6 氷の槍
自軍の動きを見ながらロイゼルドは魔物達の状態をはかる。炎で魔物の毒の攻撃を封じながら剣で攻撃を続ける作戦は、一定の効果をあげている。
ヴェーラの守護と双子の結界のおかげもあって、味方の負傷はまだ少ない。だが、魔物の爪や牙の物理攻撃は少しずつ兵士達の体力を奪っている。
回復の魔石や魔術師達の治癒魔法にも限界がある。それに思いのほか魔物の炎に対する耐性が強い。毒は浄化できても、ダメージを与えることはほとんど出来ていない。相手が治癒再生の身体を持っている以上、ジリジリとこちらの数が減っていくのは目に見えている。
リヴァイアサンに対した時のように双子に魔物を拘束させる案も考えたが、二体が相手ではそれも厳しい。しかし、炎に強いのであれば、反対に弱い属性もあるのではないか?
「ルディ!ルフィ!」
呼ばれた二人がロイゼルドの元へ向かう。
「なんでしょう団長」
「ロイ、あいつらを倒す方法が見つかった?」
「不死の魔物を退治する方法は、ルディ、お前が一番知っているだろう」
エルディアは首を傾げた。
「川に入って武器を拾って来るの?」
フェンリルを倒した時、エルディアは大量の剣を拾って来て使った。
武器を引き抜かねば傷は再生しない。
同じ事を考えていたなとロイゼルドが含み笑いをする。
「もっと簡単だ。ダリスの指示に従え」
ダリスは神殿とは反対側、川の方向に向かっていた。
そちらを指差して二人に示す。
「急げ」
「はい!」
取り囲む兵士達に向けて口が開かれる度、魔石の炎が魔物を襲う。斬り込む騎士達を守るヴェーラのシールドが、魔物の爪を弾き攻撃を防ぐ。だが、魔物達の激しい動きはそれらを振り切りながら、神殿に近づけまいとする彼等を徐々に押しつつあった。
負傷者がジリジリと増え、援護する回復役の魔術師も魔力が尽きつつある。
「くっそ、奴等の急所はないのか!」
斬りつけても斬りつけても魔物の身体はみるみる再生し、その力も全く衰える気配がない。数人が剣を突き刺したまま残して回復を遮ろうとしたが、魔物は器用にもそれを口で引き抜き落とした。
川辺のダリスの方向をじっと見ていたロイゼルドが、手をあげる彼の姿を確認する。
準備は出来たようだ。
「全員下がれ!防御態勢をとるんだ!」
指示が飛び、騎士・兵士達全員が一斉に魔物から退く。魔物達が逃げる人間達に追い縋り、攻撃しようと唸りをあげた。
黒い翼が羽ばたき、その重い身体を浮かび上がらせようとする虎と蜥蜴の背後から、ダリスの黒いマントが風に煽られはためくのが見えた。
彼の周囲に透明な水晶のような塊が無数に輝いている。
ダリスが左右に立つ金と銀の二人の騎士に合図を送ると、それが風を斬り魔物達の頭上から雨のように降り注いだ。
「ギャンッ」
「グワッ」
獣達の口から苦痛の鳴き声が漏れる。
「氷の槍………」
「副団長の魔術だ」
ダリスが川の水で作る氷の槍をエルフェルムとエルディアが風で操り、四方から次々と魔物を攻撃する。
鋭い氷の棘は強い風の力で易々とその硬い皮を突き破り、魔物の身体に針のように突き立ってゆく。凍る刃は魔物達の動きを抑え、突き立った槍は魔物の血液すら凍らせてゆくようだった。攻撃を止めた魔物達は血を吐き大地にはいつくばり、荒い息を吐いている。
やはり、氷には弱い。
「首を落とせ!」
ロイゼルドの号令に兵士達はウォーと一斉に声を上げ、斬りかかろうと剣をかざした、その時だった。
「ピーッ!」
ヴェーラが常ならぬ甲高い鳴き声をあげた。
見上げるロイゼルドの目に天空に浮かぶ黒い人影が映る。
空を飛ぶ人間?
その手に小さな光が灯るのが見えた。
「退避!」
危険を察知したロイゼルドが叫ぶ。
エルディアとエルフェルムが急いで結界を軍全体に張り巡らせる。
その一瞬の後、
ゴウッ
轟音と共に空から巨大な炎の塊が降って来た。
それはその場にいる者全てを包み込む程の大きさで、大地に触れると再び神殿の尖塔の天辺までの高さに膨れ上がった。
目の前で魔物達の身体が燃え上がる。
白い炎に包まれ、魔物を貫く幾本もの氷の槍が瞬時に溶け、蒸発した。
エディーサの兵士達は結界に守られていなければ、火だるまになり燃え尽きていたに違いない。かすかに光る風の結界が炎を遮断していてもなお、熱が肌をチリチリと焼く。
結界を張る二人は風の厚みを増し、燃える炎を退けようと魔力を注ぐ。
結界越しに見える魔物達の琥珀の瞳が再び光を取り戻し、炎の中でその傷ついた身体がみるみる再生してゆく。
虎と蜥蜴の魔物が身を起こし空を見上げた。
炎が嘘のように消えて、辺りに白い煙が薄く漂う。
「嘘だろう…………?」
誰かの声が聞こえた。
トドメを刺し損ねた二匹の魔物が琥珀の瞳を爛々と燃やしている。
そしてそのそばに四つ足の獣が二体、新たに降り立っていた。




