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アベルの過去

 外は春の陽気に照らされた丘だった。気温は心地よく、旅立ちにはいい日だった。

 後からやってきたサマンサに尋ねる。


「世界を滅ぼしたい人間がいる当ては、あるの?」

「マモンの街よ。マモンの街には、全てが集まるわ。マモンは強欲の街と呼ばれて人も多いわ。マモンの街に行けば、一人や二人、世界を滅ぼしたい人間がいるでしょう」


「人が少ないより、多いほうが目当ての人間に遭う確率は高い、か」

 サマンサと一緒に歩いて行く。


「サマンサは腕の立つ魔術師なんでしょう。僕を連れて転移魔法でマモンまで一気に飛べないの?」

「マモンは大いなる魔力に守られた街よ。(あらかじ)め魔術師ギルドにお金を払って登録した人間しか、転移魔法で入れないわ」


 装備の質は時として持ち主の技量を表す。

 サマンサのローブとワンドは安物には見えなかった。


「お金が足りなかったの?」

「足りないのは、金ではなく、コネよ」


 金とかコネとか、外の世界も大変だな。

 もっとも、そんな世界は超兵器アポルオンが破壊する。


「マモンまで、どれくらい?」

 サマンサは少しばかり考える仕草をする。

「近くのサイバ村まで歩いて五日、そこから厩舎で馬を借りて、十日でマモンよ」


「距離的に結構あるね。サイバ村までは、転移魔法で飛べるんでしょう」

「サイバ村までなら、飛べるわ。でも、安全に転移魔法を使うには高価な触媒が必要だから、歩きましょう。急ぐ旅でもないし」


 戦利品部屋で高価な品を手に入れたくせに、変なところでけちくさいな。

「今まで随分と待ったんだ。五日間くらいのロスは問題ないか」


 サイバ村に向かう。道は細く、獣道も同然だった。

 人とすれ違う展開もなかった。


 辺境のサイバ村と超兵器アポルオンを安置している終末の武器庫とを繋ぐ道だからな。(さび)れていて当然か。


 道中、サマンサに今の世界がどうなっているかを尋ねた。

 サマンサは私見を交えて教えてくれた。


 簡単に纏めれば、冒険者の時代はピークを過ぎていた。

 遺跡の発見報告は減り、人類が世界の隅々にまで進出する。


 魔境や秘境と呼ばれる場所も日に日に減って来ていた。

 世界は安定期に入り、冒険者の居場所が少しずつ小さくなる。そんな時代だった。


 ただ、これから行くマモンの街は、例外だった。

 マモンの街にあるダンジョンの最深部は未達。凄い宝が眠っているとの噂があった。


 マモンの街は今も夢物語を追う冒険者たちの貯まり場になっていた。

「冒険者の時代の終わりに取り残されまいと縋りつく哀れな人々」と、サマンサはマモンの街に群がる冒険者を酷評(こくひょう)していた。


 サイバ村からあと一日の場所まで来た。

 夜営の時にサマンサが質問する。


「アベルと名付けた人って、いるの?」

「いないよ。僕が生まれて初めて服を着た時のことだよ。服にネームの刺繍(ししゅう)があった。刺繍がアベルと読めた。その時から僕はアベルを名乗った。ただ、それだけさ」


 サマンサはアベルに興味を示して尋ねる。

「言葉は誰から習ったの?」

「知識は人間の脳から抜けるんだよ。死んだ冒険者から必要な知識は抜いた」


「じゃあ、知識の抜き方は誰から教わったの?」

「最初から持っていた能力だよ。アポルオンの鍵たる僕には、アポルオンの起動に必要なデータを人間の記憶に直接に書き込めるんだ。また、書き込んだデータを取り出す能力が備わっている」


