第一話
・・・・・寝落ちしてしいたのか?
ハッキリとしない意識と重い身体を引きずる様に起こす。
「死せる兵の御霊よ、我が願いに応えよ!!我が護り手として!!」
「何かイベント始まってるな・・・・え~と、いつ寝落ちしたっけなぁ~」
銀色に輝く杖を頭上に掲げ、厳かな様相で台詞を喋る美しい少女のNPCを確認すると、俺はこの事態をゲームのイベントと認識した。
「我が願いに答えし兵よ、その名を示せ!!」
再度、NPCがセリフを言う。
「え~っと、俺の名前は8bitだ。」
どうやら俺は祭壇の様な場所で寝落ちしていたらしく、定期的に始まるスポットイベントに巻き込まれたようだ。
この祭壇がある場所は意外に広く、俺とこの美少女NPCの周りを囲むように、重装の兵士、それに杖を持ったローブ姿の人、弓をつがえた兵士もいる。
が、まぁ、この数のNPCならば簡単に蹴散らせるだろう。
しかし、自分が寝落ちする以前の記憶が曖昧で、しかもやけにアバターが重い。
「では、竜牙兵エイト・ビットよ!!隷属の口付けを我が手に。」
ん~~?こんなイベントあったっけ?あれか?超大型アップデートで実装された新イベントとかか?
ふむ、ならば確認せねばなるまい・・・・
「手ではなく、唇を要求する!」
「え?」
「口付けは手にするものではなく、お互いの口と口で、舌を濃厚に絡ませ合いながらするのが常識だろう。」
新イベなら、突飛な行動や発言、NPCへのセクハラで挙動を確認するのはプレイヤーの義務だよなぁ?
「・・・・・」
NPCは固まってしまった。
はぁ~フリーズ系か・・・・またイベントが進まないって叩かれるぞ運営さんよ。
お粗末なAIにため息を吐きつつ祭壇から降りると、俺はそこで初めて異変に気付く。
「え?パンツ一丁じゃないか・・・装備リセットされている。それに、手足がリザードマンみたいになっている。」
何だこれは・・・・・違うアバターになっている?
「何でアバター変わってるんだ?アカウントクラックされたか?・・・・仕方ない、一旦ログアウトするしかないな。」
視界端のシステムメニューを
「あれ?」
無い。
ステータスや装備確認、設定やお問い合わせをするためのシステムメニューが・・・
「無いな・・・。」
「ちょっと!」
先ほどセクハラをしたNPCのお嬢さんが、困惑した表情をしながら話しかけてくる。
「わたくしの呼びかけに応えたのでしょ!早く隷属の口付けをしなさいよ!!」
あぁ・・・ツンデレでゴリ押しか・・・意外と考えてるじゃないか運営。だが・・・・
「それどころではない。システムメニューが見当たらないんだが、その辺に落ちてないか?」
「システムメニュー?」
「あぁ、それが無いとお家に帰れないんだ・・・・。」
瞬きしても、頭を振っても、それらしきものは視界に表示されない。
「やはり、混乱しているようね・・・・ねぇエイト・ビット、わたくしの話を聞いてちょうだい。」
やけに強引なNPCだな。
そう思い、NPCを見る。
「あなたは既に死んでいるの。大切なものも、身体すらも失って、あなたは今、わたくしたちの用意した器に宿っているだけの死霊なのよ。」
は?
「は?」
「よく思い出して。あなたは戦死したはずよ?」
「・・・・・・・・・死んだ?」
「えぇ、わたくしが竜牙兵に宿らせる御霊への条件は、何百、何千と数えきれないほどの人を屠り、己が命も戦場で散らせた兵よ。詳しくは分からないけど、竜牙兵になってる時点で、戦死した事は確実よ。」
これは・・・マズいだろう。
こんなシナリオ、VR 症候群患者続出するぞ・・・・
VRか現実かの区別がつきにくい上に、死んだなんて悪質すぎる。
しかも何のバグか、ログアウトもできないんじゃぁ、確認のしようが・・・・
「あったわ!そうだ、VRに痛覚は存在しない。こうやって頬っぺたをつねれば・・・」
・・・・・・・・・・・痛いんだが・・・・。
どうしよう・・・痛いんだけど、VRに痛覚まで反映させるのは違法だよな・・・?
