5話 ドラゴン、人間を助ける
ハンタードッグを倒した後、村人たちは負傷者の救護にあたる。
女子供は、軽症者の手当を。
大人は重傷者の手当。及び、死者の埋葬。
すぐに立ち去る雰囲気でもなく……元より、この村に用があるから立ち去るつもりはないが……村人たちの作業を眺めていた。
ふと、くいくいと服を引っ張られる。
イノリだ。
「おとーさん、なんとかできないの?」
「できなくはないが……」
俺は攻撃魔法だけではなくて、回復魔法も使うことができる。
伊達に数千年は生きていない。
俺の魔法なら、傷ついた村人たちをすぐに癒やすことができるだろう。
だが、そこまでしていいものだろうか?
時に、強すぎる力は恐怖の対象となる。
ここで村人たちを救うことは簡単だ。
しかし、出過ぎた真似をすることで、疎まれる可能性もある。
だがしかし、恩を売るという意味では……
「……おとーさん」
「うっ……」
イノリが俺を見上げる。
そのまっすぐな瞳を見ていると、なんともいえない気分にかられる。
イノリは声にはしないが、気持ちはわかる。
助けてあげてほしい。
「……仕方ない。イノリはここで待っていろ」
「うんっ」
うれしそうなイノリを置いて、村人たちのところへ向かう。
「しっかりしろ! 今、手当をしてやるからな!」
「うっ……あぁ……」
「ダメだっ、目を開けろ! 死ぬんじゃない!」
瀕死の男を介護する村人が、必死に声をかけていた。
だが、それは無駄な行為だ。
見たところ、男は普通の方法では助からない。
あと少しで死んでしまうだろう。
「少しいいか?」
「あんたは……すまない、用があるなら待ってくれないか? 今はみんなを助けるために……」
「手伝えることがある」
「なに?」
呑気に話をしているヒマはない。
村人を無視して、瀕死の男に手の平を向ける。
「光の妖精よ。
我の力は汝のもの。
汝の力は我のもの。
ここに契約を交わす。
癒やしの風よ」
治癒魔法を唱えた。
手の平から光があふれて、瀕死の男の体を包み込む。
時間を逆再生するように傷口が塞がり、男の呼吸が安定した。
「い、今のは……!?」
「魔法だ」
「魔法を……? し、しかし、そんな魔法見たことがないぞ。あれは、もう……致命傷だったはずなのに」
「そういう魔法も世界にはある。お前は、全ての魔法を知っているほど博識なのか?」
「いや、そうではないが……」
「まあいい、どうでもいい話だ。とにかく、だ。傷口は塞いだ。失った体力まではどうしようもないが、死の危険はないだろう。後は安静にしておくことだ」
村人が驚きの目をこちらに向けてきた。
わずかに、畏怖の感情が混じっているのが見て取れた。
やはり、失敗だっただろうか?
最悪、この村を後にすることも……
「頼むっ! いえ、お願いしますっ!」
突然、村人が頭を下げてきた。
「他のみんなも、あなたの魔法で助けてください! お願いしますっ、お願いしますっ!」
……恐れていたわけじゃなくて、ただ単に、驚いていただけか。
「そのつもりだ。重傷を負った者のところに案内してほしい」
「ありがとうっ……本当に、ありがとうっ!」
こうして、しばらくの間、俺は重傷者の治療に時間を割いた。
――――――――――
負傷者の治療が終わり……
一段落ついたところで、俺たちは村長の家に案内された。
「この度は、まことにありがとうございました……深く、感謝いたします」
初老の男……村長が地面に頭でもつきそうな勢いで頭を下げた。
同行してる数人の村人も、同じように頭を下げた。
「魔物を倒すだけではなくて、怪我人も治療していただけるなんて……なんてお礼を申していいのか」
村人たちからの感謝を感じる。
どうやら、助ける、という選択肢は正解だったようだ。
これなら話を進めやすいかもしれない。
「俺はクロ。この子は、娘のイノリだ」
「はじめまして、イノリです」
イノリがぺこりと頭を下げた。
ふと思うが、イノリは頭が良いのではないか?
こうして促すと、自然と挨拶をすることができる。
奴隷だったから、そういった一般教養は身についていない。
この村に来るまでの間、挨拶など、簡単なことを軽く教えただけなのだが……
すぐに身につけることができるなんて、思ってもいなかった。
「クロ様は、どうしてラフタへ?」
「特に意味はない。俺たちは、各地を旅してる最中でな。たまたま、この村に立ち寄っただけだ」
「なるほど……」
頷きながらも、村長は納得していないようだった。
わからないでもない。
辺境にある村に、わざわざ旅人が訪れる理由がない。
何かあるのでは? と疑う方が自然だろう。
少し考えて、そっと、イノリには聞こえない声量で話しかけた。
「……実は、イノリは病気でな。なかなかに厄介な病気で、空気が綺麗でないと衰弱してしまうのだ。そこで、療養先を求めて旅をしている、というわけだ」
「……そうでしたか。失礼いたしました」
どうやら、納得してくれたらしい。
咄嗟に思いついたでまかせだが、わりとなんとかなるものだ。
村長は少し考えるような仕草を見せた後、こう、話を切り出してきた。
「……もし、よろしければ、ラフタに滞在いたしませんか?」