出会いとは不思議なもんで
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眩しい。真上から降り注ぐ光を避けるように横を向いて目を開ける。
あたりは白っぽい石の瓦礫が散乱し、その向こうにはギリシャ神殿のような巨大な石柱が何本も見える。
石柱にはひびが入っているのや途中で折れてしまっているものもある。
自分は崩れた神殿の床の上で寝ていたようだ。
なんの花かわからないが、甘い香りが漂ってくる。
起き上がって両手を上に上げながら思いっきり深呼吸をする。空気ってこんなにおいしいのか。足りないとばかりに何度も深呼吸してしまう。
石柱の近くへ歩いていくと、その向こうの景色がはっきり見えた。
自分のいる神殿は海辺の山の上の方にあって、正面の崖の下にはターコイズブルーから沖合に行くにしたがって色が濃くなっていく美しい海がひろがり、右手には緑に覆われた丘が遠くに行くにしたがって徐々に低くなっていた。遠くの丘の上には村だろうか、薄いオレンジの屋根と白い壁の建物がみえる。
海から吹いてくる風に身体が震える。寒いわけではない。旅行なんか一切したことのない彼は初めて見る壮大な景色を前に体の奥深くからの震えが皮膚表面にゆっくり達するのに身をまかせていた。鳥肌が止まらない。
「うおーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!」
こらえられないとばかりに、自然と吠えていた。
なんだ、ここは!?これが神様の言ってた異世界なのか?こんな美しい場所があるなんて。自分みたいなのがこんな素晴らしい景色の所にいたら天罰でも喰らうんじゃないかと期待してしまう。あ、でも捜査官に扮していた神様が言ってたな、『異世界追放の刑』とか。
石柱を背にして振り返ると、向こうには神殿の奥への入り口らしきものが見える。扉が崩れて半開きになっている。この感じでは住んでいる者もいなさそうだ。瓦礫を避けながら扉の方へと歩いていくと急に空が暗くなった。太陽に雲でもかかったのだろうかと見上げると、自分の目が信じられなかった。
「え!?ドラゴン!!??」
まだ上空高くにいるだろうソレは遠目にもかなり巨大で、大きな翼と尻尾を持っていた。降下して近づいてくるソレは漫画や映画で見たある生き物にそっくりだった。
そんなまさかという焦燥感と、やっぱり天罰がきたという暗い喜びをその身に感じながら全速力で神殿の入り口の中に走りこむ。
ドラゴンが着地した衝撃でバランスを崩して扉の中へ転がり込んだヒロはその勢いのまま奥の階段を転げ落ちてしまう。
ようやく止まった時には、体中が打撲と裂傷で傷だらけであったのだが、興奮状態のため痛みはほとんど感じなかった。
骨と関節をやられなかったのは幸運という他はない。
「グルルルルアーーーー!!!」
空気を震わせるドラゴンの咆哮に鼓膜がやぶれてはたまらないと耳をふさぐ。
こんな大音量聞いたこともない。ヘッドホンで音量マックスにしてもこの振動まではないだろう。
転がり込んだ部屋の中が突然明るくなる。驚いたヒロは部屋の中ほどにあるモノに目が釘付けになった。
部屋の中央付近、床から天井まである光の柱の中に女の人が浮かんでいるのだ。
白いローブのようなものをはおり、袖や裾からのぞく手足は抜けるように白く、腰まであるまっすぐなプラチナブロンドが光を受けてそれ自体が発光しているようだ。
眠っているのか目を閉じて表情もないので冷たく見えるがかなりの美人。
ヒロが働いていた店の系列のロシアン・パブにもキレイな金髪白人女性はいたが、この女性なら指名殺到でナンバー1も間違いないだろう。
なぜこのような美しい女性が?そもそもどうやって宙に浮いている?手品か何かだろうか?
竜の咆哮は相変わらず響いているのだが、ヒロの頭の中は暖かいもので満たされ、思考力を奪われたようになっていた。
自分はこの女性を知っている?
体が操られているように光の柱に近づき、両手を差し出してしまう。
両手が光に触れたとたん、光の柱は一瞬強く輝いて消えさり、中にいた女性はゆっくりと床に降り立った。
天井全体がぼんやりと照らす中、目を開ける女性。吸い込まれるような黒い瞳がぼんやりとしたものから徐々に焦点があってくる。
その一部始終を両手を上げて固まった姿勢のまま見ていたヒロと目が合う。
「ケイタ...? あぁ...ケイタ...では...ない!?あなたはどなたなの?」
目の前の自分が彼女の知る人ではなかった、失望と不安から彼女の瞳は曇り、表情もこわばる。
「グルルルルルルルアアアアーーーーーー!!!!!」
なおも響き渡るドラゴンの咆哮に女性の顔がハッとしたようになる。
「ドーラ!?ドーラなの!?」
言うなり外へ駆け出す女性をヒロは呆然と見送っていた。
女性の話す言葉が日本語ではなく、それなのに何故か自分は理解できる。
ドラゴン、金髪の美女、知らない言語を理解できる自分。
もう自分がいる場所が地球とは違う異世界に間違いなさそうだ。
「はぁ、なんか、もうすでについていけないんですけど、神様」
しばらく呆然と佇んでいると外から声がかかった。
「あなた様、こちらにいらして下さいませんか」
先ほどの女性のものと思われる声。気が付けば、ドラゴンの咆哮はもう聞こえない。
少しでも頭をスッキリさせるために、自分の頬を両手で張る。
それでもまだ、頭の芯が少し痺れたまま、先ほど転がってきた階段を上がっていく。
二人の女性が待っていて、あれ?ドラゴンがいない?
