7話 娘と魔法
アンジェリカと他愛のない話をしながら、歩くこと少し……
丘の上に立つ家が見えてきた。
「あれが?」
「はい、そうですよ。クロさんとイノリちゃんの住まいになります」
「いい家だな」
丘の上に立つ家は、他と比べて大きい。
大きいだけではなくて、二階建てだ。
庭も完備されている。
「こんな家を俺たちが使ってしまっていいのか?」
「はい、問題ありません。元々、長いこと空き家になっていたので……クロさんとイノリちゃんに使ってもらえたら、おうちも喜ぶと思います」
おうちも喜ぶという表現に、ついつい笑いそうになってしまう。
人間はおかしなことを口にするものだな。
「私の家は丘をくだってすぐのところにあるので、何かあれば、いつでもいらしてくださいね」
「わかった。その時は頼りにさせてもらう」
「では、また明日です」
手を振り、アンジェリカと別れる。
「ふにゃあ」
ちょうどいいタイミングで、イノリが目を覚ましたらしい。
猫みたいな声をこぼしながら、背中でもぞもぞと動く。
「起きたか?」
「ふに……私、寝てた……?」
「ぐっすりとな」
「ごめんなさい……」
「謝らなくていい。疲れていたんだろう?」
「うん……私、つかれちゃった……」
「今、家に着いた。中で休もう」
イノリを背負ったまま、家の中に入る。
「これは……」
「あはははっ、おばけやしきみたい!」
家の中は埃まみれで、あちこちにクモの巣が張っていた。
……そういえば、アンジェリカが長いこと空き家になっていた、と言っていたな?
この惨状はそのせいか。
村長たちも、家の状態までは確認できなかったのだろう。
「仕方ない。休む前に、掃除をしないといけないな」
「イノリ、がんばるよ!」
ぴょん、とイノリが背中から降りた。
がんばるぞ、という意思をアピールするように、両手を突き上げる。
新しい家を前に、テンションが上がっているみたいだ。眠気はどこかに吹き飛んだらしい。
「おとーさん、おとーさん。どこからおそーじしたらいいかな? かな?」
「広い家だ。いきなり全部は無理だな。まずはリビングと寝室を掃除するとしよう」
「おー、りびんぐとしんしつ……あいあいさー!」
だから、その返事はどういう意味なんだ?
将来、妙な方向に育ったりしないだろうか? 心配だ。
今のうちに、矯正しておいた方がいいのだろうか?
だが、あまり縛り付けるような真似はしたくない。
押さえつけるようなことをすれば、伸びしろが消えてしまうからな。
しかし、イノリが礼儀を学ぶためには……
むう……あれこれと考えてしまい、ドラゴンなのに知恵熱が出てしまいそうだ。
子育てとは、かくも難しいものなのだな。
「おとーさん?」
「ああ、すまない。少し考え事をしてた」
「だいじょうぶ? あたま、なでなでしよーか?」
「……問題ない」
それも魅力的な提案だ……と思ってしまったことは、伏せておく。
「花の妖精よ。
我の力は汝のもの。
汝の力は我のもの。
ここに契約を交わす。
我が意思をここに顕現せよ」
物質生成魔法を使い、マスクとエプロンを用意した。
「これをつけるといい」
「おー」
なぜか、イノリが目をキラキラと輝かせていた。
……魔法が珍しかったのだろうか?
すでに、イノリの前では何度か使っているが……
「おとーさん、まほーつかいなの?」
「違う。ドラゴンだ。知っているだろう?」
「あっ、そうだった!」
「魔法が珍しいのか?」
「うん。はじめて見たの」
少し興奮した口調でイノリが言う。
憧れの眼差しを向けられることは、悪い気分じゃない。
それが、娘ともなればなおさらだ。
気を良くした俺は、ちょっとした提案をする。
「イノリも魔法を使ってみるか?」
「使えるの!?」
ものすごい勢いで食いついてきた。
「わからない。才能があれば使えるかもしれない」
「使ってみたい! 私、まほーを使ってみたいの!」
「わかった、わかった。そんなにはしゃぐな」
掃除をしないといけないが、少しくらい寄り道をしてもいいだろう。
イノリを連れて外に出た。
近くに、小さな木が生えていた。あれを的にしよう。
「いいか? まずは集中するんだ。眉間の辺りに力を溜めるような感じで、体中の力をかきあつめろ」
「んっ、んむむむむむぅ!」
妙な掛け声と共に、イノリが集中する。
淡い光が小さな体をまとう。
魔法が発動する前兆だ。
試しにやらせてみたが、これは、本当に魔法を使えるかもしれないな。
俺もわくわくしてきた。
「いいか? 十分に集中したら、こう唱えるんだ。
火の妖精よ。
我の力は汝のもの。
汝の力は我のもの。
ここに契約を交わす。
炎の矢」
「火の妖精よ。
我の力は汝のもの。
汝の力は我のもの。
ここに契約を交わす。
……炎の矢!」
イノリが木に向かって両手を突き出した。
瞬間、イノリの身長くらいはある炎の矢が形成される。
ゴォッ!!!
炎の矢は勢いよく射出されて、木の幹に食い込んだ。
そして、爆発。
木の幹に大きな穴が空いて……そのまま、倒れる。
「ふわー」
反動で尻もちをついたイノリは、自分のやったことが信じられないという様子で、ぽかんとしていた。
俺も同じような感じだ。
まさか、イノリに魔法の才能があるなんて……
ウチの娘は、もしかしたら天才かもしれない。
気がついたら、俺はニヤニヤと笑っていた。