・・・・・と、とりあえずイベントを進めるか・・・・。
「竜牙兵と言ったら・・・・確かギリシャ神話にでてくるスパルトイだな。竜の牙を大地に蒔いたら出てきたという、作物みたいなヤツだよなぁ・・・。」
ドラソにも敵として出てきていた。
ドラゴンの撒き散らす棘からポップする敵で、ドラゴンのサポートをする厄介なスケルトン野郎だったが・・・プレイヤーが着ける職業や種族には無かったはずだ。
「よく知っているのね。竜牙兵の古き呼び名はスパルトイ、竜の骨血肉より作られし戦士よ。」
竜牙兵とスパルトイがキーワードになってたのか、NPCが語りだしたので話を振ってみよう。
「俺がその、竜牙兵だと?」
「えぇ、魔術で身体は作れても、魂までは作れない。だから、兵の御霊を死者の世界より呼び出し、用意した身体に宿らせ、竜牙兵として使役するのよ。アナタもそのために現世へ呼び戻されたの。」
・・・・仮にだ、もし、もしもここがVRではなく、夢でもないのだとしたら、俺はプレイ中に・・・・
いやいやいやいや、そんなマンガやラノベじゃぁあるまいし、そんな・・・・
「なぁお嬢さん・・・本当に、俺は・・・・・・・・・・・死んだのか?」
「えぇ、残念ながら、ここに呼ばれて竜牙兵になっている事がその証よ。」
「だが俺は、人を殺した事も戦争を経験した事も無いんだが?」
そう、このお嬢さんが言っている事が本当なら、彼女の条件付けに該当していない俺がこの場所に呼び出されるのはおかしい。
「それは嘘ね。召霊の儀式は完璧だったわ。アナタは鉄と血の道を歩む者よ。」
鉄と血の道か・・・・VR戦士の俺には無縁のものなのだが・・・だが、対人戦だけは狂ったように熟してきた・・・・キル数は数十万を数える。
しかし、それが条件に一致すると認識されたのだとするなら、その竜牙兵システムはザルすぎるな・・・。
いや、待て待て待て!!冷静になれ俺!!なに現実として受け止めようとしているんだ?
流石に在り得ないだろう!!竜牙兵だとか、死霊だとか、そんなファンタジーな事が起こりうるのは創作物の中だけだ!!だいたい、何で日本語が通じてるんだよ!!どう見ても異文化圏なのに辻褄が・・・・
あれ?俺は今、何語を話していたんだ!?
「・・・・何故、俺はお嬢さんの言葉を理解できているんだ?何故、知り得ないはずの言語を俺は喋っているんだ・・・?」
マズイ・・・・これは流石にVRでは説明できない。
まるで、日本語で会話しているかのように・・・・いや、会話だけじゃない!!独り言すらも、俺は未知の言語を使っていた・・・。
「何故って・・・・・言葉が理解できなければ、意思の疎通ができないじゃない。」
いや、そうだけど、そうじゃない!!
「俺はこの国の生まれではない。本来なら、今喋っているこの言語を俺は理解することができないはずなんだ。なのに何故、俺はこうも流暢に喋ることができるんだ?」
「え?竜牙兵になったからでしょ?」
え?知らなーい!
