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黒銀の狼と男装の騎士【改稿版】   作者: 藤夜
第一章 魔獣の刻印
23/126

23 希望

 レンブル城の広間を即席の医務室として、続々と運び込まれる怪我人達の間を魔術師と医師達が走り回り、医術と治癒魔法で治療をしている。

 かなりの重傷者も後から到着したアーヴァインの魔法による治療が行われたおかげで、殆どの者が命を取り留めることができた。

 

 魔獣との戦いから帰還した者たちの間で、熱狂的に語られていることがある。

 不死の魔獣フェンリルを倒した金髪翠眼の美少女についてである。


 強力な風魔法を操り騎士達を魔獣の攻撃から防御し、卓越した体術と剣技で魔獣の心臓を貫いた太陽の女神の如き少女。


 エルフェルムに瓜二つの顔貌から、彼の血縁者であることは疑うまでも無い。

 ヴィンセントが彼女はエルフェルムの双子の妹で、アーヴァインと共に王都から派遣された魔術師であると説明した。


 奇跡のような乙女に一目会いたいと城にやって来る人間も多数いたが、治療中だからとヴィンセントが全て追い返していた。

 騎士団の者にも彼女は王の秘蔵の魔術師で、簡単に会わせられる方では無いと伝えてある。



 

 噂の少女は城の客間でぼんやりしていた。

 アーヴァインを待っているのだ。


 治療を終えてすっかり回復したロイゼルドが、扉の前で壁に寄りかかって立っている。

 ちょっと隙を見せるとすぐに誰かが近づいてこようとするので、ヴィンセントがボロが出ないようにと彼にガードするよう指示していた。

 いつもの主従の関係が逆転していて微妙な気分だ。


 ロイゼルドは嬉々としてエスコートしてくれるのだが、エルディアは慣れていないのでこそばゆい。

 反対に彼の方は貴人女性の扱いは慣れているようで、エルディアを高貴な貴婦人のように扱ってくれるが、きっと彼女の反応をみて遊んでいる。




「エルディア様、時間がかかりそうなのでお茶をお持ちしましょうか」



 ロイゼルドが待ちくたびれたエルディアにいう。



「ロイ、二人だけの時は普通にしてよ。絶対面白がってるでしょ」


「いや、その格好が可愛すぎて」



 そう言いながらくつくつと笑っている。

 エルディアは憮然とした。



 腕輪が無いのでエルディアはずっと金髪の姿のままである。

 リゼットに借りたドレスを着ているが、落ち着かないことこの上ない。


 いや、こちらが本来の姿なのだが、ずっと男の格好をしていた身としてはついつい大股で歩こうとして、裾を踏みすっ転びそうになる。

 何度かロイゼルドに受け止めて貰って、いい加減裾を切ってやろうかと本気で考えた。

 これではリゼットの事をどうこう言えない。


 エルフェルムの事を心配していたリゼットに、自分こそが彼であると打ち明けたかったがヴィンセントに止められた。

 肩の刻印の事は魔獣に関わる機密事項であり、それを説明せずにその身を明かす事は難しいとの判断だった。

 彼は怪我が酷かったので、治療はしたものの念のための検査と報告のために、先に王都へ送らせたと言ってしまった。


 女装姿を揶揄されたと思ったエルディアは、唇を尖らせて文句を言う。



「僕だっていつまでもこの格好でいたくないんだけど」


「こっちが本当だろ?………てか、『私』だろ。言葉遣いが変だぞ」


「うう………いいでしょ、ロイしかいないんだし」


「見ているこっちが外見と合わなくて気になる」


「他人がいる時は頑張るって」



 口やかましいところは変わらない。


 そこへ治療に駆けずり回っていたアーヴァインが、やっと手があいてやってきた。

 どうして女の姿をしているのかと尋ねて、事の経緯を聞くなり目を吊り上げる。

 


魔道具(ブレス)を無くしただと?この阿呆!」

 


 ソファーに座っていたエルディアは、頭の上に降って来た怒声に首をすくめた。



「あれを作るのにどれだけ苦労したかわかっているか?」


「本当に死にそうだったんです。やっとで外して………」


「そのまま忘れた、と」


 

 しゅん、と俯く。

 後で置いて来たと思われる場所を探してみたが、自分の血の跡が残っているだけで何も無かった。

 誰かが持って行ってしまったのかもしれない。


 アーヴァインは深く溜息をついた。

 


「まあ、いい。フェンリルを倒したならもう要らんだろう」


「え?困ります」


「何でだ?」


「僕、騎士団に残ります」


「その必要は無いだろう?」

 


 もうフェンリルはいないのだから。

 さっさと女に戻れと吐き捨てる彼に、エルディアは困った様に首を振った。

 


「アーヴァイン様、刻印は消えてないですから」


「はあ?」

 


 エルディアは羽織っていたボレロを脱いで左腕を見せる。

 赤い魔術紋様は以前のまま、くっきりと刻まれていた。

 

 何でだ?

 驚愕するアーヴァインにエルディアは説明する。

 


「これはフェンリルの刻印ではなかったんです。僕とルフィが拾った子狼………ルフィと一緒に落ちたフェンという子なんですが、その子がどうも魔獣だったらしくて」


「そいつの仕業(しわざ)だったと」


「フェンリルの話では、この刻印は守護の印だそうです。名前をつけて知らずに僕は契約をしてしまったようです」


「それが消えていないということは………」


「そうです。フェンは生きています。そして、一緒にいたルフィももしかしたら」

 


 生きている可能性がある。

 


「僕はこのままレンブルでルフィの行方を探したいです」


「もう八年近く経っているのにか?」

 


 生きているならどうして出てこないのか。

 


「何か事情があるのかも。どのみちフェンを見つけないとこの刻印も消えないし」


「………」

 


 アーヴァインは無言で腕を組み考え込んだ。


 ドアの前で見張りをしていたロイゼルドを呼ぶ。

 


「ちょっとこっちに来てくれ」


「?」

 


 怪訝な顔をしてアーヴァインのもとへ来た彼に、何やら耳打ちする。

 


「えー?何で俺が?貴殿がやれば良いだろう」


「私では衝撃が足りん」


「はあ?危険手当は?」


「防いでやるから」

 


 キョトンとしているエルディアを横目で見ながら二人はコソコソと何やら押し付けあっていたが、押し切られたロイゼルドがエルディアにツカツカと近づいて来た。

 


「何?ロイ」

 


 見上げるエルディアの手を取ってソファーから立たせると、頬にかかる金髪をそっと後ろへ撫で上げる。

 見下ろす紫紺の瞳が妙に色っぽくて、まともに見れずに目を逸らして俯いた。

 ロイゼルドはその顎に指をかけて上を向かせ、エルディアの瞳を自分に向ける。

 そして顔を寄せて接吻(くちずけ)しようとかがみ込んだ。

 


「っ!!!!」

 


 声にならない悲鳴と共に、部屋の窓にはめ込まれたガラスが全て外へ向かって砕け散る。

 部屋中を嵐の様な暴風が走り抜け、調度品がガラガラと床へ落ちた。


 防御魔法を掛けていたのか、二人は吹き飛ばされることなく無事に立っていた。

 アーヴァインがやっぱりな、と部屋の惨状を見渡す。

 


「はあ………団長が怒るぞ」


「どっちにしろブレスは要るな。作り直すのにしばらく掛かる。一度王都に連れて帰るぞ」

 


 アーヴァインがそう宣言した。

 ヴィンセントが血相を変えて駆け込んできたのはそのすぐ後である。

 

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