「なら、三日も掛けて私に使用方法を教えなくても、よかったでしょう。私の記憶に書き込めば早かった。違う?」

「人間の記憶って壊れやすいんだよ。読み込みはいいけど、書き込みはリスクがあるからね」


「もしかして、魔法も使えるの?」

「使えるよ。ただ、長ったらしい詠唱は面倒だから、あまり使いたいと思わないね。剣で殴ったほうが早い」


「剣の腕は、どれくらいなの。達人級?」

「強さって相対的な尺度でしょ。剣で人と戦った経験がないから、わからないよ」


 サマンサは忠告した。

「知っておいたがいいわよ。アベルは人間の振りをしていたほうがいいわ」


 サマンサの意図が、いまいち読めない。

「どうして? ここに世界を滅ぼす鍵があります、って宣伝したほうが、早いと思うよ」


「価値あるものほど、人は欲しがる。安売りは厳禁よ。それに、正直にアポルオンの鍵だと吹聴(ふいちょう)したほうが、人は信じないものよ」


 アベルを高く人に売りつけたいサマンサとしては、当然の反応だった。

 ここでサマンサと喧嘩するのも馬鹿らしい。


「わかった。なら、人の目があるところでは、人として振舞うよ」

 闇の中でアベルたちを狙っている存在には気付いていた。


 勘が告げる。気配は人ではない。大きな獣だと思った。

 僕を夕ご飯にしようと思ったのか。残念だけど、そうはならない。


 サマンサも気配に気が付いたのか、そっとワンドを取り出す。

 獣は奇襲に失敗したと悟ったようだった。


 一気に距離を詰める。獣――虎が猛然と飛び出してきた。

 虎の大きな口がアベルに迫る。


 アベルは剣を抜く。虎の眉間に叩きつけた。アベルの動きは、虎よりも数段に速かった。

 バキっと虎の頭蓋骨が砕ける音がする。


 虎はそのままアベルに伸し掛かる状態になって痙攣した。

 虎の全長は五m。アベルの三倍はあった。


 恰好は虎に似ているけど大きさから評価すると虎じゃないな。

 だが、アベルは軽い毛布でも退()けるように虎を足で蹴とばす。


 サマンサが真剣な顔をして確認する。

「眉間を叩き割られて死んでいるわ。即死ね」


 剣を確認すると、反りが伸びていた。軽く剣を振る。剣がぶるっと震えた。

 剣から血脂が流れ落ち、伸びた反りが元に戻る。


 虎を観察すると、虎には鳥のような羽が生えていた。

 ただの人食い虎ではないのか。これ、何ていうモンスターなんだろう。


 サマンサが感心する。

「飛虎が一撃とは、結構やるわね。並の戦士でも、こうはいかないわ」

「そうかな、所詮は獣だよ」


 一日、歩いてサイバの村に着くと夕方だった。宿を取る。

 翌朝、宿で簡単な朝食を摂った。


 アベルには食事は必要ない。だが、食べようと思えば食べられる。

 少量だけサマンサに付き合う気持ちで、食事を口にする。


 身なりの良い年配の老人が声を懸けてくる。

「旅の冒険者の方とお見受けします。少し、お時間をいただけますかな」


 何の用件かは知らない。だが、面白くない話だと予感した。

 この老人は世界を滅ぼしそうに見えない。相手にする必要性は感じないな。


 世界を滅ぼさない人間は、アベルにとって無価値だった。

「一つ質問に答えてくれるなら、話を聞くだけ、聞いてあげるよ」


「何でしょう」と老人は構えて訊き返す。

「貴方は世界を滅ぼしたいと思っていますか?」


 答えはNOだと思うが、尋ねる。

 身近にアポロオンを使いたい人間がいて見逃したら、滑稽だ。


 老人が怪訝な顔で答える。

「いいえ、そんな物騒な思想なんて、考えたことすらありません」


 外れか、無理もない。だが、地道に探すしかない。

「なら、次はあんたの番だね。用って何?」


 老人は礼儀正しく名乗った。

「私はこの村の村長をしています。イーサンです」

「村長さんか、村に何か問題でも起きた?」


 アベルは、ぼんやりと思う。これは確実に僕にとって、どうでもいい話だな。

 イーサンは言葉を続ける。


「村の近くに飛虎と呼ばれるモンスターが現れました。恐ろしいモンスターです。冒険者を雇って退治しようとしました。ですが、失敗したのか冒険者が帰ってきません」


 飛虎すら倒せないとは、イーサンは外れを引いたな。

 もっとも、超兵器アポルオンの終末の武器庫を目指し、世界を滅ぼそうとしない冒険者は、死んでも惜しくはない。


「それは、気の毒だね。それで?」

 イーサンは困った顔で頼んだ。

「マモンの冒険者ギルドに手紙を持って行ってもらえませんか。もっと強い冒険者を派遣してくれるように、再度、依頼を出したい」


「そいつはラッキーだね。問題ないよ。昨晩、夜営していたら飛虎が襲ってきた。倒しておいた。嘘だと思うなら、場所を教えるから、探したらいい。死体があるよ」


 イーサンはアベルの言葉を疑った。

「飛虎をお二人で倒したなんて、本当ですか? 飛虎を倒しに行って戻らなかった冒険者は五人でしたよ」


 サマンサが澄ました顔で告げる。

「本当よ。よかったわね、村長さん。報酬が発生する前に倒されていて。こういう幸運も、たまにはあるのよ。さあ、アベル一緒に出発しましょう」

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