第二話
私は耳に障害をもっている。
自分の気持ちをうまく相手に伝えられない。
だから、周りは私を煙たがり、離れていく。
しょうがない、私が悪いんだもの。
みんなと違う、私が悪いの。
しょうがない。しょうがないーーーーーーーー
「芽室?大丈夫か?」
肩を叩かれた。
うつむいていた顔をあげると、そこには私の大好きな幼なじみの姿。
手にはらくがき帳とクレヨン。
私が両こぶしでぐしぐしと目をこすると、幼なじみは見慣れたいつもの笑顔で笑う。
「遊ぼう!」
彼が何を言ったかはイマイチ分からない。
裏のない素直な笑顔と、荷物を持っていないほうの片手を差した行動に、安心した。
手を取り合い、お互いにギュッと握り締める。
私は彼を見て、精いっぱいの笑顔で笑った。
「ーーーーーーーーきて…起きて、起きて!!!朝よ!!!!」
「め…むろ…ムニャ………」
「芽室ちゃん?」
ーーーあ、夢!?うおっ、マジかよ
「おはよう、早く起きないと遅刻するよ」
「んあ、うっせーな」
しかし…懐かしい夢を見たな。幼稚園時代の夢なんぞ、いつぶりだろう。
あの頃はよく清里と絵かいてたな。
まあ今となっては懐かしいいい思い出だ。
今後は一切アイツとは関わらないと思うので、たまにはノスタルジーに浸るのもいいかもな。
そんなこんなで登校していると、見覚えのある背中が。俺は走って奴の背中を叩く。
「おはよ」
「うわぁ、びっくりした。おはよう、雄作」
まっすぐに揃えられた、短めのきのこヘッドを揺らしながら振り向いた。パッチリとした瞳と色白な肌。ちょっぴり気の弱そうな外見をした奴の名は、石川 渚。
一年から同じクラスで、そこそこ喋っていた奴だ。
まあ、こいつも俺と同じで来るもの拒まずの顔の広いやつだから、大抵の人とは知り合いなんじゃね?
反応がいちいちおもしれーから、いじりがいあるし。話しかけやすい。
「へへ、今年も同じクラスだな」
「そうだね~。僕、雄作君と同じクラスになれて嬉しいよ」
「お前がクラスに居ると楽しいしな」
「そうかな、ありがとう」
「いじりがいがあるってことだけど」
「ちょっ!?」
「今日の国語の時間は、図書室へ行きます」
国語教師がそう告げると、クラスは一気にざわついた。
「うぇーーーーーーーい!!とっしょしつぅ~~」
「よっしゃー!エロ本読もうぜ!」
「静かにしてください。図書室にそんなものはありません」
馬鹿かこいつら。
「皆さん、静かに図書室へ移動してください」
ガタガタと席を立ち、みんなが移動し始める。
「雄作君、一緒に行こう」
「おう」
石川と教室を出ようとしたとき、ふと幼馴染の顔が頭に浮かんだ。
アイツ、図書室移動ってわかってんのか・・・?
先生も口頭でしか伝えてないし、事前に連絡があったわけでもない。ぜってーわかってねーだろ!
清里の席に目をやると、下を向いて机の中をガサガサとあさっていた。
俺はずんずんと近寄ると、清里の手首を掴んだ。がばっ、と目を丸くして見上げてくる清里。なぜか嫌がっているような素振りを見せたが、問答無用で教室から引っ張り出した。
「行こーぜー、石川」
「うん」
清里は掴まれた手首を離そうとジタバタとしていたが、女のか弱い握力が通用するはずもなく、すぐに諦めた様子ではあ、とため息をついた。
「清里芽室さんだよね、彼女。」
「ああ、そうだよ。知ってんのか」
「うん。だって有名だよ、清里さん」
「まあ、色々わけありだかんな。」
「それもあるけどさ、清里さん、美人だって有名だよ」
「ああ、そっちかー」
本人が耳が聞こえないのをいいことに、ぺらぺらと喋り続ける俺と石川。
清里は、相変わらずの無表情。人見知りなのは昔から変わっていない様子で、石川のことをチラとも見ない。ったく。少しは愛想よくしろっつーの。
「今日は、この用紙に書いてある番号の本を、探してきてもらいまぁ~っす!」
うたのおねえさんばりの声のトーンとテンションで叫ぶ、司書の先生(38)。
いい年こいて何やってんだ、司書の先生・・・。
俺の近くに座っていた男子が会話を始める。
「なあ、可愛いよな、司書の橋本先生。」
「わかる、おっぱいおっきいし、身長ちっちゃいし、色白いし、明るいし、胸もでかいし。」
胸のこと2回いったな。
「胸のカップ、Fらしいぜ」
「うっわ、お前まじかよ!やべぇ~」
残念ながら、橋本先生の胸はGカップだ。俺は興味ないが、前のクラスのスケベ野郎が教えてきてな。俺は別にどうでもいいんだが、そいつが無理やり教えてきてな。もう一度言うが、俺は微塵も興味がない。
確かに司書の橋本先生は、一部の生徒から絶大な人気を誇っている。小柄な身長と童顔に反比例するような、豊かな胸。キャンディーのように丸く、キラキラと輝く瞳。色白でそばかすのある頬に笑うとできるエクボに、思わずドキッとしてしまう生徒が多いんだとかなんとか。まあ、アラサーには見えない容姿である。制服を着たら中学生でも十分通用するだろう。
「はーい、そこの男子~!ちゃんと本を探しなさーい」
「すみませ~ん」(ニヤニヤ)
「ちょっと、あっちの人たちもサボらなーい!」
「はーい」(ニヤニヤ)
中にはわざと怒られようとしている、Mの変態野郎もいるようだ。
「雄作君、僕たちも探そう」
「おう、そうだな」
真面目だなぁ、石川は。えーと、俺の用紙・・・
用紙を探していると、ピラっと目の前に紙が現れた。??なんだぁ?
