23話 ドラゴン式訓練・4
「これで、私もおとーさんといっしょにたたかうよー!」
イノリは剣を構えてみせた。
なかなかサマになっている。
ただ、さすがに自分の体ほどもある大剣を構え続けるのは難しいらしい。
木でできているとはいえ、それなりの重量があるからな。
少しして、疲れた様子で、イノリは切っ先を地面におろした。
「ふいー……私、がんばった!」
「今日の訓練はこれまでにしておくか?」
「ううん、まだまだがんばるよ!」
イノリの目はキラキラと輝いていた。
そんなに強くなりたいのだろうか?
いや……
自惚れかもしれないが、俺から何かを教わることが楽しいのかもしれない。
イノリと出会い、しばらくの月日が流れたが……
思えば、何かを教えるということは初めてだ。
生きるための最低限必要な知識は教えたことはあるが、あれは教えるというより、体に叩き込んだと言った方が正しい。
イノリが楽しく思っているのならば、止める理由はない。
ただ、種族にかかわらず、子供は無理をする傾向があるからな。
無理をするというか、ブレーキをかけるタイミングがわからないのだろう。
全力で遊んで、突然、スイッチが切れたように体力が切れてしまうことが多々ある。
その辺りは、きちんと見定めなければならない。
「では、これから剣技を習得するぞ」
「おーっ!」
「最初は、特に何も言わない。思うがまま、打ち込んでみるがいい」
「おとーさんに?」
「ああ」
「けがしちゃうよ……?」
「安心しろ。その程度で怪我をするほどやわではないし、イノリの腕なら脅威ではない」
「むー……そう言われると、なんかもやっとするの」
膨れるイノリ。
子供と侮りすぎただろうか?
……いや、あえて煽ることにしよう。
やる気を出してもらうために、色々とやっておくに越したことはない。
「俺はドラゴンだ。初めて剣を持ったばかりのイノリに、俺を傷つけることができるわけないだろう?」
「むー」
「安心して打ち込んできていいぞ。イノリの剣はまったく届くことはないからな。良い練習台になろう」
「ゆだんたいてき、なんだよ?」
だから、どこでそのような言葉を覚えてきた?
たまに、娘の育成に不安になってしまう。
「油断ではない。ただの事実だ」
「むー、むー」
頬を膨らませるイノリ。
少々、煽りすぎただろうか?
「けがしても知らないんだからねっ」
「その心配は無用だ。そうだな……もしも、俺にまともな一撃当てることができたのならば、イノリの言うことをなんでも一つ、聞いてやるぞ」
「ホント!?」
ぱぁ、っとイノリの顔が明るくなる。
現金なもので、ごほうびを提示されるとやる気が出たらしい。
ごほうび>俺の身の安全、という図式が成立してしまい、自分で言い出したことなのだけど、少し悲しくなってしまう。
「よーし、がんばるよー!」
「来いっ」
「えーいっ!」
イノリがしっかりと地面を踏んで、突撃してきた。
両手で大剣の柄をしっかりと握る。
全身をくるりと回転させるようにして、その勢いを乗せて、大剣を振る。
ゴォッ!
初めて武器を持ったとは思えないくらい、鋭く、重い一撃が頭上から落ちてきた。
なかなかのものだ。
その鋭い斬撃に、思わず、内心で拍手してしまう。
とはいえ、なかなかというだけで、驚くほどのものではない。
俺からしてみれば、スローモーションのようなものだ。
勢いあまったイノリが転ばないように注意しながら、そっと大剣を手の平で受け止めた。
「あ、あれ?」
あっさりと受け止められて、イノリは目を白黒させた。
「当たった……?」
「いや。受け止めただけだ。わかるだろう?」
「うん……なんか、ふわっとしてて……おとーさん、すごい!」
攻撃が不発に終わったというのに、イノリはうれしそうだった。
尊敬の眼差しを感じる。
どこかくすぐったいような気分ではあるが……
娘から尊敬されるというのは、悪くない。
「終わりか?」
「ううん、まだだよー! えいやーっ」
イノリはその場で回転して、大剣を横からぶつけてきた。
俺は軽く体を逸らして、今度は回避する。
宙を薙いだ大剣に引っ張られるように、イノリの体がぐらりと揺れて……
「むうううううーーーっ!!!」
イノリがその場で踏みとどまり、駒のように回転する。
上、下、真ん中。
回転の威力を乗せて、様々な角度から打ち込んできた。
少し驚いた。
イノリは、自分の体ほどもある大きな剣を、どのようにすればうまく扱うことができるか、理解してる。
攻撃手段は拙いものの……
大きな剣に振り回されることなく、自分の意思で振るっている。
本能的に、剣を扱う手段を理解しているみたいだ。
イノリは魔法使いの才能があると思っていたが、そうではなかったらしい。
武器を扱うセンスもある。
おもしろいことになりそうだ。
俺は、知らず知らずのうちに笑っていた。




