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黒銀の狼と男装の騎士【改稿版】   作者: 藤夜
第四章 終焉の神
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25 終章

 静かな宮殿の広間の天井まで続く大きな窓のそばで、一人の長身の男が立っている。黒髪に黒衣、赤い瞳だけが鮮やかに色を持ち、窓の外を無言で眺めていた。

 その顔に表情は無い。冷たいその横顔は作り物の人形の様でもある。


 カチャリ

 金属の擦れる音がして、広間の入り口の扉が開いた。男は意に関せぬように、ピクリとも動かない。



「ロキ様」



 名を呼ばれて初めて振り向いた黒髪の男は相手を見て、その美しい顔に少しだけ笑みを浮かべた。



「私に何か用か、王よ」



 返事を受けてトルポント国王は、頭を下げるべき相手はいないはずの自国の宮殿において、目の前の若い男に深く礼をする。



「捕らえたスリムの王とレヴィナの公子はいかが致しましょうか」



 ロキと呼ばれた黒髪の男は不思議そうに首を傾げた。



「何か役に立つのか?必要なければ自由に処分するが良い」



 興味のなさそうな反応に国王はホッとした素振りを見せる。

 それを見て男は呆れた表情を見せた。



「そなたの望みはこの大陸の全てを手に入れる事。他の統治者なぞ生かしておいても仕方がなかろう」


「…………そうです」



 肯定の返答に迷いを感じて、男の眉がひそめられる。

 最初にレヴィナ公国を制圧した時は、この国王は興奮して喜び、飛び跳ねんばかりの様子だった。

 それが今、目の前の彼はどうだろう。


 レヴィナ公国との戦の片付けをしていた、そこへスリム王国が宣戦布告し公国を奪還せんと攻め込んで来た。


 トルポント王国の兵士達が疲弊していたので、面倒になって彼の国の中を連れてきた四匹の魔物達に好きなように走らせた。

 魔物等は騎士も兵士も薙ぎ倒し、家々を壊し民を喰らい、そして自分の命じた一部の人間を残して全てをいたぶり消した。

 『殺した』のではない。『消した』のだ。


 その後からだ。

 この狭隘な精神の王が小さく怯える様になったのは。




「死を見る事が怖くなったか」


「いえ…………そういうわけでは」


「私を召喚したのはそなたの意思であろうに、何故迷う」


「…………人である故に」



 この目の前の男に嘘は通じない。

 わかっている王はあるがままに答えた。



「面白いな。人間の感情は理解できぬ」



 さらりと言って、また窓の外へ目をやった。すでに誰も存在しないかのように景色を眺めている。その血のように赤い瞳は、すぐ外ではなく遥か遠くを見ているようにも見えた。

 その背後で首を垂れていた王は、一度立ち去ろうとして立ち止まる。そして、躊躇いを振り払い前方の男を見て口を開いた。



「スリムの民を消した理由を伺っても良いでしょうか」


「あれらが必要であったか?」


「統治する上で民衆が居なければただの山野と同じ」


「大地だけでは手に入れても仕方がないと?贅沢なものだ」


「……………」



 黙りこくった王をちらりと横目で見て、男はまた窓の外に目をやった。



「契約は互いの利益を与え合う上で結ばれる。我等がここに留まる為には、力となる贄が必要だ」



 人々の憎悪と闇から生まれた魔物には、神獣とは違って糧が要る。



「私の子供達は恐怖と苦痛を喰らって、今は十分満足しているようだ。しばらくは要らぬ。だが、必要になれば契約通り差し出せ」


「わかりました」



 もう一度頭を下げて、今度こそ王は広間を退出した。




「面倒だ」


 誰もいなくなった広間で、男はそう呟いた。

 召喚に応じたからには契約上、召喚者を殺すことは出来ない。縛りがなければとっくに消しているのに。


 あの人間を自分が手にかけると、途端に結界の外へ弾き出されてしまう。寿命で死ぬまで待つか、あるいは誰ぞにやらせば縛りは消え自由になれる。短いとは言え、それまで退屈な時を過ごすのは我慢がきかない。


 せっかく遊べるのだ。この自分の片割れが創り出した世界で。


 壊れてしまえばまた彼が新しい世界を創るだろう。常に新しい創造を促す為にも、自分は壊さねばならない。そう理屈をつけてはいるが、実のところは暇潰しに過ぎない。丹精込めて創り込まれたものほど、壊す時が楽しい。

 それは自分が生み出した魔物に関しても同様だ。必要でなくなれば壊すだけ。



 ロキ——ガルザ・ローゲは遠くを見つめる。

 その眼には聖地に眠る女神の姿が視えていた。

 彼の片割れに似た、柔らかで美しい顔が目を閉じている。



「どうして天空を捨ててまで、このようなとるにたらん存在の側にいようとしたのやら……理解に苦しむな」



 そう呟いた男の赤い瞳に一抹の感傷が浮かび、そして凪いだ水面の様に静かに消えた。

 彼にとって、この世界はもうこれ以上存在させておく意味はない。ただ一つだけ、その存在さえ手に入れられれば。



「終わらせてこそ、その作品が完成する。残しておくほど価値が下がると言うもの」



 まるで芸術家の様な言葉を吐いて、終焉の神は窓から離れ目を閉じた。


 


 第四章完結です。

「え?ここでかい!」となった方々には申し訳ありません(汗)。

 四・五章はぶっ通しです。

 ここから先は甘さ控えめ、物語のクライマックスの戦いへ突入します。

 

 エルディアとロイゼルドも、神と神獣と人間の大陸全土を巻き込んだ戦いに容赦なくのみ込まれてゆきます。


 最後の戦いの後、彼等がどうなっているのかを見届けていただけると嬉しいです!

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