5 虎と蜥蜴
宙へ跳び上がった虎はバサリと背中の羽を一振りし、一足で軽々と川を飛び越える。空を飛ぶ蜥蜴もバサバサと羽ばたき、重そうな鱗の光る身体をうねらせて迫って来る。
味方であった者達の転がる川を飛び越えて、二匹の魔物がエディーサ王国軍に食らいつかんとその牙を剥いた。
「ガウッ」
「グワオッ」
エディーサの騎士達から数十メートル離れた場所に降り立った獣達は、左右に頭を向けて吠えた。
「構えろ!来る!」
ロイゼルドの言葉が響くや否や、虎が口から黒い塊を吐き出して飛ばした。
上空へ飛び立ったヴェーラが羽ばたきと共にシールドを投げ、標的となった騎士を守る。シールドに跳ね返った黒い毒槍は、音もなく地面に落ちた。
地面がジュッと音を立てて溶ける。
「毒に触れるな!気を付けろ!」
炎を操る者達が獣の攻撃に備えて呪文を唱える。その詠唱を耳で聞きながら、剣を抜いた騎士達が飛び掛からんとする獣の攻撃の瞬間を待っていた。
次の瞬間、二匹が大きく跳躍する。
エルディアが天に向けて右手を挙げる。その手が瞬時に青い炎に包まれた。その炎を巻き上げて、エルディアの風が空へ渦を描く。
そして、空を飛ぶ蜥蜴ヘ向けて、炎の刃を投げつける。次々とその手から放たれる炎が、鱗を切り裂き蜥蜴の身体を焼く。翼を焼かれ大地に落ちてきた蜥蜴の身体が、炎に包まれ見えなくなった。
エルディアは更に風を送り炎を煽る。その中心で蜥蜴の魔物は燃える炎を平然と眺め、フルフルと身体を揺すって炎を消した。
そして、焦げた鱗が剥がれ落ちたと思うと、傷がみるみる盛り上がり癒えてゆく。
「再生するのか」
厄介な、そう呟く騎士達に向けて、蜥蜴が大きく口を開く。
「来るぞ!」
「ルディ、下がって!」
カルシードが呼ぶ。
エルディアは頷いて飛びすさった。
「グワッ」
牛蛙の鳴くような声がして、黒い粘液が蜥蜴の口から吐き出される。それは周囲に飛び散り、エルディアが先程まで立っていたところにべちゃりとかかった。
ジュワッと水の蒸発するような音がして、地面が黒く溶ける。
魔術師の炎の槍が、再び開かれた蜥蜴の口目掛けて放たれ突き立った。
口を閉じた蜥蜴の脇腹をカルシードの剣が抉る。
「ギュルルル」
赤黒い血を流し苦痛の唸りをあげた蜥蜴は尾をバシバシと地面に打ちつけた。それでもみるみる傷口は塞がってゆく。
一方、蜥蜴とは反対側に飛び込んだ虎は、周囲を取り囲んだ兵士達をその琥珀の瞳で睨みつける。剥き出しになった牙が涎でてらてらと光っている。
不意に虎が一番前で剣を構えていた騎士の馬に、その黒い爪の一振りを浴びせた。ヒンとも言う間もなく馬が崩れ落ち、馬上の人間が投げ出される。驚く後ろの者達に向けて、虎はすかさず飛びかかった。
「怯むな!」
兵士達が一斉に応戦する。
大きな爪を剣で受け止め、数人が一斉に斬りつける。その背後から動きの止まった虎目掛けて、エルフェルムの風の槍が撃ち込まれた。首を振って兵士達を跳ね除けた虎は、その槍を避けて再び宙へ飛び上がり、その牙の並んだ口を大きく開く。
「下がれ!」
ロイゼルドの指示に兵士達が飛び退く。
炎を宿した複数の手が虎ヘ向けられる。魔術師達の手から放たれた青い炎に、虎の吐く毒槍がジューッと煙をあげて絡め取られ消えた。
唸る虎は構わず炎の主達に狙いをつけて宙へ跳ぶ。その腹に向けて再び風の槍が数本撃ち込まれた。
「ギャンッ」
柔らかい腹はさすがにこたえたのだろう。ぼたぼたと血を流し、虎は地面に落ちて這いつくばった。琥珀の瞳が怒りに赤く燃える。
「今だ!」
四方から飛び掛かった騎士達が斬りつけようと剣を振り上げる。だが、尾を地面に打ちつけ起き上がった虎が、彼等をその前足の一振りで吹き飛ばした。
辺りが血に染まり複数の呻き声があがる。魔術師とエルフェルムが急いで走り、治癒魔法をかけてゆく。
「傷を負った者を下がらせろ!」
虎の前に兵士達が集まり行手を遮る。その人垣に向けて再び咆哮と共に撃ち出された毒槍は、空を舞うヴェーラが羽ばたきと共に弾き返した。
「もう治ってやがる」
自らの血か返り血か、赤く染まる虎の毛皮は汚れていても傷が塞がっている事が見てとれた。
グルル、と唸りを上げるが痛みを感じている様子もない。治癒速度が速い。
「フェンリル二匹を相手にするようなものか」
ロイゼルドが低く唸った。
「だが、やれぬことはない」
唇を引き結び、紫紺の瞳が強い光をたたえる。
「攻撃を続けろ!再生する化け物でもダメージを与え続ければ弱ってくるはずだ!炎を持つ者は奴等の口の動きに注意して毒を封じろ!」
ただの傷ならエルフェルムと魔術師達が癒やしてくれる。その安心感があるだけで、兵士達の士気も上がる。
上空からヴェーラも援護してくれている。
フェンリルと同じであれば、方策はある。
「ダリス」
副官の名を呼ぶ。
魔術師達の指揮をしていたダリスが駆け寄って来る。
「なんでしょう、団長」
「お前に頼みがある。出来るか?」
策を思い付いた。
そう言って、ロイゼルドはダリスに伝え、ダリスは微笑んで頷いた。




