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第1話:転校生

「転校生、かあ……」

 昼休み。ざわざわと騒がしい教室の真ん中あたりで、向かい合わせた二つの机を囲んで弁当箱を広げている三人の少女のうち、一人の少女が呟いた。

 彼女の名前は北川奈々。背中まで伸ばした色素の薄い髪を、一房だけ頭の右側で結び、これまた色素の薄い瞳を持つ高校一年生。

「そういえば明日だったか。──どうした、奈々? 何か気になる事でも?」

 黒髪を短く切りそろえた少女が、イチゴ牛乳の紙パックにストローを突き刺しながら言う。

「そんなの言わなくても分かるわよ。転校生って事はそれなりに優秀って事でしょ。どうせ奈々の事だから、また落ちこぼれるのを嘆いてんじゃないの」

 ウェーブがかった長い髪の少女が、サンドイッチを口に運びながら言い放った。

「う……図星です……」

 奈々はウィンナーの突き刺さったフォークを膝の上に置いた。

「やっぱりね」

 長い髪の少女──晶と、短い髪の少女──京子は、顔を見合わせて笑った。


 関東魔術学院といえば、西の関西魔術学院と並び、多くの優秀な魔術師を世に送り出してきた国立の中高大一貫教育機関である。政府の役人や軍隊のエースなどにも、ここのOBは多い。この学校、特に大学の卒業生ともなれば、魔術師として確かな将来を約束されるため、毎年多くの受験生が日本各地から訪れる。

 つまりこの学校は、国民の憧れ、エリートの集まりなのだ。


 しかし。


「わたしも時々ね、思うの」

 ウィンナーを口に入れながら、奈々がぽつりと言った。

「わたしなんかが、こんなエリート集団の中にいてもいいのかな、って」

 そう言って俯きこんだ奈々に、京子は慰めるように声を掛ける。

「まあまあ。それでも高校まで来たのは、キミの実力だよ。実技がダメでも、奈々には筆記がある」

「そうね。それに、<放出>はいいとして、<治癒>を使える人なんてあまりいないんだから、もっと自信を持ちなさいよ」

 珍しい事に、他人をあまり褒めない晶までも、奈々を慰めた。

「……そうだね。奇跡的に高校まで来れたんだから、大学まで頑張ってみるよ」

「そうだよ、その意気」

 二人の励ましによって、すっかり元気を取り戻した奈々。普段から能天気気味の彼女は、深く落ち込む機会はめったに無いのだ。



「じゃあね」

「うん、また明日」

 放課後。学校からの最寄り駅改札口に消えていく二人に、奈々は手を振る。今日は三人で、駅前のお店をブラブラと見回ってきたのだ。

「さて、わたしも帰ろっと」

 奈々も駅を出て、学校に向かって歩き出した。実家が遠い生徒の殆どがそうであるように、彼女もまた校地内の寮で生活している。

「そうだ。美菜さんにケーキでも買って帰ろう」

 奈々はルームメイトである二年生の先輩の顔を思い浮かべた。喜んで貰えたら嬉しいな、と思いながら。


「ありがとうございました」

 駅前のおしゃれなケーキ屋。ここは学院の生徒達もよく利用している。小さな白い箱を手にした奈々は、店員の声を背に、ガラス戸から出た。

「うぅ、寒い〜」

 奈々はケーキを潰さないように気を付けながら、マフラーをきつく巻く。地球温暖化によって例年に比べ平均気温は高くなっているらしいのだが、やはり一月の風というものは冷たい。学校へと向かう奈々の足取りは、自然と早くなった。