紙を取ると、そこには清里がいた。用紙をとってきてくれたのか?優しいところもあるんだな。今でも。
「サンキュな」
俺が紙を受け取って立ち去ろうとすると、回り込んで清里が紙を奪い、鋭い目つきでバンッと指で紙をさした。
「・・・・ん?」
そこには何か文字が書かれていた。
『なんでさっき、強引に連れ出したの』
「なんで・・・って、お前が図書室移動なのわかってなかったからだろ。」
俺はシャーペンを出そうと、ペンケースを手にとった。ん、チャックが開いてる。開けた覚えないけど。
清里が握りこぶしをこちらへ向けてきた。うお、なんだ。怒ってんのか?
その拳には、俺のシャーペンが握られていた。
え、俺の使ったんすか、清里さん。まあ別にいいっすけど・・・
俺は受け取ると、用紙の白い部分にこう書いた。
『なんでって、オマエが移動なのわかんなかったからだろ』
ふん、とドヤ顔で用紙を清里に渡す。清里は俺からシャーペンを乱暴に奪うと、カリカリと書き出したものを俺に渡してきた。
『移動なんてわかってた』
何言ってんの、強がちゃって。
『下向いてたじゃん』
『あれは、ペンケースを探してたの。おかげで今、筆記用具がない』
え?あ、えーーーー・・・そうだったんすか。
なんか悪いことしちまったな。
『ごめん、謝る』
『今度から勝手なことしないで。思ってるより、色々できるから。』
・・・・・。
俺が紙を見ている間に、清里はさっさと本を探しに行ってしまった。
な、なんだよコイツ~!!人がせっかく親切心をはたらかせてやったっていうのに!ひどくねぇか!?
自分でできるから手出しするなってか!うぜー、昔はなんでも俺と一緒だったくせによー!
もうこんなやつ知らねーよ!勝手にしやがれ!
俺はその用紙をグシャグシャに丸めてゴミ箱に投げ捨て、新しい用紙をもらいに行った。
「えーと、913のハか・・・・」
「雄作君と僕の用紙、違うみたいだね」
「そんなん、全員違うんじゃないのか?」
「3種類くらいしかないみたいだよ」
「へー、じゃあわかんねーところは同じ用紙の人に聞けばいいのか」
「そうだね」
913のハ、913のハ・・・・・あ、あった。結構高いな。俺は届くけど、女子とかは届かないんじゃねーか?
俺が取ろうとしている本の前に、ぴょんぴょん跳ねている女子がいるぞ・・・あ、あの娘は・・・
「んしょっ、んしょっ・・・・はぁ、もう少しなんだけどな・・・んっ!」
「ほらよ」
俺は彼女が取ろうとしていた本をとってあげた。
「・・・・えっ」
「ごめん、違ったか?」
「あ、え、ううん、大丈夫だよ。ありがとう」
にこっと花の咲くような笑顔で、彼女はこたえてくれた。
彼女の名前は川本 絵美。くりっとした愛らしい瞳と透き通るような肌に、短めなセミロングの黒髪を、二つにちょこんと結っている。身長は高すぎず低すぎず、出るところはしっかり出ているがスレンダーな体型。真っ直ぐでけがれのない性格で、男女問わず人気がある。制服をきちんと着こなし、清楚なイメージが強い。
「お、おう」
「ふふっ、でもこの本のタイトル、おもしろいね」
本の題名をみると、
「[出動!おばはんバスターズ]・・・?なんだこれ」
「どんな話なんだろうね」
「ちょっと。絵美、本あったァ?」
俺が川本としゃべっていると、ポニーテールを揺らしながら小柄な女子が近づいてきた。
「あ、めぐみ」
彼女は原 めぐみ。長い髪をポニーテールに結んでいる。つり目でとんがった唇からは、気の強そうなオーラがビンビン出ている。本人は気付いていないが、一部の男子からは絶大な支持を得ている。うざくてちびっこくて発展途上なこんな奴、俺は微塵も興味ないがな。
「なに見てんのよ、杉戸。」
「べつに見てねーよ」
「あっそ。邪魔だからどいて」
「ちょっとそんなこと言わないで。杉戸君、本をとってくれたの」
「へー。じゃあね。行こ、絵美」
なんだ原。あいかわらずうっぜーな。
さっさと連れ去られてしまった川本を目で追っていると、そこに清里が通りかかった。ちょうど清里もこちらを向いており、ばっちり目があった。うわ、おめーじゃなくて川本だよ!見たいのは!さっさとどけ!
案の定、すぐにプイッとそらされた。いらつく奴だ。
あんなこと言われたからには、もう絶対助けてやんねーからな。
このとき俺はまだ知らなかった。数日後、とんでもない出来事が起こることをーーーーーーーーー