第9話 悪魔との契約
賑やかな連中もようやく帰り、再び静けさを取り戻した自室。
消灯して暗闇に包まれたベッドの上で、ふと半年前のある日を俺は思い出していた。
『――ようこそ、第315魔装化機動大隊へ』
思い返せばそこは質素な執務室だった。メガネの奥から碧眼を覗かせる軍服を纏った男は、開口一番に手を差し出してきたのである。
『あのー、どなたですか? っていうか魔装化って何です? 俺は......死んだんですか?』
国境防衛戦でドラゴン級レクトルのブレスが直撃し、確かに致命傷を負った筈の俺は、あの時からここに連れてこられるまでの記憶が混濁し、訳が分からず質問を連投していた。
『まあ無理もない、順を追って説明しよう。まず君は一度死んだ......でもその後に無事蘇生した、魔法の力でね』
おどけたように言う。
魔法? ますます意味が分からない。もっと具体的にと言いかけた時、男は俺を......正確には俺が今着ている服を指差した。
一見変哲の無い軍服、だがいつも着用しているものとはどこか違う。より一層黒を深めたようなイメージだ。
『"3型汎用魔導戦闘服"と言ってね。魔導適合数の高い者が着れば、自己の能力を大きく向上させられる......治癒力も含めてね』
『つまり......俺はこれを着たおかげで助かったと?』
そういうことだと言わんばかりに頷き、男は肯定の意を示す。
『あと君の同僚にもう1人適合数値の高い兵士がいて、同じく一命を取り留めている。グラン・アルバレスという名前だったかな、とにかく無事だ』
男は端整な顔立ちで微笑んだ。
隣国からの避難民を共に見張っていた同僚、基友人の生存にホッと胸を撫で下ろす。それと共に、別の気がかりも俺は思い出していた。
『残っていた避難民はどうなりましたか......? あの後無事に逃がせたんでしょうか?』
友好国でなかったにしろ、理不尽に住処を奪われた彼らだ。守るのは人間としての義務だった。
せめて少数でも生き残ってくれれば......。
『――残念ながら、我々が到着した頃には"全員"殺されていた。助かった民間人はいない』
悲壮感を漂わせながら、男はハッキリと言う。
ああクソ、結局だ......結局あの足掻きは全て無駄に終わったらしい。
形は違えどまた、俺は神という存在によって守るべきものを失った......。
『エルドくん、僕は君の持つ一貫した姿勢と信念を気に入っている。神が嫌いなんだろう?』
『だとしたら......どうなんです?』
男は一歩踏み出し、ペンに似た何かを取り出した。
『その魔導戦闘服は、着用出来る人間がとにかく少なくてね。帝国軍では今ちょうど運用に相応しい人材を求めている、君とお友達は適合した。どうだい? 僕の下で共に戦わないか?』
『それにメリットは......あるんですか?』
男は待っていたととばかりに頬を吊り上げる。
まるで悪魔のような笑みだ。
『帝国が誇る最高の装備を使いたい時に貸し与えよう。あらゆる高性能銃、対戦車火器を扱う権限もある。もちろん相応に訓練はしてもらうけどね』
男はこちらへ歩み寄りながら続けた。
『信念を貫き通したいなら、君を飾る何もかもをかなぐり捨てて答えてほしい。さあ選びたまえ! 選択は自由! このまま家に真っ直ぐ帰るか、それとも、一気に踏み出し目的へ駆け上がるかだ!!』
自由な選択? そんなもの最初から無い。この男は分かった上で問いている。だからこそ答えよう、信念以外をかなぐり捨てて!
『俺は神を殲滅する!! 妄言を語る嘘八百な存在から人類を切り離し、己が意志でもって戦おう! その為なら......俺はたとえ悪魔のような貴方とでも喜んで手を結ぶ!』
目を見開き、莫大な魔力を放出しながら俺は叫んだ。
眼前に立つ男は手を差し出すと一言。
『合格だ』
呟いた。
楽しげに、愉快そうに、何より嬉しそうな男の手を、俺はガッチリと握った。
『歓迎しようエルド君。ようこそ第315魔装化機動大隊へ、大隊長のジーク・ラインメタル少佐だ』
忘れようのないあの日を夢想し、俺は自室のベッドで眠りについた。
【大隊】
部隊単位の一つ。国や時代によって異なるが、歩兵の場合は大体千人ほどで構成される。
※人数的には中隊の上、連隊の下