11 予感
王都を出発して三日後、エルディア達はレンブル領の最大の街であるレンブル城下に入った。
黒竜騎士団の本拠地ともいうべきレンブル城は、団長でもあるヴィンセント・レンブル侯爵の城である。
城下に館を構える者もいるが王宮と同じく城内にも宿舎があり、ここに騎士団の約半数が居住している。
各地の魔獣による災害や隣国の不穏な動き、盗賊団の制圧等々必要時にはここから各地へ派遣される。
残りの騎士は各地の砦を護っていた。
ヴィンセント団長以下黒竜騎士団の一行が城下の街道を騎馬で通ってゆくと、街の人々が家々から出てきて通りに立って出迎えてくれた。
手を振ったり声をかけたりして歓迎してくれているのを見て、エルディアは旅の疲れを忘れてうきうきした。
レンブルに出立する前、エルディアは黒竜騎士団の制服を配られた。
エディーサ王国騎士団の制服は黒が基本である。
金獅子は刺繍とボタンが金、黒竜が黒銀、白狼は白銀、赤鷲は赤銅と色分けされている。
黒竜の制服は太陽の下では光を反射して煌めき、闇の中ではどこまでも昏い。
竜の鱗の様だ、とエルディアは思う。
黒竜ヘイロンは夜と水の神ロズィールの従臣といわれている。
闇に棲み孤独と平穏を愛するが、理に背く者には容赦無くその牙を剥く。
黒竜騎士団のシンボルである。
黒竜の制服を身に付けるとエルディアの銀髪が非常によく映えて、ロイゼルドがめちゃくちゃ似合うな、と褒めてくれた。
エルディアとしては、ロイゼルドの方がよっぽど似合うと思うのだが、それでも褒めてもらうと嬉しいので少し照れた。
街の人々は、新しく副団長になったロイゼルドと彼に並ぶエルディアを見ると、一瞬目を見張り息を飲んだ。
まるで絵画から抜け出した様な主従の姿に見惚れている。
当の本人は全く気がついていないが、あの銀髪の美少年は何者かと囁き合っていた。
ようやく城に着き、城門をくぐって各自宿舎へ向かおうとした時、中から飛び出してくる人影があった。
「ロイ様!」
品の良い赤毛の少女がロイゼルドに向かって駆け寄ってくる。
あどけなさの残る満面の笑顔が可愛い。
「おかえりなさいませ、ロイ様!お待ちしておりました」
そう言うなりロイゼルドに飛びついて抱きしめた。
「ロイ様がいなくてリズは寂しかったです!」
馬を降りたロイゼルドの胸に飛び込んでギュッとしがみつく。
頬をすりすり擦り付けて再会を喜ぶ様子は、まるで長く離れ離れになっていた恋人同士の様である。
「リゼット様………」
ロイゼルドは彼女の両肩に手を置いて、困惑したように立ち尽くしている。
斜め後ろで騎馬の手綱を預かっていたエルディアは、その様子を見て目を丸くしていた。
王都ではつゆとも聞いていなかったが、ロイゼルドにはレンブルに恋人が居たのか。
成る程、地位の高い貴族の令嬢であろう。
綺麗に櫛削られたストレートの髪や品の良さそうなドレスを身につけており、大切に守られているようだ。
歳の頃はエルディアとそう変わらないであろう。
ロイゼルドの周りでぴょんぴょん跳ぶ様子は主人に懐く小動物のようで微笑ましい。
(可愛らしい子だな)
そう思いながらじっと見ていると、リゼットと呼ばれた少女と目があった。
その途端、それまでの笑顔が凍りつき、ロイゼルドの胸から離れてその顔を見上げた。
そしてロイゼルドとエルディアの顔を交互に見比べる。
「?」
わなわなと震えてエルディアを睨みつけた。
「どうしてロイ様の隣に女の子がいるんですの?」
大声で詰問する少女を周囲の騎士達が苦笑いを浮かべて見守っている。
「こら!リズ!やめんか!」
騎士達の後ろからヴィンセントが足早に寄って来て少女を制止した。
「お前は全く変わっとらんな!はしたない事をするなといつも言っとろうが!」
結構な迫力にエルディアはひゅっと首をすくめたが、当の少女は叱られてもツンとそっぽを向いている。
それどころか、あっちへ行けと言わんばかりにシッシと手を振った。
「やっとロイ様に会えたのですもの。お父様はうるさいわ」
「馬鹿者、父には挨拶もなしか!」
「後で屋敷で会えるでしょう?」
「あー、もう、なんて奴だ!」
エルディアはポカンとしていた。
どうやらこの令嬢はヴィンセント団長の娘のようだ。
それにしても快活な性格のようだ。父親の威厳が形なしである。
「ロイ?」
ふとロイゼルドをみると、ひきつった笑顔を張り付けて固まっていた。
「ロイの恋人、団長のお嬢さんだったんだね」
後ろから小声で囁くと、ロイゼルドはバッと振り返ってブンブン首を振って否定した。
『違う!懐かれているだけだ!』
聞こえないように小さな声で返事をする。
目の前ではまだ父と娘がぎゃいぎゃいと言い争っていた。
(困ったな、馬置いてきていいかな?)
当分親子喧嘩が続きそうだと判断して、エルディアはこの場を離れて厩へ行くことにした。
「娘が失礼な事をしてすまん」
宿舎の部屋の片付けをし終わったころ、ヴィンセントがやってきてロイゼルドとエルディアに謝った。
「いえ、団長のお嬢さん可愛いですね。ロイが帰って来たのがよっぽど嬉しかったんですね」
「いや、いつもあんなだ。淑女教育をしているはずなんだが、どうにも田舎娘でな」
横でロイゼルドも無言でこくこく頷いている。
「でも僕のこと女の子だって気付いていたみたいだけど大丈夫かな」
女の感は凄い。意中の相手に近づく女がわかるのか。
ヴィンセントが溜息をつきながら、大丈夫だ、と返答した。
「エルは従騎士だと説明してある。悔しかったらもっと自分を磨けと言ってやった」
え?剣の腕を磨くの?と首を傾げると、ヴィンセントがぐったりした様子で手を振った。
「エルが男だと言ったらえらくショックだったようだ。あんな男がいるかと騒ぐので、顔で負けてるなら化粧でも研究しろと言ったんだ」
それはいくらなんでも酷い父である。
言動はどうあれ、リゼットはかなり可愛い方だと思うのだが。
「リズはロイの事が好きなんだが、ロイが引くほど迫りまくるので困るんだ。おまけに俺の言う事はさっぱり聞かん」
実の親にここまで言われるとは、これまでどんな事をやらかしてきたのやら。
ロイゼルドを見上げると、なんとも言えない顔で見返して来た。
「また何か言って来るだろうが相手にするなよ」
「出来る限りそうします」
ロイゼルドが苦々しく頷く。
「エルが隣の部屋にいるから、寝込みを襲いに来るような事はないと思うが」
寝るときは鍵をかけろよ、とヴィンセントが念を押して去ってゆく。
「素晴らしく積極的なお嬢さんなんですね」
「ああ、困ったことにな」
「で、そんなに好かれてるのにほっとくんですか?」
「馬鹿、上司の娘に手が出せるか。俺はロリコンじゃない」
まだ十四だぞ、とお手上げのジェスチャーをしてベッドに座る。
口調がくだけてしまっているのに気がついて、エルディアはクククと笑った。
成る程、同い年か。
ここまでロイゼルドを困らせる彼女に興味が湧いた。
レンブルでの生活はとても楽しいものになりそうだ。