超兵器アポルオン
なぜ生きているのか? 理由は簡単だ。壊すためだ。
アベルは世界を滅ぼす兵器のアポルオンの鍵だった。鍵だった、と表現する理由はある。
アポロオンの鍵は人間の姿を持たなかった。思考もしなかった。だが、いつの日かアポルオンの鍵は自我を持ち、アベルだと自己を認識していた。
希望もない。絶望もない。薄闇の中で、アベルは世界を破壊してくれる存在を待っていた。
アベルはぼんやりと、台の上に腰掛けている。
アベルのいる部屋は一辺が六十mもある立方体の空間だった。
ちょっと振り返る。
空中には直径三十mの真黒な球体が太い棒で二つ連なった装置があった。
装置の名はアポルオン。世界を破壊できる超兵器だった。
アベルが腰掛けている台座は超兵器アポルオンの制御コンソールだった。
コンソールは起動しておらず、今は、ただの黒い箱だった。
無機質な女性の声が響く。
「侵入者が最終防衛区域に現れました」
アベルの前にA四サイズの鏡が現れる。
鏡にアベルの姿が一瞬だけ映る。
アベルの年齢は十六くらい。髪は黒髪。瞳の色は黒。少し尖った顔をして、目付きは険しい。服装は上下ともに丈の短い茶の服を着ている。
鏡に映る光景が変わる。鏡には六人の人間と大型ミスリル・ゴーレムが戦っている場面が写し出されていた。
面白くないも戦闘が眺めていた。人間は一人また一人と倒れて行く。
鏡に映っていた映像が消えた。映像を送信している装置が壊された。
別にどうでもよかった。人間たちの敗北は濃厚に思えた。
また、長い待ち時間が始まる。
アベルは鏡を軽く弾いた。鏡は消えてなくなる。落胆はない。これが普通だった。
薄闇の中、またぼんやりとしていた。
長い時間が経過する。アベルにやる仕事はない。
ただ、待つだけ。普通の人間なら気が狂う時間を過ごす。
アベルは飲食を必要としない。睡眠も必要はない。眠くもない。
部屋の隅からジジジと金属が焼ける音がした。
アベルは視線を壁に向ける。壁から火花が散っていた。
侵入者か。警告がなかったな。ミスリル・ゴーレムの部屋をやり過ごしたのか。
要領の良い奴だと感心した。侵入者は壁を焼き切って押し入ろうとしていた。
ついに来たか。待ちくたびれちゃったよ。
アベルは陰鬱な時間から解放されると知り、少しそわそわした。
壁が四角く焼き切られる。壁が倒れて、中に人が入ってきた。
アベルは部屋の灯りを点けた。白い光に照らされて一人の女性が浮かび上がる。
外見の年齢は二十代後半。身長は百六十㎝と、アベルより十㎝低い。
金色の髪を肩まで伸ばし、青のとんがり帽子を被っている。
肌は雪のように白い。恰好は紫のローブを着て、木製のワンドを持っていた。
女性はアベルを見て、青い瞳に警戒の色を浮かべる、
「子供がこんな場所にいるわけがないわよね。貴方がアポルオンの最後の番人?」
アベルはコンソールから下りた。
「僕の名はアベル。アポルオンの鍵だよ。どうでもいい情報だけど、お姉さんの名前は?」
「サマンサよ。貴方が起動の鍵だとすると、アポルオンは使えるの?」
いいね。ついに来たよ。世界の滅びの時だ。
「僕は待っていたんだよ。僕を使って世界を壊してくれる人間を。いや、別に、人間じゃなくてもいいか。とにかく、世界を壊してくれる存在なら何でもいい」
サマンサは少しばかりむっとした顔で詰問した。
「答えになっていないわ。私は、今すぐ使えるかと聞いているのよ」
せっかちな女性だな。
「使えるはず、としか答えられないね。だって、僕はアポルオンが動く場面を見た記憶がないんだもの。でも、起動方法は、わかる。さあ、世界を滅ぼそう」
「拒否したら、どうするの?」
アベルの心に怒りが湧く。アベルは待っていて。
何年、何十年、下手をしたら何百年も待っていた。
長時間も待たされた挙句に超兵器アポルオンを使わないなんて、決断は許されない。
「サマンサ。アポルオンを使わない選択は、賢いとは評価できないよ」
サマンサは素っ気なくアベルの言葉を斬り捨てる。
「人間は、得てして馬鹿なものよ」
交渉決裂の言葉が胸に浮かんだ。アベルは体の前に力を集める。
直径三十㎝の黒い球体を生成した。黒滅球と呼ばれる術だった。
黒滅球は触れる物を光に換える。当たれば、サマンサは消えてなくなる。
黒滅球を投げつけた。時速千㎞以上の速度で、黒滅球はサマンサに飛んで行く。
サマンサがワンドを振る。黒滅球が不自然に軌道を変えた。
アベルの放った黒滅球がサマンサの背後の壁に当たる。
壁は光を撒き散らし、大きく抉れる。
次々とアベルは黒滅球を生成してサマンサに投げつけた。
サマンサは焦ることなくワンドを振り続けた。
アベルの攻撃は、サマンサに当たらない。攻撃が当たらない状況に、アベルは苛立った。
伊達にここまで来たわけじゃないのか。なら、これならだどうだ。
アベルの前方に太さ二㎜の黒い線が形成される。こちらは死命線と呼ばれる術だった。
死命線は天井から床まで伸びていた。
死命線が高速で直進する。死命線は触れる物、全てに死を与える力があった。
サマンサはワンドを振らずに、機敏に死命線を見切って避けた。
アベルは死命線を形成して次々と繰り出す。だが、サマンサには当たらない。
ならば、こうだ。アベルは部屋の灯りを点滅させた。
