15話 実戦・2
「雷神の鎚!」
イノリの力強い声と共に、『ドラゴンソウル』に登録された、二つ目の魔法が起動する。
上級魔法、雷神の鎚。
前方広範囲に雷撃を撒き散らす、広域殲滅魔法だ。
範囲も広く、威力も高い。
並の魔物ならば、雷撃の帯に触れただけで即死だ。
その雷撃が、洞窟の中に炸裂した。
「ギャオオオオオッ!!!?」
ソードウルフの悲鳴が響いた。
洞窟の中を雷撃の龍が駆け抜ける。
バチバチッと隙間なく紫電が吹き荒れて……
いくらレベルの高い魔物といえど、上級魔法の一撃を受けて無事なはずがない。
その結果が、コレだ。
嵐が去った後は、魔物たちの骸が転がっていた。
「うんっ」
確かな手応えを感じたらしく、イノリが誇らしげに頷いた。
それから、俺を見る。
「おとーさん、おとーさん」
やったよ、というような笑顔を向けてきた。
頭を撫でてほしそうだ。
本来なら、きちんと魔法を使うことができたイノリを褒めてやるべきだが……
「イノリ、まだ気を抜くのは早い」
「ふぇ?」
「あっ!? 二人とも、き、気をつけてください!」
アンジェリカの悲鳴に近い声。
見ると、洞窟からひときわ体の大きいソードウルフが出てきた。
体のあちこちが焦げて黒くなっているが、足取りはしっかりとしていた。
怒りで血走った目をこちらに向けて、鋭い牙をむき出しにして、唸り声をあげる。
「さすがに、一撃で終わりというほど甘くはないか」
「あぅ……」
怒り狂う魔物を前に、イノリが震えた。
刃のように殺気が突き刺さり、怯えている。
「怖いか?」
「あ……う……」
「怖いか、イノリ?」
「……う……ん……」
イノリは恐怖に震えながら、申し訳なさそうな顔をした。
戦うと言っておきながら、恐怖したことを気にしているのだろう。
気にするな。
そういうように、俺はイノリの頭をそっと撫でた。
「おとーさん……?」
「恐怖を抱くことは恥ずべきことではない。俺も、恐ろしいと思うことはある」
「そうなの……?」
「問題は、恐怖をどう扱うか……だ。ただ恐怖に飲み込まれて、負けて倒れてしまうか……あるいは、恐怖を乗り越えて糧とするか。大事なのは、これからどうするか、ということだ」
「……」
イノリは黙って俺の話を聞いていた。
一言一句、聞き漏らさないというように、じっとこちらを見つめている。
「いきなりの実戦でうまくいくほど、戦いは甘くない。命を賭けたやりとりならば、なおさらだ。最初は、誰しも恐怖を抱く。だが、そこで終わるな。恐怖に飲まれることなく、逆に飲み込んでやれ。自分の糧にするんだ。イノリならできる」
「……うんっ、私、がんばるよ!」
「それでこそ、俺の娘だ」
「ん~♪」
もう少し強く頭を撫でると、サラサラの髪がくしゃりとなる。
それでも、イノリはうれしそうに目を細くした。
「後は任せろ」
「えっ、でも……」
「最初の一撃を入れられるだけで、初戦としては十分だ。イノリはよくやった。後は、俺の出番だ」
「おとーさん、気をつけてね」
「問題ない」
安心させるように、イノリにしっかりと頷いてみせて……
「またせたな」
ソードウルフの元に歩いて行く。
ヤツは待ちきれないというように、牙を鳴らし、咆哮をあげた。
全身の毛を逆立てて、飛びかかってくる。
小さな家くらいのある巨体が、覆いかぶさってきた。
さすがに、こんなのとまともに正面からぶつかるつもりはない。
後ろに跳んで回避。
すぐ目の前に、ソードウルフが着地する。
目標が消えて、ガチンッ! と牙と牙が重なる。
「ふっ!」
攻撃が外れ、一瞬の隙ができたところに、薙ぐように蹴りを叩き込む。
半分ほどの力だ。
しかし、それで十分。
「ギャウウウッ!?」
俺の蹴撃が、槍のようにソードウルフの顔に突き刺さる。
つま先が深々と頬にめり込み、骨を砕く。
が、浅い。
重い一撃を与えたものの、致命傷ではない。
ソードウルフは怒りで痛みを打ち消して、前足を大きく振り上げた。
体重を乗せて、鋭い爪を払う。
速い!
予想以上の速度に、避けることはできなかった。
咄嗟に両腕を盾のようにしてガード。
その上から、ソードウルフの一撃が炸裂する。
至近距離で爆発が起きたような衝撃。
重力を無視して、体が真横に飛んで、岩壁に叩きつけられる。
「おとーさん!」
「クロさん!?」
二人の悲鳴が聞こえた。
が、心配することはない。
「……人間の体というものは、なかなか動きづらいな」
服についた砂埃を払い、立ち上がる。
俺は無傷だった。




