2話 プロローグ・2
少女も、また、名前がなかった。
請われ、我は名前をつけた。
イノリ……と。
――――――――――
その日から、我とイノリの奇妙な共同生活が始まった。
帰る場所がないイノリは、放っておけば、すぐに獣に食い殺されてしまうだろう。
故に、我は一緒に暮らすことを申し出た。
情が湧いたのかもしれない。
我に名をつけた、奇妙な少女。
もう少し、一緒にいたいと思った。
初めて、人間に抱く感情だった。
胸が温かくなる、不思議な想いだ。
悪くない。
「イノリ、しっかり掴まっているのだぞ」
「うん、だいじょーぶ!」
「では、いくぞっ」
イノリを頭の上に乗せて、我は飛んだ。
山を越えて、海を越えて……遥か遠くを目指す。
イノリがいる以上、あの場に留まることは危険だ。
住処を変える必要がある。
とはいえ、あれほど良い住処はなかなかない。
街の人間に見つかるまでは、それなりに穏やかな時間を過ごせていたのだ。
同じような場所が見つかればいいが……
「わーっ、すごいすごい! 速いね! 高いね!」
我の悩みなど知らぬ様子で、イノリは楽しそうにはしゃいでいた。
まったく、呑気な……
だが、その姿は悪くない。
楽しそうなイノリを見ていると、不思議と、我も気分が高揚する。
――――――――――
新しい住処を見つけて、一ヶ月が過ぎた。
今度も、山の洞窟だ。
幸い、以前と同じような場所を見つけることができた。
「はむはむ、あむっ、あむっ」
我が狩り、ブレスで焼いた肉をイノリが一生懸命に頬張る。
幼い人間の食欲はすさまじいものだ。
肉は、あっという間に骨だけになった。
「ごちそーさまでした」
「……うむ」
イノリと一緒に暮らすようになり、一ヶ月。
すくすくと成長していた。
子供故に、成長は早いのだろう。
そんなイノリを見ていると、不安になる。
このまま、我と一緒にいていいのだろうか?
やはり、人間は人間と一緒に暮らすべきではないだろうか?
だがしかし。
我は、イノリと一緒にいたいと思っている。
完全に情が移ってしまった。離れたくない。
イノリの成長を見守り、守ってやりたいと思う。
しかし、それは我のワガママだ。
我はドラゴンで、人間ではない。
人間のことは人間に任せるべきではないか?
今日もまた、同じ悩みに繰り返し囚われる。
「ねえねえ、クロ。何を考えているの?」
「む? それは……」
「おなやみ? むずかしい顔をしているよ?」
イノリは敏い子だ。我の考えていることも、いずれ理解してしまうだろう。
そうなる前に、我の口から真意を話すべきか……
「……イノリよ。お前は、人の子だ。なればこそ、人間の世界で暮らすことが一番だろう」
「え……?」
「我と一緒にいるべきではないのかもしれない。ドラゴンと一緒にいても、人間は幸せになれるかどうか……」
「やだっ!!!」
驚いた。
いつも聞き分けの良いイノリが、大きな声で我を拒絶したのだ。
イノリは、すぐに顔をくしゃくしゃにして……
泣きながら我の前足に抱きついてきた。
「やだやだやだぁ! 私、クロと一緒にいたいよぉっ、離れるなんてイヤだよぉっ!」
「しかし……」
「クロと一緒にいて、すごく幸せだよ? だから、離れたくなんてないよ……お願い、捨てないで」
イノリの言葉が心に突き刺さる。
我は……イノリのことを考えてるようで、考えてなかった。
人間の寿命は短い。いずれ、イノリは先に死んでしまうだろう。
そうなった時が怖いから……別れることが怖いから……
だから、イノリを遠ざけようとしたのだ。
我は、なんて浅はかなのか。
天下のドラゴンが聞いて呆れる。
「……すまないな、イノリ。我が間違っていた」
「一緒にいてくれる……?」
「うむ。我も、イノリと一緒にいたいぞ」
「えへへ」
この笑顔を守りたい。
ずっと、イノリが笑顔でいられるように……
これから先、我は全力でイノリのために尽くそう。
「しかし、人間は人間と暮らした方が良い、という意見は変わらぬ。故に、これからは人間の街で暮らすことにしよう」
「だいじょうぶなの?」
「魔法を使えば、我は人間に変身することができる。いくらか財宝があるため、金に困ることもないだろう。問題ない」
「うん……一緒がいいな」
「少し離れているがいい」
イノリが離れたところで、魔法を使い、人間に変身した。
衣服は、物質生成魔法を使い用意した。
「ふむ。こんなものか」
「ふわぁ……クロがクロじゃなくなっちゃった」
「我の人間の姿は珍しいか? 今は、どのように見える?」
「えっと、その……おとーさんみたい」
「ふむ……それも悪くないな。なれば、今から我らは親子だ」
「ホント?」
「うむ」
この日、我はイノリの父になった。
「えへへ……おとーさん♪」




