6話 ドラゴンと娘、歓迎される
「それはどういう意味だろうか?」
願ってもいない言葉が飛び出してきたが、すぐに食いつくわけにはいかない。
まずは、村長の真意を確かめなければ。
後ろめたいことを考えている場合もあるからな。
その場合は、我一人なら問題はない。
人間の企みなど、力で打ち砕こう。
しかし、今はイノリも一緒だ。
下手に行動して、余計な自体を招いて、イノリを危険に晒したくはない。
慎重にいくとしよう。
「娘さんの療養地を探しているのならば、ラフタが最適と思いまして。ここは何もない村ですが、自然が豊かで、空気は綺麗です」
「きれーだよね」
イノリがにこにこしながら言う。
「ラフタは、来る人を拒みません。新しい家族、隣人が増えるということは、歓迎すべきことです」
「ふむ」
村長の目を見る。
数千年も生きてきたため、目を見れば、ある程度ウソを見抜くことができるようになっていた。
ウソは……ついていない。
が、全てを語っているわけでもないな。
まだ何か、別の思惑がありそうだ。
全てを確かめるまで、気軽に返答はできない。
「ねえねえ、おとーさん」
「どうした?」
くいくいと服を引っ張られて視線を落とすと、イノリが瞳をキラキラと輝かせていた。
「私、ここに住んでみたいな」
「……気に入ったのか?」
「うん。きれーなところだし、みんな、いー人みたいだもん」
「ふむ」
イノリは賛成か。
ならば、その願いは叶えてやりたいが……
「村長」
イノリに聞こえないように、そっと小さな声で話しかける。
「俺たちを歓迎するという理由、本当にそれだけか?」
「……いやはや、鋭いお方だ」
意外にも、村長はあっさりと腹案があることを明かした。
「実を言いますと、クロ様の力を頼りにしています」
「俺の?」
「村で冒険者を雇っていましたが、先の事件で皆、傷を負ってしまいました。しばらくは戦えないでしょうし、契約を終了して王都に戻るという方もいます。そうなると、この村は無防備な状態になってしまいます。また、同じようなことが起きたら……」
「なるほど。つまり、村の護衛をしてほしいと?」
「はい。不躾なお願いですが……どうか、引き受けていただけないでしょうか?」
今度こそ、村長は全てを話したようだ。
村長の話を受け止めて、考える。
静かな場所で暮らしたい俺たちにとって、ラフタは好条件の場所だ。
村の護衛をするというのも、大した労力ではない。
小さな村だから、先のように魔物に襲われることがあるかないか、といった程度だろう。戦争などというような、大きな戦に巻き込まれることは、まずない。
それらのことを考えると、悪くはない話だ。
何よりも……
「おとーさん、おとーさん。私たち、ここに住むの? 私、ともだちが欲しいな。たくさんできるかな?」
イノリが、すっかりその気になってしまっている。
これでは断ることはできないか。
心の中で苦笑しつつ、口を開く。
「その話、引き受けよう」
「おおっ、それでは……」
「今日から世話になる」
――――――――――
「お二人とも、こちらですよ」
村に滞在することになり、家は村長が用意してくれた。
まずは家でゆっくりしたい。
というのも……
「……ふぁ」
イノリが眠そうにしていた。
まだ子供だ。
今日は色々とあったし、そろそろ体力の限界なのだろう。
そのことを伝えると、村長はすぐに家を手配してくれた。
元々、空き家があるらしい。
村の人間の案内で、空き家に向かって歩く。
「あの……」
案内をしていた村の人間が、足を止めて、こちらに頭を下げた。
「さきほどは、本当にありがとうございました!」
「ん? ……ああ、あの時の人間か」
どこか見覚えがあるかと思えば、ハンタードッグに襲われていた村娘だった。
「冒険者様のおかげで、命を落とさずにすみました。ありがとうございます」
「俺は冒険者ではない。ただの旅人だ」
「あっ、失礼しました……えっと、クロ様、でよろしいんですよね?」
「そうだが……」
様付けで呼ばれるのは、どうにも落ち着かない。
俺は、ただのドラゴンだ。高い地位に就いているわけではない。
「様はいらない。名前を呼ぶといい」
「えっと……それじゃあ、クロさんでいいですか?」
「ああ、それでいい」
「わかりました。私は、アンジェリカといいます。よろしくおねがいします」
「ああ」
話をしながらも、意識は村娘……アンジェリカに向いていない。
隣をふらふらと歩くイノリのことが気になって仕方ない。
眠そうに目をとろんとさせていて、たまにふらふらして……こんな様子では、そのうち転ぶのではないか?
「イノリ」
「ふぁい……?」
「背中に乗れ」
「うん……おとーさんに、おんぶしてもらうー……」
眠いからか、イノリは素直に従った。
俺の背中によじ登り……ほどなくして、すーすーと寝息を立てる。
「ふふっ」
アンジェリカが小さく笑う。
「どうした?」
「娘さん、かわいいですね」
「……そうだな」
ちょこまかしていて、小動物のように元気で、時に臆病で……
色々と手間をかけさせられるものの、それを苦に思ったことはない。
むしろ、喜びすら感じる。
これが、娘を持つということなのだろうか?
不思議な熱を胸に抱えながら、穏やかに眠るイノリの顔を見た。