣同士だったらしい。
三つのグラスにワインを注いで、リアムが二人にぐいっと渡す。
「ほら、乾杯だ」
「養成学校時代からなんかぐいぐい来る奴だとは思っていたけど………」
カルシードはブツブツ言いながらグラスを受け取る。
ワインに口をつけながら、エルディアは従兄弟の顔を見た。どことなくエルフェルムに似ている気がする。血縁とは不思議なものだ。
「シード、リアムを知っていたんだ」
「顔は知っている。一応同期だから。俺は従騎士だったから、すぐにダルク領に行ったけどな」
「こいつ、真面目だから遊んでくれなかったんだ」
リアムがベッドに腰掛けて、ワインをあおる。
試合は何度かしたけどなとカルシードを見やると、彼も頷いた。
「リアムは技が荒いけど、初めから強かった」
「俺、お前に勝ったの一回だけだぜ。もう負けねえから、また勝負しよう」
「いいぞ」
カルシードがニヤッと笑った。
エルディアの記憶する限り、リアムは相当強かった。
そのリアムが勝てなかったとは、この自分の従兄弟もかなりの手練れらしい。
「僕も試合してみたい」
「お、エル、俺もまた頼むぜ。それと、またダガーの投げ方教えてくれよ。ウィードには負けたくねえ」
「ダガー?」
「エルは細っこいけどめちゃくちゃ強いんだぜ。暗器使いで、王女の小姓時代から刺客を捕まえてたらしいんだ。ダガー投げ凄い上手いから、俺も教えてもらってたのさ」
見た目に騙されたらだめだぞ、とカルシードに教えている。
「ディミトリスも一個下の奴等で一番強いのはエルだって言っていたんだぞ」
「ふーん」
「ディミトリスはどうしてるの?」
「あいつは金獅子騎士団に配属だ。まあ、順当だよな」
見習い騎士達の世話役をしていた懐かしい顔を思い出す。
技も性格も優等生の彼には、金獅子騎士団はよく合っている気がする。
「そういえば、シードはなんでエルディアに会いたいの?」
シードはワインのグラスを見つめたまま、うーんと唸る。
「アルヴィラ様の葬儀の時見かけて、ずっと気になっていたんだ。綺麗な子だったけど一人で座っていて、とても生きているように見えなくて」
声を掛けてあげればよかったんだろうけど、と呟く。
「母親の葬儀だからショックを受けているのは当たり前なんだけど、まるで置物みたいに動かなくてさ。でも、大丈夫だったんだな」
カルシードはそう言うと、ふうっと安堵したように息を吐いた。
どうやらリアムとは目的が違っていたようだ。エルディアは彼に対する認識を改めた。
「太陽の女神みたいな美少女だったっていうじゃないか」
早速他の騎士から聞き出していたらしい、リアムが目を輝かせている。
どれだけ噂に尾ひれがついているのやら。
エルディアは赤面しながら訂正した。
「そこまでじゃないよ。噂って怖いよね。魔力が強すぎて暴走するから、アーヴァイン様が面倒みてくれているんだ。それ以外は普通だよ。ほら、魔術師って神秘的なイメージ持たれやすいからね」
「なんでレンブルに来たんだ?」
「フェンリル討伐のために王都から派遣されたらしいぜ。なんでも、魔獣フェンリルを倒したのは彼女だったってさ」
カルシードの質問に、何故かリアムが答える。
どこまで情報収集しているのか。素早い。
「なんか、副団長がずっと護衛してたって?みんな話しかけたくても近づけなかったって言ってたぞ。いいよな、副団長。俺も美少女の護衛になりたい」
そしてあわよくば………と言い掛けて、エルディアのじっとりした視線を感じて飲み込んだ。
「いや、美女と騎士は王道ロマンだろ」
「リアムには不純な動機をすごく感じるよ」
「男はみんな考えてるって。お前が純真すぎるんだよ。副団長、どういう育て方してんだ?」
「え?シードも?」
「俺はリアムほどじゃない」
一緒にするなよ、と念を押している。
他愛のない会話をしているうちに、三人とも酔いが回ってきた。
気がつけばエルディアは、椅子に座ったまま壁に寄りかかってこてんと寝ている。話がはずんで、だいぶん遅くなってしまったようだ。
「ありゃ、寝ちまってる」
「俺たちも部屋に戻ろうか」
ちょうどその時、部屋のドアを叩く音がした。
「エル、誰か来ているのか?」
顔を出したのはロイゼルドだった。
「なんだ、ここで酒盛りか?」
「副団長が街はダメって言うから」
「エル、寝ちゃいました」
「だから言っただろ。こいつ酒に弱いんだ。ほれ、寝かすからお前らは帰れ」
ひょいとエルディアを抱き上げてベッドへ運ぶ。
ほっそりとした身体がくたりと揺れて、のけぞった白い喉が見えた。
ロイゼルドの鍛えられた身体に抱かれた華奢な肢体は妙に無防備に見えて、二人はなんとなく赤面してしまう。
「副団長、エルに甘々ですね」
「まあ、これだけ可愛いのに懐かれたら、メロメロになるよな。案外、もう手を出しているとか」
冗談で言ったつもりのセリフに、ロイゼルドの淡々とした言葉が返ってくる。
「誤解するな。まだそういう関係じゃない」
『まだ』?
二人は顔を見合わせた。
数多の令嬢の間で噂になっている、騎士団有数の色男に浮いた噂一つないのは、もしや?
部屋に戻りながら、リアムとカルシードはヒソヒソと話していた。
「なあ、騎士と従騎士のそういうのってよくあるのか?」
「さあ、あるとは聞いたことがあるけど、俺は兄貴についていたからわからない」
「…………」
「…………」
「とりあえず、他言無用だな」
「そうだな」
深い意味はなかったのかもしれない。
二人は酔いの回った頭で自分達の部屋の前へたどり着くと、明日には忘れてしまおう、と互いの部屋の扉を閉めた。