 その時。

「すみません」

 不意に、背後から掛かる声。振り返ってみると、一人の少女が立っていた。

 黒いダウンジャケットとジーンズ。背は奈々よりわずかに高く、肩まで伸ばした癖のない黒髪。ぱっちりとしたタレ目が印象的な、中性的で優しげな顔立ちの女の子。

「魔術学院はどちらですか?」

 相手に見とれていた奈々は、ハッと我に返った。あまりジロジロと見るのは失礼だ。慌てて口を開く。

「あっ、魔術学院ならわたしも今から行くところなので、一緒に行きますか?」

 知らない男の人に着いて行くのは危ないけれど、同年代のしかも女の子なら、いくらなんでも危険はないだろう。それにこの場合だと、着いて来るのはあっちの方だ。

「迷惑、じゃないですか? 下校途中だったら……」

「あっ大丈夫です。わたしは寮だから」 彼女は、奈々が制服を着ていたから気遣ったようだ。自分も帰るついでだからと説明すると、お願いします、と言って遠慮がちに笑った。多分、良い人なのだろう。奈々は、彼女に対して好感を抱いた。



 学校への道すがら、二人で色々な話をした。彼女の名前は八神有紀(ゆうき)、明日からこの魔術学院に通う事になっている、つまり噂の転校生だった。

「明日からはクラスが一緒だね! ……えーと、ゆうちゃんって呼んでいい? わたしの事は、奈々とかそんなのでいいから」

「うん、いいよ。じゃあ私は奈々って呼ぶね」

 もともと奈々は人見知りをしない性格だから、有紀とはすぐに打ち解ける事ができた。いい友達になれそうだ。

「へ〜ゆうちゃんって**県から来たんだ。あれ、だったらこっちより関西の方が近いんじゃない?」

「うん。そうなんだけどね、ちょっと事情があって」

 学校へと続く坂道を、他愛のない話をしながら上る。部活帰りの生徒や、残って勉強をしていた生徒達と何回もすれ違った。センター試験も近い。歩道脇に植わっているイチョウの木の枝は、葉が一枚残らず落ちてしまったから寒々しい。剥き出しの膝に当たる風が冷たかった。


「案内、ここまででいいよ。後は多分大丈夫。ありがとね、奈々」

 校門に入って校舎が見えたあたりで、有紀は立ち止まって振り返った。

「ここまででいいの? あっ、ちなみに高等部の職員室は一棟の一階で、一般玄関はこの道を真っ直ぐ行ったとこだよ」

「分かった。本当に今日は色々ありがとうね。じゃあまた明日」

「うん。ばいばい」

 奈々は歩き去る有紀を見送って、それからグラウンドの方へと歩き出した。

「わたしも早く帰ろっと」

 その時。

──ガサガサっ──

「!?」

 不意に背後で音がした。しかし何もない。

「何か白い尻尾みたいなのが見えたような……。まっいいか」

 寮は校門から離れた場所にある。相変わらず風が冷たいので、早く部屋に帰りたかった。



 魔術学院高等部女子寮の定員は七十名。現在は、五十二名の生徒がここで生活している。コンクリートでコの字型に造られたその外見は飾り気がなく、無骨な印象を与える三階建ての建物だ。

 奈々は靴を脱いで自分の靴箱に入れ、スリッパ代わりの赤い健康サンダルを履いた。そして自室がある二階へと向かう。

「帰りました〜」

 二○五号室のドアを開けると、室内は暖かかった。

「お帰り、奈々ちゃん」

 机に向かっていた二年生の森口美菜が振り返った。この寮では基本的に、同学年で同室になることはない。奈々はこの優しい先輩が大好きだった。

 奈々は机の上に鞄とケーキの箱を置いた。

「美菜さん、駅前でケーキを買って来たので、一緒に食べませんか?」

「本当? 嬉しいな」

「ちょっと待ってて下さい」

 奈々はベッドのカーテンを閉めて、手早く制服を着替えた。そして紙皿とプラスチックのフォークを二つずつ出す。その間に美菜はポットで紅茶を淹れていた。

「先輩、好きなの選んで下さい」

 奈々が買ったのはチーズケーキとイチゴのタルト。美菜はタルトを選んだ。

「そういえば奈々ちゃん、嬉しそうだね。何かあったの?」

「すごいですね先輩。何で分かるんですか?」

「何となく、かな」

「実はですね──」


「そっか、転校生って奈々ちゃんのクラスだったんだ。友達になれて良かったね」

「はい!」

 奈々は紅茶を飲んだ。甘い香りが体中を包む。早く明日になればいいな、と思った。

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