4話 絶望の中の希望
<アンジェエリカ視点>
私が暮らすところは、『ラフタ』という小さな村だ。
私こと、アンジェリカ・ルストはラフタ村で生まれて、ラフタ村で育ち……
外に出たことはなくて、この村のことしか知らない。
ただ、そのことを不幸と思ったことはない。
むしろ、逆だ。
私は、ラフタ村に生まれることができてよかった。
そう思うくらいに、この村のことが好きだった。
優しい両親に、気さくな隣人。
豊かな自然に、のんびりと穏やかな空気。
小さい村だから、色々と大変なことはあるけど、そんな時はみんなで助け合ってきた。
私はこの村が好きだ。
ラフタで暮らす人々が好きだ。
だからこそ。
「うあああああっ!!!?」
みんなの血が流れることが、悲しくて悲しくてたまらなかった。
「どうして、こんなことに……」
物陰に隠れながら、私は震えた。
魔物が襲ってきた。
よくわからないけど、大きな犬のような、凶悪な魔物だった。
今までに、何度か魔物に襲われたことはある。
でも、村で雇った冒険者が、全部撃退してくれた。
だから安心していた。
この村が滅びるようなことはありえないって、楽観視してた。
……でも、それは間違いだった。
この村は、薄氷の上に立つような……
そんな危うい状況で、今までを過ごしていたんだ。
突然現れた大きな魔物は、警備の冒険者たちをあっという間に倒してしまった。
そうなると、もう為す術はない。
一人、また一人と、みんなが犠牲になっていく。
それでも、魔物は止まらない。
まるで、この村を滅ぼしたいというように、我が物顔で暴れまわっている。
「誰か……」
神様、お願いします。
どうか、助けてください……!
私のことはどうなってもいいから……
だから、みんなを……助けて! お願いしますっ!
「お願いっ……!」
私の祈りは……天に届かなかった。
すぐ近くで獣の唸り声。
恐る恐る振り返ると、巨大な魔物が私を睨みつけていた。
口から鋭い牙が覗き、唾液が垂れ落ちている。
「あ……あああぁ……」
もうダメ……!
私は目を閉じて、最後の時を待つ。
でも……
いくら待っても、何も起きない。
もしかして、一瞬で絶命してしまったのだろうか?
恐る恐る目を開けると……
「……大丈夫か?」
小さな女の子を背負った男の人が、私に手を差し出していた。
――――――――――
<クロ視点>
村は戦争に巻き込まれたように荒れ果てていた。
この参上は、たった一体の魔物によって引き起こされたものだと思うと、なんともいえない気分になる。
なんだろうか、この感情は?
この村は俺たちと関係ない。
俺は人間ではなくて、ドラゴンだ。
ただ……
イノリもまた人間であり、イノリと同じ人間が血を流していると思うと、落ち着かないものがあった。
胸がざわざわとした。
故に、駆けた。
あちらこちらに倒れている人間たちが見えるが、助けるのは後だ。
まずは、元凶を叩かないとならない。
すぐにハンタードッグを見つけた。
人間の娘の前で咆哮をあげて、その牙と爪を突き立てようとしてる。
「そこまでだ」
駆けて、殴る。
たったそれだけのことで、ハンタードッグは巨大な鉄球をぶつけられたように、大きく吹き飛んだ。
今の俺は、魔法で人間の姿をしているものの、中身はドラゴンだ。
能力はそのままなので、あの程度の魔物、素手で問題はない。
「……大丈夫か?」
倒れている人間の娘に手を差し出した。
人間の娘は、信じられないものを見たというような顔をしてる。
「生きているな?」
もう一度、声をかけると、人間の娘はややあって、コクコクと頷いた。
恐怖で気がふれたわけじゃないらしい。
見たところ怪我もない。
ならば問題ないだろう、そう判断して、背を向ける。
「あっ……」
「そこにいろ」
「は、はい……」
ハンタードッグが怒りの咆哮をあげながら起き上がる。
「あぅ……」
背中のイノリが、俺の服を掴んだ。
その手が軽く震えている。
「怖いのか?」
「……うん」
「安心しろ。俺がいる」
「うんっ!」
笑顔になった。
これでいい。
「さて」
イノリを怯えさせないために、すぐに終わりにしよう。
「あんた、何をしているんだ!? 逃げろ!!!」
怪我を負った冒険者らしき男が声をあげた。
その後ろに、仲間らしき人間がいる。
「そいつは凶悪な魔物だ! 人間なんて、あっという間に食い殺されてしまう!」
「俺たちが引きつけるから、逃げろ!」
冒険者たちがハンタードッグに立ち向かう。
見たところ、ランクはCといったところだ。
それなのに、格上の相手に立ち向かうとは……
人間も悪いものではないのかもしれない。
「下がれ、俺がやる」
「な、なに……?」
「バカな! 狂ったか!?」
「危険なんだぞ!?」
「危険なのは、あの魔物の方だ」
慌てふためく冒険者たちを置いて、ハンタードッグに向かう。
俺に殴られたことで、怒りが最高潮に達しているようだ。
血走った目で俺を睨み、牙を見せつけている。
「こい」
ハンタードッグが飛びかかってきた。
牙がびっしりと並んだ大きな口を開けて、俺に食らいつこうとするが……遅い。
カウンターの一撃を……全力で、ハンタードッグの顔に叩き込んだ。
骨を砕く確かな感触。
ハンターウルフは悲鳴をあげることもできず、そのまま絶命した。
「終わりだな」
念のために死体を確認するが、確実に息は止まっていた。
様子を見守っていた冒険者たちが、一様に唖然とする。
「ば、バカな……一撃であの魔物を……?」
「い、いや、それよりも素手で……」
「今の動き、まるで見えなかった……な、何者だ?」
冒険者たちは、目の前の現実に追いついていない様子で……
先に我に返ったのは村人たちだ。
村を襲う災厄が倒れたことを知り、周囲で様子をうかがっていた村人は、たちまち歓声をあげた。