誰かみおぼえありませんか
....
......
.........
「.....ロ....」
「タ......ロ.....」
「タナ......ロ...ん」
ん...誰かの...声....が...きこえ...る...?
ビリビリビリビリビり!!!
「ん!ギャアーーーーーーーーー!!!!!!」
「なんだ起きてるなら返事して下さいよ、タナカ・ヒロさん。心配したじゃないですか」
いったい自分の身に何があったのか、突然、全神経が強引に覚醒された。車のギアがいきなりトップに上げられたかのような、息をするのも空回りしている。
「!む、むしろ死にかけたんですが!今!」
「あの程度の電気じゃ死にませんよ、それにもうすでに死んでますから」おおげさですねーという感じで医者のような白衣をまとった女が言う。
「俺は、死んだのか?」
「はい!荷台のないトラックに飛び降りようとして、後続のトラックにクリーンヒットでした。向こうの担当神が目に涙を浮かべてに『わざわざ荷台のないトラックを選んで飛び降りるとかどんだけ(笑)』と仰ってましたよ」
そうか、やはり死んでたんだ。デコトラのネオンが眩しくて荷台まで見えなかったんだよ。まさか荷台がないトラックに飛び降りるなんて、どういう確率だ。
映画とかだとみんな成功しているのはやはり主人公補正とか入ってるからか。
悔しいけど、どう考えて俺は主人公かなかったし、むしろこれ以上相応しい死に方もないか。
最後まであがいたんだからあきらめもつく。
「それでなんですが、タナカヒロさんに重要なお知らせがあります。笑いすぎて腹筋が攣ったあなたの世界の担当神の推薦で異世界転移プレゼントです」
ニッコリとほほ笑んで、おめでとうございますと言われてしまった。
「えっ!?ちょっと待ってください。自分の記憶が確かならさっき怪しい捜査官が異世界追放だって仰ってましたが」
「はい、その怪しい方があなたの世界の担当神です。あなたの記憶にある人間に模して出てきたんですね」
よくあることなんですよ、と微笑む女。
「言葉は違いますが、内容は一緒なのでお気になさらずに」
よく見ると、この女性も見覚えがある。店で一番絡んで指導してくれた女性だ。彼女がどんな些細な事でも見逃さずに注意してくれたので強面の上司や先輩から叱られなくなった。恩人と言える女性で彼女ののおかげで女性不審がやわらいだ。
この部屋は病院の診察室をイメージしてるみたいで、横になっていた寝台から体を起こす。
「今回は記憶も肉体年齢も同じでの転移になります。通常は一度死んだ方はこちらの世界の生物に転生になるのですが『あまりにもおしいキャラ』という事でそのままの肉体年齢での転移になりました」
なんだ『あまりにもおしいキャラ』って。
実家にいた時は、父の「そんな金は出せない!それに家の手伝いをサボるのか!?」の一声で修学旅行ですら行けなかったし、父を殺したあとはグループ内の風俗店を移動する位しか外にでなかったから、旅にはすごく憧れていた。
しかし、その初めての旅が異世界というのはどうなんだろう?
言葉は通じないだろ、住んでいる人?果たして人がいるのか?いても身長10m位で野蛮で凶暴だったらどうする?
「ちなみにですね、タナカヒロさんは父親を殺害されているので、この異世界転移を受け入れないとあなたの世界の阿鼻地獄で10万年間苦しむことになります。まぁ、舌抜かれて釘を体中に打ち付けられて燃え盛る山を登らされるのがお好きならしょうがないですが。どうなさいます?」
地獄ってほんとにあるのか?、神らしきモノにも会ったようだし、これは選択肢はないらしい。
「もし、異世界転移を受けてくださるなら、タナカヒロさんのご希望を一つ叶えましょう。新しい世界できっとあなたの助けになりますよ。」
これ以上ないって感じの笑顔でこっちを見つめてくる。元になった女が営業中にお客様相手によく見せていた笑顔だ。それが自分に向けられたのは初めてで落ち着かない。ウソの笑顔だ、営業スマイルって奴だな。そう思うと気が楽になる。
幼い頃から父親から罵声を浴び続けた彼は誰かが自分に好意をもっとくれるとはこれっぽっちも思わない。
「ええと、あなたも神様でよろしいのでしょうか?その神様ともあろうお方がオレのような人殺しの希望を叶えるだなんて信じられる話ではありません。何か別の目的があるのでしょう。それをお伺いしてもよろしいでしょうか?」
「目的?そんなものはございません。ただの気まぐれです」
心配しなくても誰もあなたに期待していませんからとあっけらかんと告げる神。
期待されていないと聞いて心が落ち着く。
父からは、罵声と暴力をふるわれ、学校では不良グループに目をつけられ、最近になって人生で初めて人から褒められた。
父の下で子供の頃からひたすら洋食店の手伝いをしてきた彼は、勤務した風俗店で数々の新しい経験をした。
女の子たちのスケジュール管理、毎月の企画、イベント時の模様替え、フードメニュー提案、最近では新店の立ち上げにもたずさわった。
料理は決して嫌いではない。むしろ一番経験のあるスキルなので自分のできる事の中では一番自信がある。
それでも、世の中にはまだまだやったことのない職業がいっぱいあるし、果たして料理が自分にとって一番向いているのか判断できない。
もしかしたら自分にもっと適した職業があるかもしれない。
「俺は言ってみれば『井の中の蛙』です。ずーっと実家で家業の洋食屋を手伝っていて、父を殺した後は風俗店で雑用から新店の立ち上げまで色々やらせてもらいましたけど、あの世界の他の職業を全くやったことがない。もし今度の異世界に行っても俺は役に立たないじゃないかと不安なんです。だから俺の希望は色々な事を見て覚えて色々できるようになりたい。でも、そんなの無理ですよね、たとえ神様でも...」
「かしこまりました。既定の『言語理解』と『収納空間』に加えて『模倣』を処方いたします。それでは快適な異世界生活をお過ごしください」
行ってらっしゃいませ~っと手を振る神様。
...は? げんごりかい? しゅうのう? もほう? もう行っちゃうの?
診察室がまばゆい光に包まれ、彼の意識は数々の疑問を残して再び消えてゆく。