「・・・・そういうものなのか?」
「そうね、我がアンデルース家に仕える竜牙兵の一人で、遥か昔、神話の時代の兵だった者がいるわ。彼女は、アルゲン語をアナタ同様知らなかったはずなのに、召喚された時には既に話せるようになっていたと言ってたわ。」
うん、分からない。これはもう、こういうものだと認識するしかないな・・・。
ってか、サラッと重要そうな情報が開示されたな。
「竜牙兵は、他にもいるのか。」
「えぇ、我がアンデルース家に仕える竜牙兵は二人、レッドドラゴンの遺骸より召喚された竜牙兵と、ウィンドドラゴンの遺骸より召喚された竜牙兵がいるわ!」
ドヤ!と彼女は自慢げに胸を張るが、俺にはピンとこない。
分からない事だらけだが、今得た情報を整理すると
・どうやらゲームではない可能性がある。
・俺は竜牙兵とかいう戦力として召喚された。
・言葉は通じる。
・他にも竜牙兵は存在して、竜牙兵を持つ事が、一種のステイタス的な側面もありそう。
・そして俺は隷属を迫られていたんだった。
「・・・・それで、隷属とか言っていたな。」
そうだ、確認しなければ。
「そうよ!わたくし、ヴィクトリエ・アンデルースの竜牙兵として、忠誠を誓いなさい!」
「え?なんで?」
「え?」
「え?」
「「・・・・」」
なんだろう・・・・こんな一方的に言われて忠誠を誓うバカがいるのだろうか?
「お嬢さん、何故俺が、お嬢さんに忠誠を誓わないといけないんだ?」
そう言った次の瞬間、身体に電流が流れた様な衝撃が走り、身動きができなくなってしまう。
「それはアナタが、わたくしの呼びかけに応え、竜牙兵として顕現したからよ!!」
応えた覚えは無いんだがな・・・・と言うか、身体に何か仕込んであるな。
「嫌だと言ったら?」
「アナタに拒否権は無いわ。」
「なら、何故わざわざ契約させるような事をしなければならないんだ?有無を言わさず力尽くで従わせればいいだろう?」
「それは・・・・」
・・・・なるほど、何か抜け穴がありそうだな。
だが、隷属は避けれそうにない。
もし、仮に俺が彼女の言うように死んで竜牙兵として召喚されたのだとしたら、これから先の処遇がここで決まってしまいかねない・・・・。
「見返りはあるのか?」
「え?」
「お嬢さんに仕える見返りだよ。」
俺の言葉に、彼女は少し考えると、何かを思い出したようにセリフを紡ぐ。
「竜牙兵になれるのは、戦う事に憑りつかれた真の戦士のみ。竜神に認められし御霊のみ。そんなアナタを死という安寧の牢獄から解き放ち、現世にて刃を振う機会を与えるわ!」
いやいや、それは見返りでもなんでもねーよ!
タダ働きさせます宣言じゃぁーねぇか!
「十分な給与と休日、そして竜牙兵ではなく、人としての尊厳がほしい。」
奴隷畜生の様な扱いをされるのは御免被る。
「・・・・・竜牙兵って、戦えればいいんじゃないの?」
「戦士にも休息は必要だ。働けば疲れるし、腹も減れば眠くもなる。」
「・・・・・・アナタ、本当に兵なの?」
それに関しては、苦笑して肩をすくめるしかない。
「嫌なら他をあたってくれ。」
まぁ、この儀式のやり直しができるならば・・・な。
彼女は後ろに控える魔術師のような風貌の男に視線を投げかけると、その男は首を横に振る。
「・・・・・・いいわ。わたくし、ヴィクトリエ・アンデルースの名に誓い、エイト・ビットに十分な給与と休日、そして人としての尊厳を約束するわ!」
え?今却下される流れだと思ったんだが・・・・
「ならば俺も、その約束が違えぬ限り、ヴィクトリエ・・・・アンデルースの時に盾として、時に剣として仕える事を誓おう。」
こんな感じでいいかな?
「では、竜牙兵エイト・ビットよ!!隷属の口付けを我が手に。」
ヴィクトリエがうやうやしく手を差し出すと、手の甲に赤い魔法陣が浮かぶ。
・・・・・・・・・・・・・・いいのか?
本当にこれでいいのか?
「唇は・・・」
「却下。」