光と闇で死命線を見切りづらくする策に出た。
だが、サマンサは躱し続けた。驚くほどサマンサに攻撃が当たらない。
あまりに当たらないので、違和感を持った。まさか、幻術か。
意識を内側に持ってきて気合いを入れる。視界が歪む。
視界が元に戻った時には、サマンサの姿がなかった。されど、気配はある。
後ろか! 慌てて振り返る。肩で息をしているサマンサがいた。
どこから現実で、どこから幻術だったのか、わからなかった。
アベルは完全にサマンサに踊らされていた。
ここで、アベルは不審に思った。サマンサはアベルの背後を取っていた。
攻撃のチャンスはあった。
魔力切れの可能性もあったが、サマンサの顔を見れば余力が見えた。
「なぜ、攻撃しない。チャンスはあったはずだ」
サマンサは冷静な顔で指摘する。
「アベルはアポロオンの鍵でしょう。もし、アベルを壊したらアポルオンを起動させられなくなるわ」
全くもって不可解な発言だった。真意が知りたくなった。
「アポルオンを使わないんだろう? だったら、鍵である僕を壊しても問題ないはずだ」
サマンサは汗を拭って答える。
「私が言いたかった内容は今ここでは使わない、って意味よ。起動できるようにしておけば、誰かに売りつけられるわ」
理解しがたい答えだった。
「サマンサは馬鹿なの? 世界が滅びるなら、お金をいくら貰っても意味がないだろう」
サマンサは微笑みを湛えて答える。
「馬鹿とは、失礼ね。アポルオンを起動させる脅威が、存在する。そうすれば、脅威から世界を救いたい奴も出てくるわ。上手くいけば、行きと帰り、両方で儲けられるわ」
サマンサの強欲な発言に、アベルは呆れた。
「悪どい商売を考えるね。でも、人間らしいとも言える」
サマンサは唐突に切り出した。
「私と組みましょう」
予期しない提案だった。
「でも、サマンサは世界を滅ぼさないんでしょう?」
アベルにとって、アポルオンによる世界の滅亡こそが大事だった。
アポルオンを使わないなら、組む意味がない。
サマンサは、冷静に言葉を続ける。
「お互い、世界を滅ぼしたい人間を見つけるところまでは、利害が一致しているわ」
サマンサが信用できるかどうか、わからなかった。だが、長い年月を掛けて超兵器アポロンのある部屋まで辿り着けた人間は、サマンサだけ。
ここでサマンサを消したとする。次は、いつ超兵器アポルオンのある部屋まで人がやってくるか全然わからない。また、やってきても、超兵器アポルオンを破壊する、ないしは起動させない人間だったら困る。
待っていても、良い展開には、ならないのかな。僕から世界を滅ぼしたい人間を探しに行ったほうが早いのかもしれない。
サマンサが澄ました顔で決断を迫る。
「どうするの、アベル? 今の世の中、欲しい物があるのなら、待っていては駄目。自分の足で近づいて、手で掴むものよ」
「よし、決めた。アポルオンを使って世界を滅ぼしてくれる人間を探す旅に出よう」
サマンサは当然のように決める。
「なら、アベルは、今から私の仲間ね」
外の状況を僕は知らない。どの道、ガイド役は必要だな。サマンサでいいか。
「わかった。今から僕たちは仲間だ。共に世界を滅ぼしたがる人間を見つけよう」
サマンサが手を差し出す。アベルは握手を返した。
サマンサが超兵器アポルオンを見上げて提案した。
「でも、旅に出るまでに、少し時間をちょうだい。アポルオンを調べたいわ」
アベルはサマンサの提案を疑った。
「アポルオンを破壊する気なら、容赦しないよ」
「違うわよ。いざ使う段階になって起動方法がわからないじゃ、価値がないわ」
「なら、使い方は教えておくよ」
仲間になったは、口先だけかもしれない。口では何とでも言える。
アベルは用心しながら超兵器アポルオンの起動法と使用方法についてのみ教えた。
三日後、旅立ちの日を迎える。サマンサが壁に空けた穴は閉じておいた。
補修が終わると、戦利品部屋に行く。
超兵器アポルオンがある部屋に辿り着けなかった犠牲者の遺品が戦利品部屋にはあった。
アベルは遺品の中から旅に必要な品を選ぶ。
恰好は旅人が好む厚手の服を着た。腰には無限剣を佩く。
無限剣は派手な攻撃能力や恐ろしいほどの威力はない。無限剣の能力は二つ。
一つ目の能力は、斬れ味の再生。斬った後に剣を軽く振る。すると、剣の血脂が自動で落ちる。また、曲がった場合でも自動で再生する。
二つ目の能力は剣のコピーを無限に生み出す能力。意識を集中すれば、剣は二つに分かれる。コピーした剣を投擲しても本物は残る。アベルの力は一般的な戦士の十倍。
アベルの馬鹿力でコピーした剣を投げれば三百mは飛ぶ。
射程は弓の倍以上。もっとも、ダンジョンの中では百mもの直線通路はあまりない。
使い方によっては狭い通路なら敵を近づけずに倒せる。
財布には金貨三㎏を詰めた。十年は旅をしても問題ない。
サマンサも冒険者の遺品の中から数点を背負い袋に詰めていた。
別に咎めるつもりはなかった。
超兵器アポルオンのあるダンジョンで死んだ冒険者の品はアベルの物。
サマンサがアベルの仲間であるなら、渡しても問題ない。
超兵器アポルオンのある部屋の端には隠し扉がある。扉の向こうには魔法陣があった。
魔法陣に乗ると、外に転送される。