2【赤銅髪のメイド】
ぼちぼち書いていきます
結局…俺は深月に家まで送ってもらった。
もちろん冬野小雪の家に。
そこは、俺の知っている家というものを覆すような大豪邸だった。
よくわからず、ただただ混乱するばかりの俺は、風呂にも入らないまま眠りについた。
*****
「ん…」
眩しい光に、俺は目を開く。
どうやら朝になったらしい。
「……戻ってるわけ…ないよな」
自分の体を見て、ため息をつく。
まだ少しだけ夢を見ている気分だ。
だが、少しだが状況は飲み込めてきた。
俺は、あのキスのせいで冬野小雪の体に心が移動してしまったということだ。
人格そのものが消えるわけではなく、ただ意識だけが移されたような感覚。
いっそのこと、人格そのものを上書きしてもらえたほうが、楽だったかもしれない。
だが、今そのことをどうこう言っても現状は変わるはずもない。
とりあえず、これからどうしなければいけないのか…そこが問題で…
「お嬢様?」
「ひっ!?だ、誰だ!?」
俺は突如した女の声に動揺する。
「凛でございます。昨日からお嬢様の様子が心配でしたので…つい。」
口調からして、この屋敷のメイドなのだろう。
よく考えればわかることだったのだが…。
取り乱しすぎたかもしれない。
今は怪しまれない事が優先だ。
とにかく…落ち着いて…慎重に…
「お嬢様、中に入ってもよろしいですね?」
「え、ええ、いいわ…!」
よく考えれば冬野小雪の喋り方すら知らない…慎重も何もないではないか。
とりあえず、俺はそれらしく喋ってみる。
「あの…お嬢様。私から入ることはできないのですが」
「そっそっか鍵!じゃなくて、今開けるわ!ふふ」
ふふってなんだ、ふふって!
自分で言っておいて、どうしようもなく可笑しい。
「ど、どうぞ〜」
とりあえず笑顔で扉を開けると、凛とやらを中に入れる。
その綺麗に整った凛々しい顔立ちはじっと俺を見つめてから、中に入った。
そして、彼女は後ろ手に鍵をしめた。
「これでよしっと…!」
「…?」
疑問に思う俺に、つかつかと彼女は歩み寄ると
「あなた、お嬢様の身代わりの人ね?」
と、ハッキリと言った。
驚く俺をよそに、彼女はペラペラと話し出す。
「私はメイドでありながら、お嬢様の大親友!つまり小雪の計画も私だけが知っていたの。だから、入れ替わった人をよろしくとも言われてるわ」
「はあ…?」
「まーまー!安心しなって。あたしがいるから」
徐々に言葉の崩れてくる彼女に、俺はクスっと笑う。
少しだけ緊張がほどけたかんじだ。
きっと、彼女のこの凡庸さが冬野小雪も好きだったのかもしれない。
「あ、あたしのことは凛でいいからね?で、君は何ちゃん?」
「ちゃん…?」
その言いように俺は顔をしかめる。
まさか凛は、俺のことを女とでも思っているのだろうか。
「そー、名前っ」
「星夜」
「へぇ、セイヤちゃん?……は?」
急に彼女の顔つきが険しくなる。
赤銅色のポニーテールがふわっと揺れる。
「あ、あんたまさか男なの!?」
「逆にだれがいつ女と言った!?」
「ありえないっ、変態!あたしの胸とかばっか見てたんでしょ!?」
「見てねーよ!?」
思いっきり赤面する凛に、俺は言い返す。
なんだこの被害妄想は…!
被害者は絶対こっちなはずだ!
「うう…」
赤い瞳がキッとこちらを睨んでいる。
今見たら、確かに魅力的なサイズの乳房ではあるようだ。
だが、俺はそこばかり見つめる変態ではない!
どちらかといえばもうちょっと小さい方が好きなのだから!
「身代わりをうけたのも、どうせ小雪の体目当てなんでしょう!?」
一方的にわめく凛。
今思ったが、そういうことを想像する彼女のほうが、よっぽど痴女な気がする。
が、ここはぐっとこらえて冷静にいこう。
「あのな、俺は冬野小雪の身代わりとやらを承諾して受けたわけではない。突然キスされて、気づいたらこの状況だ!こっちこそ被害者ということを理解していただきたい…!」
ばんっ、俺は目の前にあった机を叩く。
それにびくっとしてから、凛はきょとんとする。
「え?同意の上じゃなかったのか……?」
「そうだ」
「そ、それは小雪が悪い!」
「その通りだ」
大きく頷く俺。
どうやら理解していただけたらしい。
この理不尽な状況を。
「で、でもっ、小雪の体に変なことしたら許さないからな!」
「……………しないよ」
「なんだよその間!?とにかくっ、お風呂とかはあたしがあんたの体を洗うから目隠しして入れるからな!」
「も、もちろんだ…!」
昨日は考えもしなかったことだ。
お風呂。
たしかに大問題だ!
だが俺も健全な中学三年生。
少しだけ見たかったといえば見たかったかもしれない。
惜しいことをした…。
「そういえば、凛は俺と近い年齢に見えるが、いくつなんだ」
「十五歳。高一だよ」
「へえ、じゃあここはバイトか?」
「いや、あたしは孤児だからな。養子兼メイドなんだ。だから住みこみ」
「…た、大変なんだな」
「特にそうは思わないな…!うん」
綺麗な横顔。
名前の通り、凛としてかっこいい。
それでいて芯の強い少女。
俺はそんなふうに感じた。
「あ、九時から食事だ。今は七時半…とりあえず風呂に入って支度をしよう」
「了解」
急に凛はメイドらしく、てきぱきと準備を始める。
俺のベッドのしわを伸ばし、カーテンを束ね、引き出しから俺の着るであろう服を取り出して手に持つ。
そして、部屋から出ようとして立ち止まり、俺の方を振り返る。
「この後、すぐお風呂に来てください。お風呂は一階にありますので。後…一人称は私でお願いします」
少しだけ敬語になり、そう言った。
そしてせわしなく出ていく後ろ姿を、俺は見送ってからふう…とため息をつく。
早く自分の体に戻りたいが…今は思っても仕方ないのかもしれない。
今が土曜日。
月曜日、俺の体を手に入れた冬野小雪が無事くることを…祈るしかない。
そして俺の体を返してもらうのだ。
それまでは、とりあえず冬野小雪を演じきるのだ。
「さ、風呂に行くかな」
俺はそう言いながら立ち上がった。