8話 ドラゴンの契約
イノリに魔法の才能があるなんて。
驚いたものの、次いで、うれしくなる。
娘が『すごい』となると、なぜか、俺も気分がよくなる。不思議な感覚だ。
だがしかし、待ってほしい。
本当に娘は才能があるのだろうか?
いや、才能があることは間違いない。
あの年齢で魔法を唱えることができて、なおかつ、木を倒すことができた。
普通に考えて、ありえないことだ。
だが、こう言ってはなんだが、出会ったばかりのイノリは、ちょっとした風で飛ばされてしまうそうなほど儚く、力があるようには見えなかった。
今になって覚醒したという見方もあるが……都合がよくないか?
少し、調べてみる必要があるな。
何しろ、イノリのことだ。
なにかあってからでは遅い。
「……ひょっとしたら、俺は過保護というヤツなのかもしれんな」
「おとーさん、どうしたの? かほごー?」
「いや、なんでもない」
家に戻り、イノリと向き合って座る。
「調べたいことがある。少しの間、じっとしててくれないか?」
「うんっ。私、じっとしてるよー」
「いい子だ」
「にゃふぅ」
頭を撫でると、イノリは気持ちよさそうに目を細めた。
猫みたいだ。
本来の目的を忘れて、ずっと撫でていたくなる。
イノリを撫でながら、静かに魔法を起動する。
「知識の精霊よ。
我の力は汝のもの。
汝の力は我のもの。
ここに契約を交わす。
魂の領域」
魂の構成を覗き、対象の体、心の状態を調べる魔法を使用した。
次々と情報が舞い込んでくる。
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イノリ 10歳 女 レベル:1
クラス:なし
HP :20
MP :60
腕力 :5
魔力 :30
敏捷 :5
耐性 :5
運 :10
技能 :ドラゴンの加護
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イノリの体に問題は……ない。
心もオールクリアーだ。
レベル1にしては、ステータスが高い気もするが……まあ、それについては、個々による。
優れた資質を持っていると解釈すれば、納得できる。
ただ一つ、見過ごせない点があった。
今までに見たことのない、特殊状態が付加されていた。
『技能:ドラゴンの加護』
「……なんだ、これは?」
「なんだー」
不可解そうにする俺の顔がおもしろいのか、イノリが笑う。
ただ、俺は笑ってはいられない。
毒、マヒ、呪い……色々な状態異常の知識を持っているが、『ドラゴンの加護』なんていうものは初めて聞いた。
どういうことだ?
「おとーさん、むずかしー顔してるよ」
「そうだな……」
「んー……よくわからないこと、見つかった?」
俺の心を見透かしたようなイノリの発言に、ドキリとした。
「どうしてそう思うんだ?」
「なんとなくー?」
コテン、とイノリは小首をかわいらしく傾げながら言う。
「おとーさんが私の中にいるような……おとーさんのこと、すごく近くに感じるの。そのせいかな?」
「近くに……」
イノリの言葉に閃くものがあった。
そう、あれは……『契約』だ。
今の今まで忘れていたが、ドラゴンは、特定の生物と『契約』を交わすことができる。
契約をすることで、ドラゴンに等しい力を得ることができる……というものだ。
「……もしかして、俺はイノリと契約を?」
契約をしたことなんて一度もないから、どういうものかわからない。
が……
現状を考える限り、他の可能性はなさそうだ。
まずいな……
知らず知らずのこととはいえ、イノリと契約を交わしてしまうなんて。
「おとーさん、まだー?」
「すまない、もう少し、じっとしていてくれ。契約を破棄しないといけない」
「けーやく?」
「そうだな……間違えて、俺とイノリを一つに繋ぐ、特殊な魔法を使ってしまったんだ」
「おー。だから、おとーさんを近くに感じるの?」
「おそらく、契約の影響だな」
どんな副作用があるかわからない。
イノリに害が及ぶ前に、早々に破棄しなければ。
「はき、って?」
「契約をやめる、っていうことだ」
「え、やめちゃうの……?」
イノリが不安そうにした。
「イヤなのか……?」
「うんっ!」
どうして、元気いっぱいに頷くんだ……?
「私、今のままがいいな。おとーさんを近くに感じるから……おとーさんとつながっていたいな」
そんなことを言われれると、決意が鈍ってしまうではないか。
「いや、しかしだな……危ないものかもしれないんだ」
「だいじょーぶだよ」
「どうして、そう言い切れる?」
「なにかあったら、おとーさんが守ってくれるよね?」
「それは、まあ……」
俺の全力で守ると、約束しよう。
「なら、へーきだよね!」
「だがな……」
「おとーさんとつながっていたいな……おねがい、おとーさん」
上目遣いでお願いされて、断ることはできなかった。