第62話 最後の執行者
「エルドたち大丈夫かなー......」
皇宮前の広場、腰まで伸びた銀髪をなびかせるテオが、戦場と化した市街地を見た。
レーヴァテイン本隊が機動遊撃戦を展開する中、わたしとテオはこの場所で万一に備え待機せよと命じられている。
「あいつらならうまくやるだろう、それより、《神装》と《グランドクロス》はちゃんと持ってきてるだろうな?」
「一応いつでも使えるわよ、エルドからは『追い詰められた時以外使うな』って言われてるけど」
テオがはにかむ。
《神装》の魔力消費は尋常ではない、そうやすやすと使えないのだ。
とは言っても、敵の降下が終わってから皇宮は平和そのもの。レクトルが来る気配はまるで無い。
ジークたちが善戦しているからか? いや、それにしたっておかしい......。
「ねえベルセリオン、確かあなたもグランソフィアで今回と似たような攻め方してなかったけ?」
「レクトルの空間移動奇襲か? 確かにしたが、ここまで大規模ではない。それに私は街へ直接降ろしてはいないからな」
最初はそれも考えていた、しかしいきなり街中へ降ろしても制御ができねば後に各個撃破されかねん。
だからこそ私は街から離れた場所で降下させた、結局失敗してしまったが......。
「その時はレクトルを制御できてたの?」
「いや、残念ながらできなかった。おかげでレーヴァテイン大隊に蹂躙され、進攻は頓挫、挙句の果てには殺されかけたがな」
上空を戦闘機の編隊が高速で通り過ぎていく、もう周辺から増援が集まっているのだろう。
この分では鎮圧も時間の問題、結局はただの陽動か。
「ねえ......ベルセリオン、一ついい?」
ふと高揚の無い声でテオが言った。
「なんだ?」
突拍子の無いそれに、思わず聞き返す。
「ここ......なんでこんなに静かなの? 市街地はあんなにやられてるのに」
「見た通りではないのか? むしろ、帝国軍が奮戦しているからこそ高台のここは無事なんだろう。我々が置かれているのも、最低限の人数で済むからであって――――」
言い終わる前、疑問はジェットエンジンのような爆音によって呼び覚まされた。
帝都上空を見上げれば、火の玉となって落下する戦闘機と、夜のような漆黒の翼を翻す異形。
「ドラゴン級レクトル! あいつまで投入されていたのか!!」
ドラゴン級はレクトルの中でも最上位の存在、戦闘力はユグドラシルの苗木にいたヴィゾーヴニルすら上回る。
市街地へ降下するのを確認し、すぐさまジークたちへ連絡を取ろうとした――――その瞬間だった。
「避けてッ!!!」
「ッ!!??」
私はテオに思い切り引っ張られ、勢いのまま尻もちを着いた。
いきなりなんだと叫ぼうとする口は、しかし目の前の石畳に突き刺さった"槍"によって黙らせられる。
「これ......は」
紛れもない、それはグランソフィアで一度は私を貫いた神器だった。
「裏切り者テオ・エクシリア、執行者ベルセリオン。主の意思に逆らった代償を払い、世界へ還元せよ」
程なくして、広場には幼くも覇気のある声が響いた。
皇宮を形作るドーム状の建物の上、見目よい金髪を揺らした少女。
元同僚との最悪の再開、私はすかさず銃口を向けた。
「執行者リーリス!! なぜ貴様がいる!」
「久しぶりベルセリオン、まさか生きながらえて人間の犬になってるとは思わなかったわ」
リーリスは突き刺さった槍を手元へ引き戻すと、再び構え直す。
「貴様こそ相変わらずだな、主だ意思だと人形のように繰り返す様、かつての自分を見ているようで辟易するぞ」
「主は唯一絶対で正しいわ、人間こそが殲滅すべき悪の権化。全ての次元から淘汰されるべき存在なのよ」
怒りの色を示す執行者は、グランドクロスを構えるテオへ視線を向けた。
「《グランドクロス》に《コローナ》、......ふーん、《神装》まで持ってるんだ。でもそれは主より授かりし物、裏切り者が使うことは許されない」
今分かった。
省庁への攻撃はレーヴァテイン大隊を分離させる陽動、本命は私たちだったのか。
こちらへ槍を指向し、リーリスは端麗な容姿に怒気の色を見せた。
「主の意思に従い、あなたたちを殲滅する」
「やれるものなら――――――――やってみろッ!!!」
トリガーを引き、もはや扱い慣れたサブマシンガンをリーリスへ発射。
すかさずテオもグランドクロスを手に、距離を縮めにかかった。