金髪の美女と、その隣には背が高く赤い髪に2本の立派な角が生えている女性。
赤髪の女性は黒縁の赤い革のボンデージでグラマラスな体のラインが強調され、気の強そうな顔と似合っている。
鞭でも持たせれば某クラブで女王様になれそうな雰囲気を持っている。
「お主、いったい何者じゃ?」
女王様のお声は中性的で低音がいい感じで渋い。
すごく心に響いてくるんですけど。
「この方のいらっしゃられた空間には特殊な結界が張られてあったのだ。あるお方の魔力で触れないと中にも入れぬし、この方を覚醒させることもできぬ。それなのにお主はやすやすとそれを成し遂げた。しかも、このワシに一切気づかせることなくここまでたどり着きおった。答えよ、何者じゃ?」
女王様の周りに赤いオーラのようなものが見え、彼女から大きなプレッシャーというか、炉端焼きで火元に手が近づき過ぎた時のような皮膚がチリチリした感じが全身に広がる。
対面しているだけでこんなになるなんて、少しは女性に耐性ができたと思ったのに。
心だけじゃなくて体全体に響いてくる。
今度は金髪の方が右手を振ると空中に奇妙な模様が浮かび上がった。
「《真実の口》」
彼女が何か唱えたかと思ったら、その模様がすごいスピードで俺の方に飛んできた。
「え!?何?今のは?俺死ぬの?」
「あなたが嘘をつけないようにしました。死ぬ事はありませんわ...まだ」
ちょっと、『まだ』って!まぁ、もとから嘘つこうなんて考えていなかったんだけどね。
「信じてもらえるかどうかはわかりませんが、今から言うことは嘘ではありません。名前はヒロ。ここにはついさっき転移されたばかりです。景色を眺めていたら空からドラゴンがやってくるのが見えて、この扉の隙間に逃げ込んだら、転んで、そちらの女性のいた部屋にたどり着いた、と」
うまく話せるか心配だったけど、なんとかつっかえずに最後まで言えた。
「転移じゃと!?」
二人が驚いて顔を見合わせている。
うわ、驚かれるだけでまた圧力が増しているし。
「は、はい、地球という星の日本から来ました」
「「日本!!!!」」
驚愕して二人とも目玉が飛び出しそうなくらいに目を見開いている。
同時に彼女達の方から強い熱風が吹いて来てその場に立っていられなくて後ずさってしまった。
なんだこれは、どうして急に風が吹いたのか?
「なんという、かような事があるものなのか」
「そうですね、日本からの転移者であるならば彼が大きな魔力を持っているのも、私の結界が解けたのも説明できるかもしれませんね」
「うむ、兄上と魔力の型が似ておるのであろう。」
何か二人で納得されてるけど、それって俺と同じように日本から転移してきた人がいたって事なのか?
「ヒロといったか?以前お主のように日本から来たお方がおったのじゃ。そのお方は比類なき魔法の使い手であった。お主ももしかしたら何か魔法が使えるのではないか?」
「いやいやいや、その人がどうだったかは知りませんが、俺は魔法なんて使えないですよ。っていうか、俺にできる事なんて料理くらいなもんですよ... うわっ!」
「料理...?ヒロは...日本の料理を...作れる...のか?」
いきなり目の前に現れたドーラさんに両肩をガシッと掴まれて、長身の彼女に上から見下ろされる状態になった。
顔がどんどん近づいてきて鼻の頭がぶつかりそうだ。近いよ近い。
スゴイ真剣な顔で、今気が付いたけどドーラさんの目って爬虫類と同じなのか、瞳孔が開いてまん丸になってる。
少し浅黒い肌のキメもキレイだし、シミも皺もないのか、人間とは思えない。これも異世界クオリティなんだろうか。
「え、ええ、洋食が専門だけど、和食も中華も一通り作れるよ?」
「で、では、あのフルッフル、トロットロな卵焼きが香ばしく炒めた米の上に載っていて魅惑的な赤いソースがかかっていて食べた者がニマニマと幸せそうな顔になる料理をと作れるのか?」
「ケチャップをかけたオムライスですね。材料さえあればできますよ」
「で、で、では、丸めたひき肉をトロッとした焦げ茶色のソースに絡めて、口に入れた者が思わず頬っぺたを押さえて一噛み毎にうれしそうにハフハフする料理も作れるのか?」
「あんかけソースのミートボールの事かな?全く同じとはいきませんが、一緒に食べて意見をもらえれば近い物ができるようになりますよ」
ギュンと音がしそうな勢いでラウラさんの方を振り返るドーラさん。
「嘘は言っていませんわ。額の印が赤くなってませんから。ドーラがそんなに食べ物に執着してるなんて知りませんでしたわ」
さっきまでの女王様はどこに行ったのか、顔を赤らめて口元があうあうと動いてる。
「いや、あの、そうじゃ!兄上が悪いのじゃ!子竜の頃に兄上がそれはそれは美味そうに食べておった。わざわざワシの目の前までスプーンですくったオムライスを見せびらかしてから食うのじゃ。それがあまりにも幸せそうで、何度も一口でいいから分けてくれと頼んでも『子竜は人間と違うからもしも問題が起きたら責任が持てない』とか言いおって食わせてくれなかったのじゃ。この300年の間、食べれなかった悔しさを忘れた事はないのじゃ!」
よほど悔しかったのか、ヒロの肩を掴むドーラさんの手に力がこもってくる。
「ドーラさん!ちょっ!手が食い込んで痛いから!アーーーーーーーーーーーーー!!!」
痛いありえない熱いありえない痛いありえない熱いありえない痛いありえない熱いありえない、肩が!?握りつぶされた!!??
