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黒銀の狼と男装の騎士【改稿版】   作者: 藤夜
第四章 終焉の神
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24 侵略の行方

 軍議を終えたロイゼルドとダリスの元に、王宮の医務室から戻ったエルフェルムがやって来た。いつも柔らかな彼の顔が曇っている。



「団長、副団長。少し報告があります」


「なんだい?」



 ダリスが促すと、エルフェルムは苦痛を浮かべた表情で伝えた。



「治療をしていた方が亡くなりました」



 ロイゼルドとダリスが顔を見合わせる。

 エルフェルムの治癒魔法はかなりの高度なものだ。重傷だったとはいえ、間諜は帰国して報告ができる程度にはまだ動けたはずだ。

 十分回復させることは可能だと思っていた。



「何故だ?会話が出来ていたのだろう?」



 ダリスがそう問うと、エルフェルムは首を横に振った。



「初めのうちは僕もそう思っていました。ですが、彼の傷は普通の傷ではありませんでした。魔物の放った毒槍によるもの。傷を塞いでも塞いでも…………傷口から溶けるのです」



 エルフェルムの瞳から涙がこぼれ落ちた。



「僕の力では解毒までは無理でした。彼は…………遺体すら溶けて、消えました」



 手にぽたぽたと落ちた水滴をぎゅっと握りしめる。ロイゼルドはエルフェルムの銀の頭を肩に抱いた。

 幾人もの兵士の死も眺めてきたであろう彼が、助けられなかった命の消失に嗚咽している。どれだけ壮絶な死であったのか、想像するにかたくない。



「団長…………皆に伝えてください。あの毒を絶対に受けない様に。僕では助けられない!」


「わかった」



 ロイゼルドの肩が濡れている。

 声を殺してエルフェルムは背中を振るわせていた。



「ダリス、アーヴァイン殿に依頼がある。伝えてくれ。炎の魔石を大量に作って欲しい。毒を浄化する方法も探してくれ」


「炎ですか?」


「ルディが聖地を襲った毒蛾の毒を炎で浄化した。だが、受けた人間は燃やすわけにはいかんだろう」



 あの天才ならば何か思いつくかもしれん、そう言うとダリスも頷き、頭を下げるとすぐに走っていった。

 その後ろ姿を見送りながら、ロイゼルドは密かに思った。

 トルポント王国は、そしてレヴィナ公国は現在どの様な景色に変じているのだろうかと。

 街に住む人々は今もまだ生きているのだろうか。

 魔族は人も獣も捕食し無に還す。魔族を召喚した、その贄とはなんだったのだろう。




     *********




「鷲獅子騎士団の本拠地を聖地に移動させる」



 翌日、ロイゼルドはそう騎士団の全員が並ぶ中で伝えた。



「トルポント王国が魔物をもって神殿を破壊せんとしている。他の騎士団はトルポント軍の兵士に相対する為にレンブル領に配備をするが、我等が守るのは聖地だ。我々の相手は主に魔族となるだろう」



 見渡す騎士の(おもて)には驚きと、いよいよかという高揚が広がる。



「聖地の大神殿の地下に、世界を魔族から守る結界を張り、眠り続ける女神がいる。魔族の狙いは結界の消滅。絶対に防がねばならない」



 神話の世界の話を現実に見て、まだ動揺を隠せない者が多数いるようだ。

 ロイゼルドは仕方あるまい、と思いつつ、他言無用と釘を刺す。



「七日後に出立する。各自準備を整えておくように」



 そう言い終えた彼の肩に赤い鷹が舞い降りてきてとまった。



「何だ、ヴェーラ。聖地は嫌いだったのではないのか?」



 そう言うと、鷹は不機嫌そうにロイゼルドの頭をつつく。

 くるりと姿を翻し、赤い美女に変化(へんげ)したヴェーラが腕を組んで唇を尖らせた。



「わらわをみくびるでない。フェンリルが戻って来るまで主達を守護してやろう。そう簡単に女神を起こされては(たま)らぬからな」



 皆の前で変化を見せた魔鳥は、驚く騎士達に向けて妖艶な笑みを見せる。



「なに、不安に思うことはない。闇の魔族など魔力も持たぬ下等な奴等じゃ。数がちと多いのと毒にさえ気を付ければ良い。わらわも長く眠っておったので、運動不足解消にもってこいじゃ」



 漆黒の瞳が不穏に光る。



「たしかに魔物よりお前の方が怖そうだ」



 ロイゼルドが茶化すと、ヴェーラはふふふと声を洩らした。



「言っておくが主よ、わらわは攻撃には不向きぞ。だが、守護は得意じゃ。上手(うま)く使えよ」


「了解した」



 頷く彼をフンと鼻で笑う。



「契約をすれば主も魔力を得られる。今こそ必要だとは思わぬか?」


「遠慮する」


「全く、頑固じゃのう」


「器の大きさに合わない力は害でしかない。俺は自分の器はわかっているつもりだ」


「わらわが見込んだと言うに」


「お前が見込んだのは顔だけだろう」


「わかっておらぬのう」



 ヴェーラは苦笑を残して再び鷹の姿に戻った。





 七日後、鷲獅子騎士団がグレイ領の城へ入ると同時に、スリム王国軍がトルポント王国軍と衝突し、スリムの王都が落とされたとの連絡が入った。

 スリム王国の宣戦布告から僅か三日後の事だった。


 戦いの跡を確認に入った間諜が見たものは、何もない国土だった。戦場となった平原に、戦いで本来出るはずの犠牲者の姿は残されていない。葬った跡もなく、焼け野原だけが広がっていた。


 街は全て焼き尽くされ人の姿は無く、皆行方不明だという。王宮には黒い霧が立ち込めており、国王も王宮の人員も皆消えて居なくなっていた。トルポント王国に捕らわれてしまったのか、それとも殺されたのか。少なくとも他国に逃れた様子はなかった。

 スリムは無人の国になっていた。


 何が起こったのか…………


 エルフェルムの話を聞いていたエルディアは、報告を聞いて眩暈がした。

 命を持つもののすべてを溶かす毒、それは一国の全てを溶かし滅ぼしたのではなかろうか。トルポント王国は一体いかなる化け物を、この大地に招き入れたのか。

 唇を噛み締めてエルディアは、事の成り行きをただ見守る事しか出来ない自分を呪った。


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