24 終章
あの宣言から一週間がたち、重傷者の回復の目処が立ったということで、アーヴァインは王都へ戻ることになった。
エルディアも一緒に発つ。
旅支度を終えてロイゼルドと共に城の門まで歩いていたエルディアは、廊下の鏡の中の自分を見て溜息をついた。
(違和感がすごい)
どうしても自分が女装した姿に馴染めない。
あの日以来、エルディアは基本的に女性の格好のままである。
しかし、裾の長いドレスは脚にまとわりつくし、長い髪は風が吹くと目にかかるし、小さい踵のある靴は足の指が痛いしつまずくし、何より自分の所作が淑女らしくない。
らしくなさすぎて哀しくなる。
リゼットは案外ちゃんと淑女だったんだな、と見直した。
護衛役のロイゼルドはそんな彼女を貴婦人のように扱っていたが、エルディアにはからかわれているようにしか思えない。
「エルディア様、足元に段差がありますのでお気をつけください」
「もう、普通にしてってば!」
「………下見ないと転ぶぞ」
「うわっ!」
ぐらつく身体をすかさず支えて、ロイゼルドは苦笑する。
ほんのり化粧をして、美しいドレスを身に纏った少女は、噂通りの奇跡の乙女の呼び声に相応しく可憐だ。
遠くからエルディアを見た騎士達は、神の作りたもうた最高傑作ともいうべき姿に崇拝の視線を向けている。
だが、当の本人は全く気付いてはいなかった。
今もロイゼルドの腕に手を乗せて、いつ転ぶかとヒヤヒヤしながら歩いているのだった。
門の前まで来ると出立を前に、大勢の人が右に左に荷物を持って馬車に積み込んでいた。
皆忙しそうにしているのに気が引けて手伝おうとしたら、お前は動くなとロイゼルドに止められた。かえって邪魔になると言われ、それもそうかとエルディアは大人しく準備が整うのを待つことにした。
荷物を積み込む人達を眺めながら、ロイゼルドが尋ねる。
「エル、王都では魔道具が出来るまでどうするんだ?」
そう聞かれてエルディアは少し考えた。
王都に戻ってもしばらくは女装だと言われて、気が重いことこの上ない。
姿変えの魔法をアーヴァインにかけて貰えば良いのだが、半日ごとにかけ直さないといけないらしく、面倒だから嫌だと言われた。
さすがにこの格好では騎士養成学校に行くわけにもいかない。
研究所にこもるのが一番だろう。
「リュシエラ殿下がアーヴァイン様と一緒に研究している案件があるので、僕も手伝おうかと思います」
「研究?ついでに殿下に淑女の所作ってやつを教えてもらえば?」
戻った時に必要だろ?
そう言ってロイゼルドがニコニコしながら肩を叩いた。
「自慢じゃないけど、僕、ずっと王女の小姓していたんですよ」
エルディアは不機嫌そうに唇を突き出す。
王国の華、国中の淑女のお手本とも言うべき、完璧なリュシエラ王女の側で長年仕えていたのだ。所作はどうすれば良いのか知っている。
わかっているけど身に染み付いた男くささがとれないんです、と抗議する。
仕事柄エスコートされるよりエスコートをする方が断然得意だ。
「エルは見た目だけなら殿下より綺麗なんだけど」
『僕』って言うし………
ロイゼルドは残念そうにチラリとエルディアを横目で見る。
エルディアは少々狼狽えながらも、ぷいっと横を向いた。
(この人、無自覚タラシだな。いや、これは僕に品がないという嫌味か?)
自分がいなければ、他の騎士達のようにロイゼルドも夜に遊びに行ったりするのだろうか。
ふとそう考えて悶々とする。
なんせ彼はたいそうモテるのだ。
リゼットは彼は奥手だと言っていたが、女装の自分をエスコートする様子を見る限り、ずいぶんと女性の扱いにも慣れているようだ。
「僕がいないとロイもたくさんやることがあるのでは?」
じっとりと睨みつけるとロイゼルドは慌てて、
「エルがいない間ちゃんとエルフェルムの捜索するから」
と、見当違いの返事をしている。
エルディアは、まあいいか、と息を一つ吐いて、
「お願いします」
とだけ返事した。
戻ってきたら見ていろよ、と思ったのは内緒である。
「時間だぞ!」
馬車を用意していたアーヴァインが、遠くから呼んでいる。
一年間、彼の従騎士をしてきた。
離れるのはやはり寂しい。
「また、戻って来るから」
俯いてそう別れを告げると、ロイゼルドはエルディアの頭をポンポンとなでる。
そして彼女の肩を抱きよせると、その耳元でこっそり囁いた。
「今度はキスしても部屋を壊さないでくれよ」
「!」
紫紺の瞳が甘い色を湛えている。
照れたように笑って、エルディアの身体を軽く抱きしめた。
動揺するエルディアの周囲に、クルクルと風が吹き始める。
ロイゼルドは危ないなあ、と冗談めかして固まる彼女の額を指で弾いた。
真っ赤になったエルディアが口をパクパクさせる。
「今はこれで我慢しておくよ」
俺の従騎士………そう言ってエルディアの頬に軽くキスする。
一陣の強い風が周囲の木々を揺らして、その葉を空へ巻き上げていった。
後日、白銀色の首輪をつけた羽の生えたピンク色のウサギが、レンブルの街外れで何度か目撃されたと噂された。
しかし、魔獣というには特に害もないようなのでそのまま放置されることになったという。
第一章完結いたしました。
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
応援していただいた方々にはとても感謝しております。
まだまだお話は続きます。
エルディアとロイゼルドは果たして恋人同士になれるのか?
なれたとしても、まずエルの刻印をどうにかしないと部屋ごと吹っ飛ばされますしね。
前途多難な二人ですが、引き続きこの物語を訪れていただけたら嬉しく思います。