父や不良グループからの暴力を日常的に受けていたヒロは痛みには慣れていた。鼻をつぶされたり、肋骨にヒビが入ったなどは幾度もあったが、さすがに肩を骨ごと握りつぶされたのは初めてで、その痛みに悲鳴を上げた。
ドーラさんを見ると、あれ?何これ不良品?みたいな顔でビックリしてる。ビックリしたのはこっちだ!そうだ!こんな時にぴったりのセリフを先輩方に教わってた。
「痛たたたた〜、肩折れたやんけ! どないしてくれんねん。姉ちゃん!」
「あーもうバカ!ドーラ!彼の腕が取れないように支えてなさい!≪大治癒≫」
ラウラさんが駆けつけて来て光溢れる両手を俺に向かってかざした。
痛みが引いていき、肩の内側からチクチクするようなむず痒いような感覚を覚えると、潰されたはずの肩が元通りになっていた。
「どない...してくれ..まして.ありがとうございます?」
「はぁ、もう、ごめんなさいませ、あの子、昔を思い出してちょっと力が入ったみたいですわ。でも肩は治ったし、他にも傷がありましたけど完治されてますわ。ほら、顔だって前よりスッキリしてるわよ。」
泣きそうな感じであわあわしていたドーラさんの頭を右手で押さえてオレに向かって下げさせる。
血を失ったせいか、いまだに少し頭がぼーっとするが、全身を手で触りながら確認していく。
先ほど転げ落ちた時にあちこち打ったり切れたりしていたのが嘘のように無くなっている。
服までは魔法が効かないのかジャケットもパンツも破れたり穴が開いたり袖は血まみれだしでヒドイ事になっている。
一番驚いたのは鼻がまっすぐになってる。なんども殴られて折られつぶれ気味で曲がってた鼻が。
顔全体も以前よりスッキリしている気がしないでもない。
肩を潰された痛みだけで以前の傷やケガまで治るなんて、むしろオレ得なのか?
でも、まぁ一応お店で習った通りに言っておきますか。
「それで、どうしてくれますか?危うく死ぬかと思いましたよ。腕がないんじゃせっかくのオムライスも作れませんしねぇ」
「どうとは?なんでございま「申し訳ないのじゃ!」すか?」
ドーラさんが後ろにズサーっと下がりながら土下座の姿勢になってる。
「ワシにできる事ならなんでもするのじゃ!だから、だから、オムライスを作らないなんて言わないでくれ!」
バコン! 勢い余って下げた頭が地面に穴を開けて石の破片が飛び散る。
おいおい!ドーラさんはどこかの山ごもりしていた空手家かよ。
地面かち割るとか頭大丈夫ですか?
でも、いい人なんだな。チョロすぎて誰かに騙されるんじゃないかと心配になってくるレベル。
それにしても、オムライスがそれほど大事なのか。
オレも本当は駆け引きとかする人や裏表ある人が苦手というか嫌いだし。
うん、ドーラさんとは仲良くしたい。
オレはできるだけ優しく見えるような微笑みを浮かべながらドーラさんの前に片膝をついて土下座してるドーラさんの肩に手をかける。
「そんなに畏まらないでくださいよ。誰にだって間違いはありますから。ほら、肩だってもう治ってますし、オムライスも材料さえあれば作らせてもらいます」
「ほ、本当かや?」
こちらを見上げたドーラさんの目はウルウルしていて、こういう顔もかわいいなとか思ってしまう。
額には細かい砂が付いているけど全くの無傷だ。
「ワシを許してくれるのかや?」
ニコッと笑って「当り前じゃないですか」
「ありがとうなのじゃ!ヒロはいい奴なのじゃ!」
泣きそうな顔になった次の瞬間にはヒシと抱きしめられていた。力を込めて。
「ハウッ!...カハッ...ト....トーラ...ひゃん...あぁぁっぁぁぁ....」
骨のきしむ音が体の内側から聞こえる。肺の中の空気はアッという間に放出されて残量ゼロ。
「ドーラ!!!!!放しなさい!殺す気なの!」
死にかけました。




