10話 家族
「家のことは気にしないでいいと言われましたが、そういうわけにもいきません。せめて、お詫びとして、今日の夕飯を作らせてください」
と、アンジェリカが申し出て、その好意に甘えることにした。
元より、アンジェリカは俺たちの食事を作るつもりだったらしい。
掃除用具の他に、食材と調理器具を一式持ってきていた。
それらを手に、アンジェリカが台所に立つ。
「おー、おー? アーちゃんが料理をするの?」
「そうですよ。イノリちゃんは、嫌いなものはありますか?」
「ないよ! イノリ、なんでも食べるっ」
「イノリちゃんは偉いですね。なら、好きなものは?」
「うーん、うーん……おにく!」
「肉ですか……なるほど」
「いつも、おとーさんが肉を焼いてくれたんだよ! こう、ごーって炎を吐いて」
「え?」
「魔法のことだ」
「あぁ、なるほど」
実際は、イノリの言う通り、ブレスを使って焼いていたわけだが……
さすがに、そのようなことは言えない。
なんでもかんでもしゃべらないように、後で、イノリに口止めしておいた方がよさそうだ。
「じゃあ、お肉メインの料理にしましょうか。クロさんも、それでいいですか?」
「ああ、問題ない。頼む」
「はい、頼まれました」
笑い、アンジェリカは料理に取りかかる。
野菜、肉を手頃なサイズにカット。
スパイスを振り、ハーブを……
「あの……どうして、そこでじっと見ているんですか?」
「にんげ……他人が作る料理に興味があってな。見学させてもらっていたんだが……気が散るというのなら、立ち去ろう」
「あっ、いえいえ。そんなことはありませんよ? ただ……ちょっと恥ずかしいですね」
「恥ずべきことではないだろう? アンジェリカの料理の腕は、それなりのものと見たぞ」
「そ、そうですか……ありがとうございます」
「アーちゃん、顔、まっかー」
「これは、その……き、気にしないでください」
俺とイノリは、揃って首を傾げた。
――――――――――
テーブルの上に、アンジェリカが作った料理が並べられた。
多種多様のスパイスを使って焼いた肉。
たくさんの野菜が入ったサラダ。
それと、スープとパン。
この村の規模からすると、豪華な料理ではないだろうか?
「わぁー、おいしそー!」
イノリは目をキラキラと輝かせて、よだれを垂らしていた。
「どうでしょうか?」
「そうだな……おいしそうだ」
普段の食事は肉を焼くだけか、果実を丸かじりなど、そういったものだったからな。
このような手の込んだ料理は初めてだ。
「しかし、材料費は大丈夫なのか? これだけのもの、普段から手に入るものなのか?」
「いえ、さすがに、いつもこのような食事を食べているわけではありません。ただ、クロさんはこの村を救ってくださいました。これは、村のみんなからで……せめてものお礼なので、気にしないで食べていただけたらと」
「……わかった。ありがたくいただこう」
すでに料理を作ってしまった以上、返却することはできない。
ならば、素直に村人たちの好意を受け取ることにしよう。
「いただきまーす!」
イノリは元気よく言って、肉を頬張る。
「んんんぅーーー♪」
今まで見たこともないような、とびっきりの笑顔を浮かべた。
「おいしいか?」
「うんっ、すっごくおいしーよ! アーちゃん、料理じょーずなんだね!」
「ふふっ、ちょっとは自信あるんですよ」
「おいしいっ、おいしいよーっ♪」
ニコニコ笑顔でイノリは料理を次から次に食べる。
そんなに喜ぶなんて……
むう。俺も、料理の腕を磨いた方がいいだろうか?
ついつい、真剣にそんなことを考えてしまうのだった。
――――――――――
「では、失礼します」
食事を終えて、アンジェリカが家を後にする。
「送っていこう」
「いえ、そんな……すぐ近くですから」
「昼のことを忘れたか? 何があるかわからない。念のためだ」
「……ありがとうございます」
「イノリ、すまないが、少しの間、留守番を頼めるか?」
「……うん、いいよ」
少し、イノリの顔が曇ったような気がしたが……
「おとーさん、アーちゃん、いってらっしゃい!」
すぐに、イノリは笑顔になる。
気の所為だったか?
家を出て、アンジェリカと並んで歩く。
「確か、アンジェリカの家は丘を下ったところにあるのだったな?」
「はい。歩いて5分ほどですね。すぐに見えてくるかと」
「その……このようなことを頼むのは申し訳ないが、たまに、料理などを教えてくれないか? イノリに、おいしいものを食べさせてやりたくてな」
「ええ。もちろん、構いませんよ。最初に言ったじゃないですか。何かあれば、いつでも来てください、って」
「助かる」
ほどなくしてアンジェリカの家に着いた。
俺たちが使う家より、一回り小さい家だ。
「アンジェリカは、一人で暮らしているのか?」
「はい。父と母は、病で……」
「すまない。無神経な質問だった」
「いえ。もう、ずいぶん前のことなので、気にしていません。村のみんなもよくしてくれるし、寂しくありませんから」
本心からの言葉らしく、アンジェリカの顔は澄んでいた。
「村のみんなは、家族みたいなものですから」
「家族……か」
「今日から、クロさんとイノリちゃんも家族ですね」
「俺たちが……?」
「はいっ、家族ですよ」
「……そうか」
言葉遊びのようなものだ。本当に家族になるわけではない。
それでも……
不思議と、胸が温かくなるのを感じた。




