1話 プロローグ・1
1話 プロローグ・1
我はドラゴンだ。
名前はまだない。
――――――――――
ドラゴンである我は、街から離れた山の洞窟で暮らしていた。
山の動物を狩り……
静かな洞窟の中で眠り……
穏やかな日々を過ごしていた。
しかし、安寧の時は訪れない。
「いたぞっ、あれがドラゴンだ!」
「こいつを倒せば、賞金がたっぷり手に入るぞ!」
「いいか、絶対に逃がすなよ!」
小さき者……人間の冒険者といったか?
その冒険者が、武器を手に、我に挑んできた。
剣や斧に槍。
ありとあらゆる武器を駆使して、さらに、魔法を唱えて、我を討ち倒そうとする。
冒険者たちの攻撃で、鱗に衝撃が走る。
なかなか腕の立つ者らしい。
微弱ながらも、痛みを覚えたのは久しぶりだ。
しかし、その程度で倒されるほど、我は脆弱ではない。
我は種族の中でも上位の存在、エンシェントドラゴンなのだ。
数千年の時を生きる我が、100年も生きていない小さき者に負ける道理がない。
我は翼を広げて、大きく羽ばたかせた。
「うわあああああっ!?」
冒険者たちは吹き飛ばされて、すぐに視界の外に消えた。
呆気ないものだ。
冒険者たちを殺してはいない。
無益な殺生はしない主義だ。
何も考えず、ただ暴れ回るのならば、それは獣畜生と変わりないからだ。
「さて……眠るか」
我が求めるものは、平穏な時間だ。
しかし、我はドラゴン。
故に、その願いは叶いそうにない。
それでも。
いつか、平穏が訪れることを祈り、眠りについた。
――――――――――
再び人間の気配を感じて、目を覚ました。
体をゆっくりと起こし、洞窟の入り口の方を見る。
「わぁっ」
人間の子供が現れた。
人間のことはよくわからないが……生まれて10年くらいというところか?
数千年を生きる我にとって、10年など、一瞬にすぎない。
人間の少女は、よたよたとこちらに歩いてきた。
「何用だ、人間の子供よ」
「わぁ、わぁ。しゃべったぁ」
少女は驚いた。
普通の人間ならば、我の姿を見ただけで恐れ、失神するのだが……
少女はそんな様子を微塵も見せない。
心なしか、目をキラキラと輝かせていた。
まるで、憧れのものを見るように……
「かっこいいね」
「……格好いい? 我が?」
「うんっ、かっこいいよ!」
「……そうか」
思わぬ言葉に、こちらが面食らってしまう。
この少女、何者だ?
「何用だ?」
「んー……わかんない!」
「なんだと?」
「えっと、えっと……私、『にえ』なんだって。ここに行ってこい、って言われて……それで、あなたを見つけたの」
「なるほど、そういうことか」
どうやら、街の人間は、我の討伐に失敗したことを恐れ、怒りを収めようと生贄を捧げることにしたようだ。
まったく。
そのようなこと、我は望んでいないというのに。
「帰れ」
「ふぇ?」
「家に帰るがいい。我は、生贄などいらぬ」
「……帰るおうちなんて、ないよ」
「なんだと?」
「私、どれーなんだ」
軽く怒りを覚えた。
自ら剣を振り上げておきながら、その後始末は、まったく関係のない人間にさせるなど……
愚かな。
それほどに我を恐れるのならば、最初から関わらなければいいものを。
「私、どうしたらいいのかなあ……?」
「むぅ」
そんなことを聞かれても困るぞ。
「ねえ、あなたはなんて言うの?」
「我か? 我は……名はない」
「ないの?」
「忘れた、と言うべきか。数千年を生きてきたからな」
「すうせん? おーっ、すごい!」
「名は捨てた。必要のないものだ」
「それ……寂しい気がするな」
「……人間が我に口答えするつもりか?」
「でもでも、寂しいよ? それに、なんて呼べばいいかわからないもん」
「……なら、好きに呼ぶといい」
「私が名前をつけていいの?」
「好きにしろと言った」
この時点で、我はこの少女のペースに巻き込まれていた。
つまらない日常を、この少女が変えてくれるのではないか?
そんな期待を抱いていた。
「んー、んー」
少女は唸るようにしながら考える。
やがて、手の平をぽんっと打つ。
「決めた! あなたの名前は、クロ!」
我の名前はクロになった。