第1話 殲滅すべき悪の権化
皆さんに問いたい、『神』とは、信仰深き人間の味方なのでしょうか? はたまた業深き人間を罰する敵なのでしょうか? それともそのどちらでもないのか。
国、宗教、価値観、民族性によって答えは様々でしょうが、少なくとも今の自分はこう思う......。
――殲滅すべき悪の権化と。
◇ ◇ ◇
――神歴1202年12月23日 テオドール帝国北方の要塞国境地帯。
空気を破る爆発音、天を焦がす黒煙が遍くその光景は、さながら魔女の釜底とも言うべきか。あまりの惨状に自分でも広がる情景を受け入れられないでいた。
一月前までそこに"あった"仮想敵国は完全に崩壊し、焦土と化した隣国は恐るべき浄化の使者によって蹂躙された。
要塞内では隣国からの避難民が身を寄せ合って暖をとり、同僚の兵士達が支給した毛布の中で震えている。
「フォルティス小尉! 本国が遂に『レクトル』への宣戦を布告した。空軍の攻撃機も既にスクランブルしている、今すぐに避難民を逃がすぞ!」
振り向けば、この要塞に勤務してからいつもお世話になっている上官が居た。その腕にはテオドール帝国陸軍の標準装備である自動小銃が、剥き出しの銃口を上へ向けていた。
「了解、地下に装甲列車が待機していますのでそれを回しましょう。あれなら安全に避難民を逃がせます」
「分かった、私は調整のため一旦地下に降りる。すぐに戻るがしばらくここを任せたい」
本来なら物資や食料を運搬する為の物だがやむを得まい、調整は中隊長に任せるとして、こちらは警戒を続けよう。
要塞上空を先程スクランブルしたという空軍の対地攻撃機8機が飛び越え、甲高い爆音を轟かせながら立ち上る黒煙の中へと消えていった。
彼らが爆弾を落とす間、俺に出来ることはこうして小銃を背に同僚と避難民の様子を見るくらい。
時間稼ぎは空に任せればいい。
そう思っていた瞬間だった。
「おい! あれ見ろッ!!」
叫んだのは高射砲陣地の兵士。
見上げれば、黒煙に覆われた空からは数個の火の玉が......いや、"撃墜された"空軍の攻撃機が爆炎に包まれながら落ちていった。
機は空中で大きく爆発、パイロットの安否は不明だが最悪の予感が要塞全体に充満した。
うずくまっていた避難民も何人かが立ち上がり、様子を見始める。
「ガアアァァァアアァァァッッ!!!」
ジェットエンジンにも負けない咆哮、直後に暗雲より飛び出してきたのは神話に出て来るドラゴンにも似た生物。『神』の使わせし人類の敵、人を滅ぼす未曾有の脅威。
「『レクトル』だああああッ!! 皆、皆逃げろおッ!!!!」
「きゃああああああああああああああッッッ!!!!」
避難民達が一斉にパニックへ陥り、蜘蛛の子を散らしたように逃げ惑う。
攻撃機はこいつに落とされたのだろう、後ろからは撃墜を免れた空軍機が全速で追尾しているのが確認出来た。
「避難民の収容を急げ!! こっちに突っ込んで来るぞッ!!」
堪らず叫ぶ。
全身を悪寒が襲うも、俺は帝国軍人として取るべき行動を取る。
野ざらしの広場から高射砲塔へ非戦闘員を待避させるべく、誘導と収容を開始した。
「撃てッ! 撃てえッ!!!」
全ての対空砲が急降下するドラゴン型レクトルへ向けられ、尾を引く曳行弾を無数に上空へと撃ち上げた。
「早く!! こっちに入れッ!!!」
必死の想いで入口へ来るよう呼び掛けた。彼らは他国の民だが、今や亡国の民でもある。人間の持つ救いたいという感情のみが俺を突き動かしている。
しかし、神は非情だった。
逆さまに降る雨が如き対空砲火をくぐり抜け、ドラゴン級レクトルは高射砲陣地を巻き込みながら広場に落着。吹き飛んだ瓦礫と巨大な腕に避難民は目の前で叩き潰された。
高射砲塔の根本に立っていなければ俺も即死だっただろう。
「あっ......ああっ!」
声が出ない......、さっきまであんなに声を張り上げていた喉が動かない。
僅かに生き残った避難民、直撃を免れた兵士が嗚咽を上げるも、その悲痛に満ちた声は獰猛な理性を欠片も感じさせないうなり声に掻き消される。
「ッ......! 逃げるんだエルド!! お前だけでも生き延びろおッ!!」
瓦礫に足を潰された仲間が俺の名を声に乗せて張り上げた。
仲間も民間人も見捨てて逃げるだと? ふざけるなッ!! 『神』に屈するくらいならば、この場であらがい果てる事を選ぼうッ!
背の銃を構え、アイアンサイトの中央に敵の頭部を据える。弾倉も装填済み。素早く安全装置を解除。
「ガギュルアアアアアアァァッッッ!!!!」
対人用自動小銃の5・56ミリ弾でこの化け物を倒せるとは思えないが、一兵卒でも傷一つくらいはッ......!!
「やめろエルド!! 逃げてくれぇッ!!!」
友人の金切り声とは裏腹に、無情な使者は不気味な口を三つに開き太陽のような火球を錬成した。
食らったらほぼ確実に2階級特進、良くて一生ベッドの上。30発の銃弾を撃ち尽くして死ねるなら軍人としては本望。
――俺は神に屈しない。
「くっそがああああああああああああああああああッッッ!!!」
引き金を引くと同時、剥き出しのマズルフラッシュが瞬いた。
乾いた発砲音は命のカウントダウン、弾倉に詰めた銃弾が火花を散らして発射される。
同時に放たれた業炎に焼かれながら、それでもトリガーを引き続けた......。
【自動小銃】
主にガスや反動を利用して、連射を可能にしたライフル。
※セーフティを解き、弾を装填した自動小銃をふざけて猿に渡して死にかけたゲリラがいるらしいよ。
お読みいただきありがとうございます。
読んでくれるというだけで、作者としては無上の喜びです。